雨の調べは恋の鼓動


昼間は雲一つない青空だったのに、今は土砂降りの雨が恨めしい。
「くっそう。ついてないのう」
近くにあった家屋の軒下を見つけ何とか雨をしのぐ。
「誰じゃ雨なんか降らんと言っとったのは」
富樫はそうぼやき、すっかり濡れてしまった学ランを脱いだ。
今が夏でよかった。上半身裸でいても風邪をひかなくて済む。
「季節が変わるんかのう」
男塾に入塾して四ヶ月。思い返すとそれなりにこの生活が充実していた。

「ふぅ……参ったなぁ」
ぼんやりと降りしきる雨を眺めていた富樫の耳に響いた声。
自分しかここには居ないはずだと思いながら声の方へ視線を向けると、そこにいたのは年若い女性。
「うおっ!!」
まさか女性がいるとは思わず、富樫は慌てて学ランを羽織る。
「雨、困りますよね?」
そんな富樫に驚くことなく女性はクスリと笑い問い掛ける。
「お、おう」
まさか話し掛けられるとは思わなかったので、戸惑い上擦った声になってしまった。
「もしかして男塾の方ですか?」
「あ、ああ……一号生だ」
富樫は物おじせず話し掛けてくる女性を見つめる。
高い位置に一つにまとめられ、それに結ばれた白いリボン。清涼感のある清楚な夏服のセーラー服を着こなした女子高生。
薄い茶色の髪に同色の瞳。その容姿からハーフなんだろうなと富樫は思った。
「オメェはハーフか?」
「はい。ドイツと日本のハーフで、S女子学園高等部2年です」
「S女子学園!?」
S女子学園は男塾の近くにある幼稚園から大学までエスカレーター式に進学する名門の女子高で、かなりのお嬢様学校である。
男塾とは全く縁も縁もない女子高で、彼らにとってS女子学園は別世界なのであった。

ぎこちなく始まった会話だったが、急速に親和力をました。富樫は特別会話が上手い訳ではない。
彼女の聞き上手なところもあったが、初対面の二人なのに同じ時間を過ごすのを好ましく思っていた。
「そりゃガタイは良くて見た目はごっついが、みんな気のいいヤツだ」
そう話す富樫はとてもいい顔をしている。
「素敵なお仲間に囲まれてるんですね」
「へへへ……まあな」
照れたように笑う富樫。そんな彼を見ていると、心が温かくなった。

しばらくそんな他愛のない話しをしていたが、突然の第三者の登場に邪魔される。
「よおナーナちゃん?」
「!!」
「俺達を差し置いて、何してんのかな?」
どこからともなく現れた二人組の男。見るからにがらが悪い。
「離して下さい!!」
「もう〜冷たいなあ。俺らの仲じゃないか」
「つべこべ言わずに来い!!」
嫌がる彼女の腕を強引に掴み、彼らは連れて行こうとする。
「おいテメェら、そいつにさわるんじゃねぇ!!」
富樫は後ろから男の肩を掴んだ。既にその表情は戦闘態勢になっている。
「あ゙?」
「なんだテメェ!?」
振り向いた男らは間髪いれず富樫に殴り掛かる。だが、相手が悪かった。

「威勢がよかった割には情けないのう」
泣く子も黙る男塾の名は伊達じゃない。
日々地獄のようなしごきを受け、時に命懸けの戦いに駆り出される富樫にとって、こんな相手は朝飯前だった。
それはほんの数秒の出来事で、男らは地面に突っ伏した。気を失っているのか、ピクリとも動かなかった。
「もう大丈夫だぜ」
振り向いた富樫が見たのは、震えている姿だった。
「オメェ……震えてるじゃねぇか」
「だ、大丈夫です」
「こいつらと知り合いか?」
「はっきりとお付き合いは断ったのですけど……」
震えている。よほど怖かったのだろう。

こういう時はどうしたらいいのだろうか……。

顔の傷。右の瞼から顎にかけての大きな傷と近寄り難いその風貌から、つるむのは同性と。
女性と付き合ったことなど一度もない。
だから彼女と普通に会話が出来たのは、自分でも驚くべきことだった。

怖い思いをした彼女を、それを和らげる為に出来るのは……。

そう思ったら、身体が勝手に動いた。
震えている彼女を後ろからそっと抱きしめる。
彼女を安心させてあげたいと心から思ったのだ。
自分の腕の中にすっぽりと収まってしまう華奢な女性は、力を入れると折れてしまいそうだった。
「あ、あのっ!?」
いきなり抱きしめられて戸惑い、富樫の腕から逃れようと試みたがびくともしなかった。
「ナンもせん。こうしていると落ち着くかと思ってな」
それに気づいた富樫だったが、腕を緩めようとはしない。
「……ありがとうございます」
富樫の気遣いと優しさに、トクン…と胸が騒ぎ出した。

さっきまでザーザーと激しく降っていた雨は、今はしとしと静かに降っている。
「お名前を教えて下さい。私は七瀬ナーナと言います」
「俺は富樫源次だ」
思えばこれが初めての自己紹介だった。
「富樫さんと知り合えてよかった。でもまだ終わりにしたくないです」
「?」
「もう少しだけ、お話ししませんか?」
「おう」
富樫はナーナの身体に回した腕に力をこめると、ナーナは彼に身を預けた。


不知夜月