七夕前夜 前編
――――7月6日。七夕前日。
スラム街の最奥にある便利屋『Devil May Cry』には、銀髪碧眼の双子の兄弟と、黒髪に黒い瞳を持つ東洋系の女の子が住んでいる。
「よく寝たぜ」
軽い伸びをしながら、睡魔を一掃させたダンテは、階段を降りていく。
ふと彼の視界に、色鮮やかな紙に囲まれ工作に励んでいるナーナの姿が入った。
「ナーナ、何をしているんだ?」
声をかけながら彼女に近付くと、
「あっ、ダンテ遅い!」
既に太陽は高い位置に昇っている。
微かに呆れたような表情でナーナはダンテを見た。
『規則正しい生活をする』
ナーナがここに来てからの約束。
未だダンテは守った事はない。
「でさ、何してるの?」
ナーナの表情をたいして気にも留めず机の上の色紙を手に取りヒラヒラと振りながら、ダンテはナーナの隣にさりげなく座った。
「これはね、」
「ナーナ、あったぞ!」
ナーナの声は第三者の声によって消される。
「これでいいか?」
戸口に立っていたのはバージルだった。
彼の手には小振りな笹が握られている。
「あったの?」
ナーナは嬉しそうにバージルの元へ寄って行った。
「これでいいか?」
「ありがとうバージル!私のイメージとピッタリよ!!」
よほど嬉しかったのか、ナーナはバージルに抱きついた。
そんな二人を見て、ダンテは心中穏やかでいられない。
不意にバージルと目が合う。
バージルは勝ち誇ったような笑みでダンテを見下していた。
(……あんにゃろー!)
ダンテはプィッと顔を背けた。
「で、これをどうするんだ?」
「ん、とりあえず窓際に置いて……」
ダンテの事などお構いなしに話している二人の声が耳障りだった。
「チクショ……ん?これは?」
ふと動かした視線の先に白い短冊が目に入った。ダンテはそれを手に取る。
「あ……駄目―――っ!」
ナーナはダンテの手からそれを慌てて奪った。
「読んだ?」
「いや、読む前に取られたから」
ダンテの言葉にナーナに安堵の表情が広がる。
だが安心したのもつかの間、
「何が書いてあるんだ?」
「うわぁ!バージル!?」
バージルがナーナの背後から短冊を奪った。
「返して!!」
「おい何が書いてあるんだ?」
ダンテはバージルの隣に並ぶ。
二人より頭二つ小さいナーナには届かない位置で二人は短冊を見ていた。
「これは……」
「おっ?」
ナーナは息を呑んだ。
「読めないな」
短冊に書かれていた文章は日本語。
英語が母国語のこの国。他国の言語なんて学ばなければ分かるはずがない。
平仮名、漢字、カタカナを使う他国に類をみない言語だ。
「……は?」
バージルの言葉にダンテは素っ頓狂な声を出した。
「ナーナ、すまなかったな」
バージルはナーナの頭にポンと手を置くと、短冊を返した。
「あ……うん……」
素直に謝られてしまい怒るタイミングを逃してしまった。
「さあ、続けるぞ」
バージルは床に散らばる色紙を拾う。
「次は七夕飾りを作るんだろう?間に合わなくなるぞ」
「うん!あ、ダンテも参加だよ!!」
「へっ?」
ナーナはダンテの手を取った。
「七夕って言うのはね、7月7日の晴れた日に」
ナーナは手を動かしながら七夕の伝説をダンテに話す。
「天空に架かる天の川の上で一年に一度だけ、引き離された恋人達が再会する。そんな昔話が私の国にあるの」
「一年に一度!?」
「そう。それでね7月7日の日までに、願い事を書いた短冊を吊した笹を飾ると」
「願いが叶う、だろ?」
バージルがナーナの空いている方の手を握った。
長閑な昼下がり。三人はテーブルに向かって工作に励んでいた。
「ダンテ、ひょっとして……」
危ない手つきでカッターを使い色紙を切っているダンテ。
「ぶきっちょ?」
「う、うるせ―――!」
図星なのか赤くなるダンテ。
ナーナはそんなダンテが可愛いと思ってしまった。
一方のバージルは器用に刃物を使っている。
(……双子でもこうも違うものなのかしら?)
「よそ見していると危ないぞナーナ」
刃物を使ってるのはナーナも同じで、
バージルから見るとナーナも刃物の扱いは、ダンテと変わりない。
(いつか怪我をするのではないか?)
そんな事を思い注意した矢先、
「いたっ!!」
お約束……とばかりにナーナは指を切ってしまった。
「ナーナもぶきっちょじゃんか!」
「……厶……」
ダンテに言われナーナは頬を膨らませる。
「ほらナーナ、手を出せ」
二人のやり取りをおかまいなしにバージルは半ば強引にナーナの手を取った。
ナーナの左手の人差し指からは赤い血が溢れていた。
「キャッ!?」
バージルはナーナの人差し指を口に含む。予想外の行動にナーナの顔がみるみる赤くなる。
「ひゃあ!」
指先に感じるのはバージルの舌。
「消毒だ、我慢しろ」
傷口を舐められているのか、指先を舐められているのか。妙に色っぽいバージルの表情に、ナーナはドキドキしてしまった。
「バージル!!」
ダンテが無理矢理ナーナからバージルを引き離す。
「お前何してんだよ!」
ダンテは怒り心頭。
バージルに先を越されたのもあるが、バージルに指をくわえられ顔を赤くしているナーナにも腹が立った。
「何って、消毒をしてただけだが?」
悪びれた様子もないバージルの態度に、ダンテの怒りは治まらない。
「何だ?お前妬いてるのか?」
返事の代わりに、バージルに向かってカッターが投げられた。
「ふん!」
バージルはそれを叩き落とす。
「野郎!」
「やるか?」
「表に出ろバージル!」
既に二人の手には武器が握られていた。
外に出て改めて睨み合う二人。
その光景を見てナーナは溜息をついた。こうなっては手の付けようがない。
納得するまで喧嘩をしてもらうだけだ。
「二人が仲良くなりますように……」
側にあった短冊にナーナは英語で書き記す。
(出来れば喧嘩はしないで欲しいのだけど)
二人の喧嘩の原因に、少なからず自分が関与している事を理解していないナーナだった。
「喰らえ!!」
「何の!!」
外では二人が火花を散らしている。
「ところで、何で二人は喧嘩しているのかしら?」
二人の好意に気付くのはいつになるのか。
「でも……」
ナーナはさっき怪我をした人差し指を見る。バージルが手当してくれた指。
そのやり方にはびっくりしたけど。
思い返すとまた頬が赤くなってしまう。
「いけない、いけない。集中しなきゃ!」
外を覗くと、人外なスピードで剣を振り回している二人。
今回は長くなりそうだ。
そんな二人の姿にナーナは微笑んで、中断していた工作に取り掛かった。
今度は怪我をしないように。
「頑張ろう!」
自分に気合いを入れてナーナは色紙を切り始めた。