【5.葛藤】

ラースの運転する車で自宅に送られる。車中は無言で、重苦しい雰囲気がその場を支配する。ナーナは流れる景色をただ眺めていた。
ラースはミラー越しにナーナの横顔を見つめる。
目鼻立ちの整った可愛らしい女性だ。頭首の元恋人だという。
(生きる世界の違いに翻弄されるのか。可哀相に……)
不意に浮かんできた考え。
馬鹿馬鹿しいとラースは心の中で苦笑いした。

やがて車はナーナの住むマンションに到着した。
「お忙しいところありがとうございました」
車から降りナーナはぺこりラースに頭を下げる。すると彼は一通の封筒を取り出した。
「頭首からあなたに渡して欲しいと頼まれました」
短くそれだけ言い残すと、ラースは車を発進させた。
「……」
ナーナは手紙を握りしめながら、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。


ナーナが去ったのを見計らい部屋に戻ってきた仁は、机の上に置かれた封筒に気が付く。
それは表に『風間 仁様』と綺麗な文字で彼の名前が書かれていた。
「……あいつらしいな」
仁の口許が自然と緩む。
それから手紙を手に取るとゆっくりと封を開けた。

仁へ━━━━。

危ない所を助けてくれてありがとうございました。
そして急に倒れ込んでしまいご迷惑をおかけしました。
会えないと思っていた貴方に、偶然とはいえ再会する事が出来て嬉しかったです。
三島財閥頭首として今注目されている貴方。
貴方が悪者になっているようですが私は貴方を信じています。
自分が信じた事を最後までやり遂げて下さい。
ありがとうございました。

――――――ナーナ。


それを読み終えると仁はソファーに置かれていたコートを羽織る。
「……っ!!」
ふわりと香るナーナの残り香に仁の胸がドクンと騒ぎ立てた

一度は心の奥底へと封印した想い。
だが再び出会ってしまた今はどうすればいい?


部屋に入ったナーナはベッドにドサリと倒れ込んだ。
「……」
手にはラースに渡された手紙が握られている。しばらくそれを見つめていた。だがいつまでもそうしている訳にもいかない。
深呼吸をし気持ちを整えナーナは封を開けた。

ナーナへ━━━━。

突然の君との再会に俺は驚いている。まさか君とまた会う事になるとは思っていなかったからだ。
俺は今三島財閥頭首として世界を相手に戦争を起こしている。君も知っての通りだ。
君と俺の進むべき道は違ってしまった。だからもう会う事はないだろう。
元気でいてくれ。
ナーナのこれからが、穏やかであらんことを願う。

――――――風間仁。


「……仁……」
抱きしめられた温もりが未だ身体に残っている。
そっと心の奥底にしまっていた仁への想いが溢れ出しそうで怖い。

どうしてまた彼に出会ってしまったのだろうか ?

ナーナは手紙を握ったまま瞳を閉じた。


それから月日は流れ、三島財閥は本格的にG社との戦闘に入る。

━━━忘れなければならない……。

日々目まぐるしく変わる戦況。ふとした瞬間胸を過ぎるナーナの顔。忘れようとすればするほど意識してしまう。
「仁、次の指示を」
「ああ……」
最近仁はよく遠い瞳をしている。今までにない事だとニーナは思った。
あの時21才の青年の顔になっていた仁。正直自分の気持ちに戸惑っていると彼は言っていた。

(……時間が必要?それとも……)

仁からの指示を受けながらニーナは心の中でため息をついた。


日々流れる戦争のニュースは、G社と三島一八を称賛するものばかり。
ナーナはテレビから流れる情報に胸を痛めていた。



不知夜月