記憶のかけら 後編*

部屋を出たバージルは青いコートとベストを乱暴に投げ捨てると、バスルームへ入って行った。
「俺とした事が!」
ナーナが血の匂いに敏感で、尚且つそれに恐怖感を持っていたのを、バージルが一番理解していたはずだ。
ナーナを早く抱きしめたい。
その逸る気持ちを抑えきれなくて、自分の身体に纏わり付く悪魔の血の匂いに気付かなかった。

コックを捻ると熱いお湯が流れ出した。
頭から熱いお湯を浴びる。疲れた身体を熱いお湯がほぐしていく。
ナーナがバージルを突き飛ばした時に、一瞬見せたあの表情が頭から離れない。
あの時のナーナは、バージルを全身で拒否していた。


ナーナと初めて出会ったのは、一年前だった。
ある悪魔退治の依頼を受け訪れたある離島。そこは人口100人足らずの小さな島だった。
だがバージルがその島に足を踏み入れた時、その島に人の気配は感じられなかった。既に悪魔の巣窟になっているらしく、バージルは湧き出る下等悪魔を薙ぎ倒しながら進んでいた。

……けて……た……。

風に乗って微かに声が聞こえる。
それは弱々しい声だった。
バージルは急ぎ声の聞こえる方へと向かう。
辿り着いたのは一軒の小さな家だった。
扉は開け放たれており中に踏み込むと、強烈な血の匂いが鼻をつく。
「……誰?」
「!?」
部屋の中央に佇んでいたのは、全身赤い血にまみれた少女だった。

黒い髪に透けるような白い肌。
彼女の白い肌に飛び散る赤い血。

バージルはゴクリと唾を飲み込んだ。
彼女の白い肌に赤い血のコントラスト。
薄暗い部屋の中、月の明かりに照らされた室内に佇む女が綺麗だった。

その一瞬に、バージルは彼女に恋をした。

依頼された悪魔を倒し任務を終えると、彼女を掠う様ここに連れて来た。
彼女はナーナと名乗った。

そして、その夜バージルはナーナを抱いた。


バージルは流れるお湯を見つめていた。

……ジル……。

不意にか細い声が聞こえて来た。
バージルは声の方に目を向ける。
曇り硝子越しにナーナの姿が見えた。
「どうした?」
「……」
「入って来い」
数秒してからバスルームのドアが開き、パジャマのままナーナが入って来る。
その頬は涙で濡れていた。
「どうした?」
「……いに……」
「?」
「……嫌いにならないで……!!」
ナーナは泣きじゃくりながらバージルに抱きついた。
お湯がナーナの身体を濡らしていく。
「大丈夫だナーナ。俺はそんな事で嫌いにならないから」
バージルはナーナの頭を優しく撫でてやる。泣きじゃくるナーナ。
バージルはナーナが落ち着くまで抱きしめていた。

「落ち着いたか?」
バージルはナーナの頬を両手で包み込み、顔を上げさせる。
「うん……」
見上げる瞳は潤んでおり、お湯によって肌に纏わり付いた黒髪、濡れたパジャマから透けるナーナの肢体。
理性が我慢の限界を告げている。
「ナーナもそのままだと風邪を引くから、一緒にシャワーを浴びないか?」
「うん……」
その言葉が何を意味しているのか気が付いたナーナは顔を赤くする。
バージルは満足そうに笑うとナーナの唇を塞いだ。


バスルームでの情事の後、ぐったりとベットに横になっているナーナ。
少しは元気が出たみたいだ。
「バージルの変態!!サド!!鬼!!悪魔!!」
裸の身体をタオルケットで包み隠し、バージルを睨みつけるが、
「甘いなナーナ?俺があれくらいで満足すると思うのか?」
全く効果はない。
バージルはタオルで頭を拭きながら、ナーナの隣に座った。
「二週間寂しかっただろう?たっぷり可愛がってやろう。夢をみる暇もないくらいにな」
「これ以上したら身体が壊れちゃうよ!!」
「ならば壊れてしまえ!!」
乱暴にタオルケットを剥ぎ取りバージルはニヤリ笑い、さっきつけたばかりの赤い刻印に唇を這わせる。
「お楽しみはまだまだ続くからな?」
舌先で刻印をなぞるバージル。
ナーナは眩暈を感じずにはいられなかった。


ようやくナーナがバージルから解放されたのは夕方になってから。

スゥスゥ……。

ナーナは意識を手放した後、そのまま眠り込んでしまった。
「欠けた記憶か」
安心ような表情で眠る#NM#を見つめながら、バージルは呟く。

いつか彼女は思い出す事が出来るのだろうか?
それとも、一生戻らないままなのか?

「もう一度、島へ行ってみるか」

それは二人の始まりの場所。

……だが、ナーナに辛い思いをさせるかもしれない。
しかし欠けた記憶が戻らない限りナーナの戦いは続くだろう。

――――繰り返される悪夢と血の呪縛。

「……バージル……ばか……」
寝言を言いながら幸せそうに眠っているナーナにバージルの表情が和らぐ。
それからバージルは大きな欠伸を一つすると、心地よい眠りの世界へ身を委ねた。

――――願わくば愛する君によい夢を。


---アトガキ---
元題は For the memory of lacking.
実はバスルームでの情事を加えた完全版がありました。

不知夜月