第9話 彼女からの手紙ナーナくんが異動して数ヶ月が過ぎた。彼女の抜けた穴は大きく前にも増して仕事量は増えた。今はほとんどの時間を検事局で過ごしている。
『御剣検事。意地をはっていないで、新しい事務官を迎えたらどうかな?』
『ム、別に意地をはっているのではなく、ナーナくんより優秀な事務官でないと必要ないのですが』
何度か軽石検事局長に新しい事務官のことを言われたが、ナーナくんでない事務官は必要ないという私の考えは変わらず、
『御剣検事はかなり頑固だね?知らなかったよ』
『局長は私の性格をとうにご存知かと思っていました』
局長は苦笑いしていた。
忙しければ忙しいほど仕事のことだけを考えていればいい。他の煩わしいことは必要ない。だから今の私には丁度いい仕事量だった。
そんなある日私の執務室に封書が届いた。
「……」
差し出し人はナーナくん。
封書の中には手紙と老舗メーカーの万年筆が入っていた。
「ナーナくん覚えていたのか」
それは彼女がいなくなる少し前のこと。
いつも私が愛用している万年筆をナーナくんが壊してしまった。
愛用とは言っても、そんなに思い入れのある物でもなかった。だから気にしなくて良いと言ったのだか、ナーナくんは弁償するの一点張りだった。
「これは…イニシャル?」
万年筆を手に取ると、私のイニシャルが刻まれていた。
御剣怜侍様
拝啓。
柔らかな新緑が眩しい今日この頃。
御剣さんお元気ですか?
ご無沙汰しております。
突然何も言わずにいなくなってしまい申し訳ありません。
異動の話は3月からあってずっと渋っていました。御剣さんの側から離れたくなかったから。異動を隠していたつもりはなくて、御剣さんに相談しようとしましたが出来ませんでした。
結果こういう形になってしまいご迷惑をおかけすることになってしまいました。
こちらでも御剣さんのお名前をよく耳にします。人気もすごいですよ?
改めて御剣さんがご高名な検事なのだと思い知らされました。外からみないと分からないことがあるのですね。
私は御剣さんの事務官として仕事が出来たことを幸せに誇りに思います。
6年間ご指導とご鞭撻ありがとうございました。
最後に私は御剣さんを好きになってよかったと心から思っています。御剣さんと過ごした日々は私の宝物です。
それではお元気でいて下さい。
御剣さんの益々のご活躍をお祈りして。
かしこ
七瀬ナーナ
ナーナくんの住所は記入されていなかった。この送り状から色々と調べることは出来るのだろうが、私はそれを引き出しの奥にしまった。
もう少しナーナくんのことを考えてみたいから。
もう遅いかもしれないが、優秀な事務官としてではなくひとりの女性としての彼女のことを。
そして自分の本当の気持ちを。
私はイニシャル入りの万年筆を胸ポケットにしまう。
「これから大切に使わせてもらうよナーナくん」
胸ポケットにそっと手をあて、それから書類を手に取り執務室を後にした。