4.夢の終わりは突然に


「桃、また喧嘩?」
「まあそんな所だ」
私立集英高校。そこは市内でも校則が厳しく有名な進学校。
剣桃太郎はそんなお堅い学校で秀才であるが日々喧嘩にあけくれる問題児。
「また担任の小林先生が嘆いてたよ」
そんな問題児である桃太郎に、ただ一人ナーナだけが普通に接して来る。
「面倒くせぇな」
「もういつもそれ」
桃太郎とナーナ。二人は幼なじみだった。


その日ナーナは習い事を終えて迎えの車を待っていた。
「ふう。遅いなあ」
今日に限って混んでいるのか遅れている。
「あんた七瀬ナーナだな」
「えっ……」
ボーっと車の流れを見ていたナーナの前に、がらの悪い数人の男達が立ちはだかった。
「な、何かご用ですか?」
身の危険を感じ防犯ブザーに手をかけようとするが、
「おとなしく俺達と来てもらおうか?」
ナイフを突き付けられ、それに触れることは出来なかった。


連れられて来られたのは街外れの廃工場。
「私をこんな所に連れ込んで、何をするつもりなの!?」
囗に貼られていたテープをはがされ、ようやく言葉を発することができた。
「アンタには恨みはないが、剣の奴にちいっとばっかし恨みがあってな」
「桃、に?」
「アンタを使えば剣の奴を誘い出す事が出来るからな」
「そんな……!!」
ナーナの頭の中で、数日前の出来事が甦る。

『いいか剣。次に問題となる事件を起こした時には、間違いなく退学になる』

偶然にも聞いてしまった生活指導の教諭と桃太郎の話し。
集英高きっての秀才である彼は、同時に集英高きっての超問題児だった。
桃太郎の居る所いつも喧嘩ありで、学校も手を焼いていた。
ナーナは彼の幼なじみで、ただ一人の理解者だった。
剣桃太郎の家は名士の家柄で、ナーナの家は旧華族の財閥である。
父親同士が幼なじみで、二人も母親のお腹にいた時からの知り合いだった。


「それにしても、アンタいい女だな?」
「いや……」
「剣の野郎にゃ勿体ないぜ」
舐めるように体を見回すいやらしい男達の視線。逃げようにも柱にロープで身体を縛られており、身動きすら取ることは出来ない。
「剣をこのまま待つのもなあ」
「何……を……」
「なあに、俺達と気持ちイイコトしようぜ」
「きゃあ!!」
ナイフが振り下ろされブラウスがずたずたに切り刻まれる。
「おとなしくしてないとその綺麗な顔を、二度と見られなくしてやるからな」
ナイフが頬にあてられる。ナーナが少しでも抵抗すると傷がつくように。
「……」
ナーナはどうすることも出来なかった。

ロープが外され乱暴に床に転がされる。腕と足をがっちりと抑え込まれ、口にタオルを無理矢理に押し込まれ、声を殺される。
「おとなしくしろよ?」
ボロボロになったブラウスを乱暴に引き裂き、スカートを捲り上げる。
「アンタみたいなお嬢様を一度めちゃくちゃに犯してみたくてな」
恐怖に身体は震え、溢れ出す涙で視界はくもる。
ごつごつとした手が内股をはいずり回り、敏感な場所に布越しに触れた。
もうダメだと観念したナーナは瞳をぎゅっと閉じる。
(桃……ごめんね。私……)
そう覚悟を決めたその時だった。
「ナーナを返してもらう!!」
聞き慣れた声がしたかと思うと、覆い被さっていた男がナーナから剥ぎ取られた。
「大丈夫かナーナ」
「桃……!」
ナーナを抱き起こし口の詰め物を取り、桃は自分の学ランを彼女にかけた。
「少し待っててくれ」
そう言って桃太郎は立ち上がる。
「桃、ダメだよ。ここで喧嘩をしたら……」
「退学になろうが、どうなろうが、それは俺の勝手だ」
「桃……」
目の前で繰り広げられる光景にナーナの胸は張り裂けそうだった。

数十人を相手に戦っている桃太郎だが、圧倒的な強さで次々と薙ぎ倒す。

やがて桃太郎以外誰も立っていなかった。

「俺のせいですまなかった」
「……どうして!?」
ナーナは桃太郎に抱き着く。涙が溢れて止まらない。
「もう退学届は受理されている。全ては俺の慢心が引き起こしたのだから」
桃太郎は優しくナーナを抱きしめた。

家に戻るとナーナのその姿をみた両親は激昂する。両家を巻き込んで大騒動になった。

無論ナーナに乱暴した不良達は、社会から抹殺された。

『ナーナ、貴女には七瀬家の格式に相応しい学校へ転校してもらいます。二度と彼と会う事は許しません』

ナーナの話しは聞いてもらえず自分の部屋に軟禁され、一歩も部屋の外に出ることが出来なかった。

このまま彼と終わりでいいの?何もかも失ってしまうのは嫌だ。

せめてもう一度だけ、桃に会いたい━━━━。


ある夜ナーナは家から抜け出した。向かうは桃太郎の家。歩いて十五分の所に彼の住む屋敷はあった。
高い石垣の塀に囲まれた大きな日本家屋。
ナーナは石垣の一部を外し敷地内に忍び込む。
それは桃太郎とナーナしか知らない秘密の入口だった。

屋敷の裏手を足音を殺しながら目指すのは、一階の離れ。そこは桃太郎の部屋で、まだ明かりがついていた。
窓ガラスを軽く叩くと窓が開き、桃太郎が顔を出した。
「ナーナ!?」
予期せぬナーナの登場に驚いた桃太郎だったが、すぐに彼女を部屋に入れた。
見つかったら只ではすまされない。
「こんな時間に、一体どうしたんだ!?」
「あんな形で桃と別れちゃったから、きちんと話しがしたくて、無断で抜け出してきちゃった」
ナーナはペロッと舌を出して笑った。
「そうか……」
相変わらず無茶をするナーナを見て、桃太郎はフッと笑う。
「私ね集英高辞めさせられるんだ。そしてお祖父様の全寮制の女子校に押し込まれる」
ナーナはあの後に起こった事を桃太郎に話し、彼は黙って聞いていた。
「桃はどうなったの?」
一頻り話しを終えたナーナは、桃太郎に訊ねる。
「俺は集英高を辞めて男塾に行く」
桃太郎は迷いなくそう言った。
「ずっと一緒にいれると思っていたのに、何で……」
ナーナは俯く。その肩が小さく震えていた。
「桃のことが好きなのに、どうして一緒にいれないの!?」
ナーナは両手で顔を覆った。口に出すと想いは溢れ、悔しさと悲しさに涙は止まらない。
「俺もナーナが好きだ。幼い頃から、ずっと……」
桃太郎はナーナを強く抱きしめた。
まるで子供のようにナーナは泣きじゃくった。
「落ち着いたか?」
「うん……服濡らしてごめんね」
ナーナが落ち着いたのを確認して桃太郎は腕を解いた。
「またご両親が騒ぐといけないから」
立ち上がろうとした桃太郎だったが、
「待って桃!!」
次の瞬間唇にナーナの唇が重なっていた。

静かに時が流れる。

唇が離れるとナーナははにかんでいた。
「くっ!!」
「も、桃?」
今度は桃太郎がナーナを抱きしめる。離さないと、抱きしめた腕に力を込めた。
「もう止められないぞ……」
今のキスで桃太郎の抑えていた理性の箍がはずれる。
桃太郎の腕の中で、ナーナは小さく頷いた。


夜明け近く。東の空が薄明を照らしている。

ナーナは来た時と同じように、窓から外に出た。
夜の名残を惜しむひんやりとした風が、ほてった身体に心地好かった。

「本当に送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫だよ桃」
ナーナは微笑む。
「私達、いつかまた会えるよね?」
「会いたいと思い続けていれば、きっと会えるさ」

そして二人は最後のキスを交わし、ナーナは朝もやの中へと消えていった。

身体に残る鈍い痛みと刻みつけられた桃太郎の温もり。

もう不安はなかった。


不知夜月