戻らない日

土砂降りの雨。街は静寂に包まれていた。この季節にこの地方に雨が降るのはとても珍しいことだった。

「……」
雨が頭から滝のように流れ落ちバージルを濡らしていく。
いつもはオールバックな髪型も、今はバージルの表情を覆い隠している。
バージルは身動きひとつもせずに、じっとそこを見つめていた。
悔やんでも悔やみきれない思いが心を締め付ける。
どれほど自分を責めても、どれほど謝罪の言葉を探しても、もう手遅れだった。
あの日起こった出来事は、突然に、何の前触れもなくやって来た。


数日前――――。

今思えばその日はふたりとも苛立っていて、何かが違っていた。

珍しく仕事が立て込んでしまい帰宅が午前様になってしまったナーナ。
かたや珍しく依頼された仕事が早く終わって帰宅したバージル。
きっかけは些細なことだったと思うが、今はよく思い出すことは出来ない。

「そんな言い方ずるいよ!」
「何がずるいんだ?そもそもナーナが」

疲れていたのか確かにナーナは気が立っていた。苛々としているようで、口調もきつい。
だからバージルもつい口調を荒げてしまった。

「もういい!バージルに私の気持ちなんてわからないよ!?」
「ああ、わかりたくもない!!」

それは売り言葉に買い言葉。
互いを思う気持ちが逆に傷つけ合ってしまう。

「バージルの馬鹿っ!!!」
ナーナはそのまま部屋を飛び出して行ってしまった。
「くそっ!!」
バージルは苛立ちながらソファーに座り込んだ。

静まり返った部屋。
手付かずの夕食。

何故こうなってしまったんだ……。

こうまで感情をぶつけ合ったのは初めてだった。


ナーナが出て行ってから、かなりの時間が経っていた。
何度かバージルはナーナの携帯に電話をかけるが、留守電に繋がるだけだった。

さすがに何かあったのではないかと心配になり、バージルはナーナを探し回った。

通り過ぎて行く救急車のサイレンが、今日はやけに耳に留まり、バージルは胸騒ぎを覚えていた。

「どこに行ったんだ」
ナーナの友人らに連絡をとってみるが、彼女のから連絡は来てないとの答えばかり。
ナーナが足を運びそうな場所にも行ってみるが、姿はなかった。
数時間バージルは深夜の街でナーナを探していた。

〜〜〜〜〜〜♪

不意に携帯電話の着信のメロディーが流れ出す。

非通知。

その表示に胸がざわつき、考えてはいけない出来事が脳裏を過ぎる。

「はい―――……」

バージルは一呼吸おいて通話ボタンを押した。


雨はますますその激しさを増してゆく。
あの日来た非通知の電話は、病院からだった。

受話越しに告げられた事実を、バージルは信じる事ができなかった。

信じたくなかった。

病院へ駆け付けてその現実を目の当たりにしても、バージルは信じる事が出来なかった。

ナーナはまるで眠っているような綺麗な顔をしていた。
名前を呼べば、いつもの寝ぼけ眼でおはようと応えてくれそうで。

医師の話によると、それは家を飛び出してからすぐだったらしい。

そこは事故が多発している交差点だった。
信号は青で、それを確かめて渡っていたナーナ。

まさか車が突っ込んで来るとは思わない。

猛スピードで交差点に突っ込んできた車は、信号を渡っていたナーナを跳ね上げた。

全身を強く打ち病院に運ばれて来た時には、既に意識はなかったという。

数時間前、激しく喧嘩をして飛び出して行ったナーナは、まるで夢のように消えてしまった。


「ナーナ……」

溢れ出す後悔は滴となってバージルの頬を濡らし、降りしきる雨がそれを覆い隠す。
バージルはまるで子供のように声を上げて泣いた。
どんなに謝罪の言葉を並べても、どんなに後悔していても、もう戻らないあの日々。

愛していた、ナーナを。
誰よりも大切だった。

後悔と自責の念で押し潰されそうになる。

バージル―――……。

「ナーナ!?」

それは雨音が聴かせた幻聴だったのかもしれない。

――――私はいつでもあなたの中にいるから、だから自分を責めないで……。


降りしきる雨音の中、ナーナの声が聴こえたような気がした。


---アトガキ---
SPキリ番 77777番。バージルの切夢リクエストでした。

不知夜月