勘違いも恋のうち
ダンテのダブルブッキングの為に、予定外の仕事を終えて高層ビルが建ち並ぶ街を歩いていた。
「『Bar Blue Moon』か……」
気まぐれに路地裏に入り歩いていたバージルは、ひっそりと佇む煉瓦造りのバーを見つけた。
この道はたまに歩くが、このような店を見かけたのは初めてだった。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるとチリンと鈴の音が鳴り響く。年若い女性バーテンダーが迎えてくれた。
カウンターに案内されたバージルは、ジン・トニックを頼み店内を見渡す。
カウンター席が8つ。テーブル席が4
つのお世辞にも広いと言えないバー。
「ほう……ピアノ演奏か聴けるのか?」
そんな中店の中央に置かれたグランドピアノが異彩を放っていた。
「お待たせいたしました」
「生演奏するのか?」
ただあのでかぶつを置いているわけでもあるまい。
「ええ。学生ですが腕は確かですよ。あっナーナちゃん」
ナーナちゃんと呼ばれた女性が二人に駆け寄って来る。
「マスターどうしたんですか?」
彼女はネイビーのワンピースに同色のアクセサリーを身につけおり、とても落ち着いた雰囲気だった。
「こちらのお客様が音楽にお詳しそうよ」
「ナーナです。よろしくお願いいたします」
にっこりと愛らしい笑顔にバージルもつられてしまう。
「バージルだ。これから贔屓になる」
これがナーナとバージルの出会いだった。
バージルはその日から『Bar Blue Moon』に足しげく通った。
ナーナのピアノの演奏は時に大胆で時に繊細。その曲を知らなくても情景が浮かんでくる。
本人のピアノが大好きだという思いが伝わってきた。
「ナーナ、そこのバランスの配分は」
最近ではバージルがナーナにアドバイスする事が度々見られた。
勿論バージル自身もピアノを弾いたり、バイオリンの演奏をしている。
趣味で習っていたというその腕前は一流だった。
ピアノという共通の出来事に二人は急速に距離を縮めていく。
休みの日にはクラシックはもとより、ゴスペルやジャズなど二人で音楽鑑賞に出掛けるまでになっていた。
そんなある日。ナーナは学校に行く途中にバージルを見かけた。
「バージ……」
彼の名前を呼ぼうとして、それができなかった。
赤いコートを着て珍しくオールバックの髪を下ろしているバージル。
その隣には、プロポーション抜群の金髪ブロンドの美女がいた。
何やら親しげに話しをしているバージルは、ナーナが見たことがない表情をしていた。
「……何で違う格好なの?」
バージルの仕事は知らない。彼が何処に住んでいるのか、何も知らない。
二人はそのまま古い雑居ビルの中に入って行った。
その場所は一見普通の古いビルに見えるが、いわゆる違法営業の店やホテルが軒をつらねている。
「!!」
今何が起きたのか理解するには、多少の時間が必要だった。
「あんな綺麗な人がいるんじゃない……」
恋に不慣れな私は遊ばれていたのかもしれない。
アイスブルーの瞳。銀色の髪。高身長にモデルだって顔負けの容姿。
ピアノしか取り柄のない私。容姿だって普通だし……。
「馬鹿みたい、私……」
その日からナーナは『Bar Blue Moon』に来なくなった。
「今日もナーナは休みか」
「ええ。連絡もつかないのよ。一体どうしたのかしら」
こんなことは初めてだとマスターは心配している。
「何か聞いてはいないのか?」
「何も」
ただ休みますと初日に連絡があったきりだと。
演奏者のいないピアノはどこか淋しげだった。
マスターからナーナの住所を聞き出し、バージルはそこに向かった。
インターホンを押し会いたくないというナーナを何とか説得したが、開口一番に言われたのは身に覚えのない言葉だった。
「一体何の事だ?」
「しらばっくれるつもりですか!?」
赤いコートを着て髪型も変えて、金髪の綺麗な女性と居たじゃないか。
「それは俺ではない。双子の弟だ!」
バージルは全てを理解した。ナーナは勘違いしているのだと。
「嘘をつかないで!?」
今のナーナには何を言っても聞く耳を持たない。ここで言葉の応酬をしていても無駄だ。
「嘘ではない!!」
言葉にして信じてもらえないのなら、
「目を閉じてしっかり俺に掴まっていろ。良いと言うまで開けるな」
バージルはナーナを抱き抱えた。
「!!」
一瞬身体がふわりと宙に浮いた。耳元でヒューヒューと風が吹き通って行く。
何が起こっているのか分からなくて、ナーナはバージルのコートをギュッと握った。
「目を開けろ」
言われて目を開くと、そこはスラム街の一角だと分かった。
「一体何が!?」
何が起こったのか全く分からなかった。自分のマンションからスラム街まではかなり離れている。
それなのに目の前には、カラフルというか、いかがわしい色というか。判断に迷うネオンサインの看板が。
「Devil May Cry……」
一体何の店だろうかと思っていると、
「入ってくれ」
「は、はい!」
バージルに背中を押された。
扉を開けて建物の中に入ると、そこは何かの事務所のように見えた。
黒檀のデスク、上部が凹んだジュークボックス。壁には大きな剣や銃が飾ってあり以外と広い。
「可愛いお嬢さんいらっしゃい。合言葉は?」
奥から銀色の髪の男性が出て来る。
「ええっ!?」
赤いコートを羽織った男性は、髪型は違っていたが、バージルと同じ顔をしていた。
「ふた……ご?」
驚きに一本後退ると後ろにいたバージルにぶつかり、彼に両肩を掴まれた。
「ダンテ、お前この間トリッシと例の建物に居たよな?」
「仕事だからな。それがどうしたんだバージル?」
バージルの問い掛けにダンテはキョトンとしている。
「いや何確認したまでだ」
「?」
何が何だかダンテは不思議そうな表情をしていた。
「俺の言った通りだろうナーナ?」
耳元に寄せられたバージルの顔。囁くように言われれば、ナーナは勘違いと恥ずかしさに真っ赤に顔を染めた。
「ごめんなさいバージルさん」
ダンテの店を出た二人。
ナーナは小さくなっていた。
穴があったら入りたい……。
「ナーナが勘違いするのも当然だ。俺達は互いに何も知らないんだからな」
「バージルさん?」
何を?と見上げるナーナにバージルは優しく微笑んだ。
「ナーナ。これから俺の話を聞いてくれるか?」
「はい」
ナーナは返事と共にコクリと頷いた。
「それから、ナーナの事も教えてくれ」
「バ……バージルさん!?」
ナーナの顎にバージルの手がそえられる。
「時間はある。これから互いの事をゆっくり知っていこう」
「……はい」
優しく唇が触れた。
高層ビル群が乱立する都市の路地裏に、ひっそりと佇む煉瓦造りの『Bar Blue Moon』があった。
そこは年若いバーテンダーの女性が経営する小さなバーで、いつも常連客で賑わっている。
「ナーナ、今日は俺のバイオリンの伴奏をしてくれ」
「はい。曲目は何ですか?」
「Salut d'amour」
最近は店のピアニストナーナと、常連客のバージルの二人の演奏が話題になっていた。
皆様もお近くへお越しの際は、是非ご来店下さいませ。従業員一同心よりお待ちしております━━━━。
---アトガキ---
10万hits 俺お礼のフリーお話です。今は配布してませんが。この話は『鉄拳』の『恋に落ちたふたり』と繋がってます。よろしければ是非。