某月某日の青天の霹靂[肆]

ナーナと桃は食堂に場所を移し、彼女が淹れたハーブティーを飲んでいた。
それはセンクウから分けてもらったハーブティー。
「桃さん心配かけました。黙って居なくなってごめんなさい」
ナーナは桃に頭を下げた。
ずっと帰って来るのを待っていたであろう桃。
「無事ならいいが、次からはきちんと言ってくれ」
珍しく怒っているのか、口調が強い。
本当に心配を掛けていたんだと、今更ながら思い知らされた気がした。
「はい……それでなんですが、明日から数日間寮を空けます」
「邪鬼先輩達と一緒なんだろう?」
「えっ?」
ナーナは桃の言葉に驚いて思わずティーカップを落としそうになった。
「ナーナさんが帰ってくる少し前にディーノ先輩が来て、これを手渡されたんだ」
桃が取り出したのは邪鬼からの書付で、ナーナの明日からの事が記されていた。ただ具体的に内容は書かれていない。
邪鬼様らしいと思いながら目を通し桃にそれを返す。
「ご迷惑をおかけします。帰って来るまで寮や畑の事よろしくお願いします」
ナーナは野菜や畑などの世話の仕方をまとめたノートを桃に差し出した。
「それとこの事は他の一号生の皆には内緒にして下さい。お願いします」
「口外するつもりはない。信じてくれ。それから畑は皆で協力して世話をする」
桃はそれを受け取ると立ち上がりナーナの隣に座る。
「どんな仕事なのか分からないが、無事に帰って来てくれ。待っている」
真剣な桃の眼差しに、胸がドキドキと騒ぎ出した。
「必ず帰って来ます。1番に『ただいま』って言いますね」
「じゃあ俺のとっておきのまじないをな。目を閉じてくれ」
「はい。こうですか?」
言われた通りナーナは目を閉じた。

……!!!

唇に触れた柔らかい感触にナーナはびくりと肩を跳ねさせた。
「もももも桃さんっ!!」
「まじないって言ったろ?」
驚きに目を開けたナーナが見たのは、してやったりと笑っている桃。
「っ!!」
羞恥に頬を赤く染めながらナーナは俯いた
「ナーナさん?」
「あ、あの……?」
くいと顎を持ち上げられ、桃の方へ顔を向けられる。
「もう一度、してもいいか?」
「……はい」
断る理由などナーナにはなかった。
目を閉じると唇が優しく重なり合うさっきとは違う、柔らかくて熱い口づけ。

この胸のときめきは死天王さんや邪鬼様たちに感じるそれとは違う。
彼等に止められてまで一度寮に帰ろうと思ったのは、彼に会いたかったから。

あの時桃さんに抱きしめられて私は……。

「気をつけてな」
「はい。行って来ます」
名残惜しげに唇が離れた。まだ何かを言いたげな桃だったが、それ以上言葉は出てこなかった。

「ナーナ行くぞ」
「……はい」
闇が濃くなる夜明け前。ナーナは迎えに来た影慶と共に振り返ることなく車に乗り込んだ。
「ナーナさん……」
寮の部屋の窓から見下ろす桃の見たその表情は、寮長としての人懐っこいナーナとは別人だった。
「貴女は一体何者なんだ?」
桃は車が発進しても、そのテールランプが見えなくなっても、いつまでも見つめていた。


---アトガキ---
ひとまず終わりです。続きは考えたのですがまとまらず、何となく『夏の夜一夜の夢』に続いているかもしれません。まあ別物なんですけどね(笑)
気が向いたら続きは書こうかな…。
2020.08.04

不知夜月