記憶のかけら 前編*
深夜、ナーナはハッとして目を覚ました。ベットリと嫌な寝汗をかいており、身体が微かに震えていた。
また、あの夢。
あの事件の後から繰り返し見る夢。
この夢を見た後は、誰かに抱きしめてもらいたくなる。
ナーナはガウンを羽織ると自分の部屋を出た。
コンコンッ……。
バージルの部屋をノックしてみるが、返事はない。ナーナはドアノブに手をかけて、そっとドアを開けた。
部屋の中は静まり返り、真っ暗だった。
「今日もバージルは帰っていないんだ」
心の何処かで分かってはいた。
もしかしてというナーナの淡い期待は、すぐに消えてしまった。
ナーナは彼の部屋に入り、ベットに腰を掛けサイドランプを点ける。
枕元にはバージルの読みかけの古書が置かれてあった。
「相変わらず難しい本だなあ」
それを手にしてパラパラとページをめくる。目を通しても全く分からない言語。見ていると眠くなってくる。
「バージルに会いたいよ……」
ナーナはバージルのベットに倒れ込んだ。ひんやり、冷たい感触を身体に感じる。今まで不安な時に、誰かに抱きしめて欲しいと思った事はなかった。
彼に…、バージルに出会い知った気持ち。
「私、こんなにもバージルを……」
改めて思い知るバージルへの気持ち。
「もう二週間だよ、早く会いたいよぉ」
想いは募る一方だ。
ナーナは暫くバージルのベットの上に寝転んでいたが、やがて眠気が襲ってくる。
主のいない部屋は冷たく寂しかった
「バージルの馬鹿……」
そう呟いてナーナは瞳を閉じた。
明け方。
二週間振りに帰って来たバージルは、自分の部屋のドアが少し開いている事に気が付いた。
「……?」
足音を消して自分の部屋に近付く。
開いたドアの隙間から部屋の中を伺うと、サイドランプの明かりで部屋の中がうっすらと明るかった。
確か家を空ける時消して行った筈だが。
ふとベットへと向けた視線。
バージルの表情が一瞬にして柔らかくなった。
「ナーナめ」
バージルはナーナを起こさないように部屋に入り、ベットに近付く。
バージルの広いダブルベットの端っこで、ナーナは丸くなり眠っていた。
スゥ、スゥ……。
規則正しいナーナの寝息が聞こえる。
寝顔を覗き込んだバージルは、ナーナの頬に涙の跡があるのを見つけた。
「泣いていたのか?」
そっと唇をに寄せる。しっとりとした吸い付くような肌の感触が心地良かった。
ナーナは夢を見ていた。
微かに鼻に感じる血の臭いが辺りに漂っている。
一面に広がる死体の山。
ナーナはその中をただひたすらに逃げ回っていた。
無数の血まみれた手が逃げ惑うナーナの足元を蠢く。
こっちにおいで……。
逃げ回っても無駄だよ……。
苦しいよ……。
助けて……。
逃げても逃げても追い掛けてくる屍。
足を捕られ転びながらもナーナは逃げる。だが力付きその場に倒れ込むと無数の屍がナーナを取り囲んだ。
「いやぁぁ――っ!!」
自分の叫ぶ声で目を覚ましたナーナは
バージルの手を激しく払いのける。
呼吸が荒い。
身体の震えが止まらない。
「ナーナ!!」
「いやっ!?」
バージルはナーナを力強く抱きしめたた。
「ナーナ、もう大丈夫だ」
バージルはナーナの背中を優しく撫でる。
「恐かった……恐いよ……」
ナーナの発作は初めてではなかった。
だが回数を重ねる事に酷くなる一方だ。
やはりナーナの欠けている記憶と関係があるのだろうか?
そんな事を考えていたら、一旦は落ち着いたナーナが叫ぶ。
「血の匂い!嫌っ!!」
ナーナはバシッとバージルを力いっぱい突き飛ばした。
驚いたバージルはナーナを見つめる。
だが内心では舌打ちをしていた。
ナーナは血の匂いを嫌う。
尋常じゃないほどに嫌い恐れる。
再びナーナに触れようとするが、激しく彼女に拒否された。
「血の匂いは嫌!!」
バージルは降参だと言う様に両手を上げ、部屋を出て行った。
どうしてなの?
一人残されたナーナは抑え切れない不安と苛立ちに支配されていた。
何故自分はこんなにも血の匂いに反応するのだろうか?
ポッカリと抜け落ちた記憶が不安と苛立ちを煽る。
「バージル……嫌いにならないで……」
バージルにとってしまった自分の行動に涙が溢れてきて止まらない。
ナーナは枕を思いきり壁に叩きつけた。