【16. 恋人ごっこ】
何かなんてあるわけない。
仁は心配し過ぎだ。
そうナーナは思っていた。
だが仁がナーナの護衛にとつけたのは、鉄拳衆特殊部隊隊長のラース・アレクサンダーソンだった。
仁の傍で仕事をするようになり、ラースが三島財閥の中でどれだけの地位にいるのかを知った。
三島財閥の私設特殊部隊の鉄拳衆は、数名で国家を制圧することさえ出来る程の戦闘能力に優れた特殊部隊であり、ラースはその鉄拳衆をまとめているのだ。
送別会に出席するだけで、ラースのような大物がつくのはどうなのだろう。
確かにラースとは、これまでも何かあると度に行動を共にしていた。
だから知らない者を護衛につけるより、気心知れたラースがいいだろう。
━━━━そう仁は言っていた。
「忙しいのにすみませんラースさん」
「気にしないで下さいナーナさん」
一応怪しまれないように恋人同士という設定の二人。
「俺結構この状況を楽しんでますから」
「あ……」
繋がれた手。いつもと何か違うラースの様子に、ナーナは戸惑っていた。
「ナーナのこれからにかんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
居酒屋の個室にグラスの触れ合う音が響き渡る。
集まったメンバーは女性のみで、総務課の先輩だった速水茉巳(はやみまみ)と神井梨華(かみいりか)。そして同期の山奈香子(やまなきょうこ)の三人。
ナーナにとっては気心知れた同僚だった。
「ほらほら彼氏を紹介してよ」
「全く休職して何してたのよあんたは」
彼女らにからかわれナーナは真っ赤になっている。
事前にラースも参加すると伝えてあったので特に問題もなく、人あたりのよいラースはすぐ馴染んでいた。
ひとつの話から別の話へ、話題は尽きない。楽しそうなナーナを見つめながら、ラースはさっきから携帯をいじっていた。
今日集まった女性人の中で、ラースには一人気になる人物がいた。
速水茉巳。
どこかで見た事のある女性。何故か心にひっかかる。
そこで外に待機させている東郷へ、今日の送別会の出席者の照会をしていたのだ。
(やはり、な……)
送られてきたデータは、ラースの感じた違和感を現実のものへとかえる。
「さて、どうする?」
思わず口にしてしまった言葉に、そこにいた全員の視線が一斉に注がれた。
ラースの携帯に送られてきたデータには、今彼の目の前でナーナと談笑している彼女達の名前があった。
速水茉巳。神井梨華。山奈香子。
彼女たちがG社特殊工作員であることは紛れも無い事実だ。
仁のいないこの機会を狙ってナーナを手に入れるつもりなのは、手にとるように分かっている。
仁の感じていた不安が現実になってしまったようだ。
(だとしたら、俺の正体も知られているかも知れないな)
それでもラースにとっては想定内の出来事である。
事前の作戦通りに動くよう東郷に指示メールを送った。
オペレーション・ルナ、発動━━━━。
「……さん?ラースさん!?」
心配そうに自分を覗き込むナーナの顔があった。
「どうしましたナーナさん?」
その近さに驚きながらも、ラースは平静を装う。この事をまだナーナ知られてはならないと。
「なんだか怖い顔して携帯と睨めっこしていたから……」
何かあったのか心配になったとナーナは言う。
「ナーナさんが心配するような事はありませんよ」
「!!」
そう笑みを浮かべながらラースはナーナの頬にキスをした。
「恋人同士ですからこれくらいの役得はないと」
「そんな…」
ラースは悪びれる様子もなくそう言った。
ラースにすっかりペースを乱されている。
彼はこんな人だったのだろうか。
ラースと会話しながらふと心に沸き起こる疑問。
だが、きっと恋人同士のフリをする為に気を遣ってくれているのだろうと、そう考える事にした。
けれどもその考えが全く違っていた事に気付いた時には、もう手遅れだった。
不知夜月