第10話 繋がっていた細い糸
「糸鋸刑事、ミクモくん。今日はふたりに頼みたいことがあるのだ」
「御剣検事どうしたッスか!?」
「御剣さん凄く思いつめてるよ〜ノコちゃんどうしよう!!」
あれからどれくらい経ったのだろうか。
既に桜の季節は過ぎてしまい散るのは色褪せた葉っぱばかりで、随分と時間がかかってしまった。
『そう言えばナーナちゃんはどうしたんだ?』
『ナーナくんなら、異動した』
『異動!?……ひょっとして、オマエに愛想を尽かしてか?』
『なっ!!』
初夏。私の執務室を珍しく訪ねてきた成歩堂が冗談ぽく放った言葉は、思いの外私の心に深く突き刺さった。
『そんな怖い顔で睨むなよ……冗談だよ』
(別に睨んでいるわけではないのだが……)
『でも異動か。オマエが手放したことにも驚いたけど、ナーナちゃんがよく異動を決心したよな?』
成歩堂の言葉に私はハッとした。
『成歩堂、キミは…そのナーナくんが…』
『ナーナちゃんがオマエに好意を持っていたことぐらい見ていれば分かるよ?ずっと側でオマエの力になりたいって言っていたのもね』
あの時の彼女の表情はとてもキレイだったと成歩堂は言う。
(メイも成歩堂も糸鋸刑事もミクモくんも知っていたのか)
何も知らなかったのは自分だけだったのだと、鈍感さに呆れてしまった。
『で、本当のところは何があったんだ?』
『……』
『ひとりで抱え込むのはオマエの悪い癖だな』
『キミには言われたくはないが、その通りだ』
誰かに弱さなど見せたくなかった。つけ入る隙を与えたくなかった。信じられるのは自分だけだと思っていた。
『話してみないか御剣?誰かに話すことでラクになるかもしれないぞ』
『成歩堂……』
私は彼に正直に話しをした。ずっと心に秘めていた気持ちを。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。私自身の心の内を。
『御剣の口から女性のことを、しかも恋愛の話を聞けるなんてな』
『な、成歩堂!?』
(成歩堂が話しを聞くと言ったのではなかったか?)
『で、ナーナちゃんを探さないのか?オマエが初めて気になった女性だろう?』
『しかし、私は…』
『オマエはさ、こういうところが固いよな。優柔不断だし、眉間のヒビ深いし』
成歩堂がため息をつく。
(眉間のシワは関係ないと思うが)
『あのさ、こう言う時は考えるより行動だ。ひとりで悩むくらいナーナちゃんのことが大切なんだろう?』
『わ、私は!!』
『何もしないで後悔はするなよ?』
『……そうだな』
『まあナーナちゃん可愛いからさ、もう御剣のことを吹っ切って、彼氏いるかもな?』
『成歩堂!?』
『オマエのそんな表情初めて見たなあ』
成歩堂とのあの日のやりとりで、私は自分の気持ちにようやく正直になれた。
あの時の返事を今ならすることが出来る。
私もナーナくんのことを――――。
あの日の成歩堂との会話が思い浮かぶ。私は大切な友人から背中を押されたのだ。
『後悔するなと』
だから、それを実行するためにふたりを呼び出した。私の最も信頼に値する彼と彼女を。
「実はふたりに探してもらいたい人がいるのだ」
「御剣検事。もしかして七瀬事務官のことッスか!?」
「御剣さん!」
ふたりとも瞳をきらきらさせて私を見ている。
「そう、七瀬ナーナ事務官を探して欲しい。頼むふたりとも」
私はふたりに頭を下げた。恥もプライドも関係なかった。
「み、御剣検事が!!」
「頭を下げたッス!!!」
ふたりは何度も顔を見合せていた。
確かに私が謝罪ではなく頭を下げるのは初めてかもしれない。
「私は大切なことをナーナくんに伝えていないんだ」
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。実際には数分だったかもしれないが、今の私には無限に感じられた。
「御剣検事やっと言ったッス。待ちくたびれたッスよ?」
糸鋸刑事はニカッと笑い、
「本当だよ御剣さん!遅〜い!!」
ミクモくんとハイタッチをする。
「糸鋸刑事、ミクモくん……」
「ナーナちゃんの居場所はとっくに調べてあるんだよ。ねぇノコちゃん?」
「そうッス。御剣検事がいつでも七瀬事務官に会いに行けるようにッスよ」
糸鋸刑事は懐から1枚の紙を取り出し私に握らせる。
「大丈夫ッス。七瀬事務官は御剣検事を待ってるッス」
「糸鋸刑事…来月の給料査定を楽しみにしてるがいい。これは良い意味でだ」
「さらばそうめん生活ッス!!」
「ノコちゃんやったぁ!!」
久しぶりに執務室に明るい笑い声が響いた。