レンタル彼女を目撃した



たまたま。そう、偶然見かけただけ。青い生地を買い忘れていたのに気付いたから飛び込みでお店に寄っただけ。そしたら店の外をカラ松くんが歩いてただけ。女の人と手を繋いで。
まだお昼だったから外からじゃお店の奥まで見えなかっただろう。その代わりこちらからはハッキリ見えた。長い髪で、高いヒールを履いたとても綺麗な人。でれでれした顔のカラ松くん以外の人も彼女を何度も振り返っていた。ちらっとしかわからなかったけど、手を繋いでいたみたいだった。それを確かめるのが怖くてそのまま暫くお店で固まっていたら店主に嫌な顔をされてしまった。
結局、生地買えなかったなあ。
ぼーっとしながらでも昨日の残りで夕食を済ませていて、一人が身に染みているなと自嘲する。台所を片付けてから浴槽を洗い忘れていた事に気付いて立ち上がったタイミングでチャイムの音が響いた。「ハニー」、とドアの向こうで気の抜けた声。鍵を開けると赤ら顔のカラ松くんが立っていた。


「おおー、上がっていいか?」
「あ……うん。だいぶお酒飲んでた?」
「チビ太の屋台で人生の渇きに潤いをと思ってな」


人生、渇いてるんだ。そうか、潤いか。千鳥足のカラ松くんは何とか靴を脱ぐと床の間に滑り込むように寝転がった。彼にしては珍しく酔いが深い。まだ肌寒いのにタンクトップ一枚だ。上着忘れてきたのかな。お昼には着てたのにな。


「ごめんね、まだお風呂沸かしてないんだ」
「構わないさぁ、ハニー、とにかく水をくれないか」
「あ。そう、そうだ、水」


コップにいっぱい水を注いで差し出す。「ごめんね」と言えばそのまま受け取ってぐいっと飲み干した。


「お腹減ってない?」
「減ってないぞ、おでん食べてきたしな」
「好きなテレビ見ていいから……私、お風呂洗ってくる。布団敷いとこうか?眠いでしょ」
「んん……布団は自分で大丈夫だ」
「温かいお茶でも飲む?パジャマ出すよ。寒いでしょ、ごめんね」
「それ」
「何?」
「何で謝る?」


沈黙。どうすればいいかわからなくて「謝ってたかな」、と問えばカラ松くんは起き上がった。またごめん、と言いそうになって口を噤む。へたくそ。酔ったカラ松くんにもわかってしまう程、上手く取り繕えないへたくそなやつ。


「どうした?何かあったのか?」
「いや……や!何もないよ」
「目が泳いでる。花厳。こっちを見ろ」
「いや、本当に」
「花厳」


ドアの向こうにいた時とは打って変わった低い声に喉の奥がぎゅうっと引っ張られた。目の前の胡座から視線を上げると赤い顔のままこっちを真っ直ぐ見据えるカラ松くんの瞳とぶつかった。昼間に見た時はもっと、嬉しそうな顔してたな、なんて。
私の唇が震えたのをカラ松くんは見逃さなかった。酒で和らいでいた眉が鋭く上がる。「俺には話せない事か?」と有無を言わせない声色に右手が勝手に、左手を摩る。傷痕の膨らみはきっと彼女のどこを探しても無い。肩に重い何かがのしかかってきて益々口を開くのが怖くなってきたけれど、同時に胸の奥をざわつく波が喉を込み上げてくる。
唇の隙間から「お昼に」、と情けない程掠れた声が出た。


「生地買いに、行った時」
「ああ」
「……お店の中から、か………カラ松くん、が、見えて」
「ああ」
「…………女の、人、と、手、繋いで……歩いてたの、見えて」
「ああ、………」


いつの間にか視線を落として自分の両手を見ていた。やっぱり、カラ松くんだった。手を繋いでた。綺麗な人だったなあ。すごく綺麗な人だった。モデルさんかな。スタイルが良くて、すごくお洒落で。私なんかと比べたらとても遠い、綺麗な人。
またも沈黙。カラ松くんの顔を見るのが怖くて視線を下げたままでいると、視界が潤んできてしまった。ああ。もう。たまには言うこと聞いてよなんて自分の体に投げ掛ける。「花厳」、と呼ばれて恐る恐る顔を上げると滝のように汗を流すカラ松くんがいた。


「あ、汗、すごいよ。お風呂沸かすから」
「待て。待ってくれ」
「いや、風邪引くから……あの、お風呂、ごめん。私、あの、ごめんね」


あの人みたいに綺麗じゃなくて。声は出なかったのにカラ松くんには聞こえてしまったらしい。立ち上がろうとしていたのに、赤い顔のまま青ざめるという器用な顔色になったカラ松くんに手を掴まれそのまま座り込む。


「あの、あれは、あれはだな。レンタル彼女というやつで」
「れ、レンタル」
「いっ!いやいや、そうじゃない!不満があってレンタルじゃなくて!いや、その皆と一緒に、ノリでそうしてしまって」


ノリかあ。ノリで彼女をレンタルして、そっかあ。おそ松くん達も彼女と手、繋いだりしたのかなあ。私を掴む手が汗ばんでいて、何だか、酷い事を言ってしまったんだろうなと思った。


「………いいよ、カラ松くん」
「へっ?い、いいって……」
「私とじゃ足りない事を、レンタル彼女さんとやっても、いいよ」


私がカラ松くんにあげられるものは全て差し出すけれど、それで満たされないのなら。カラ松くんが幸せなら、それで。我ながら重症だ。そう思っても何故だかぼたぼたと涙が落ちていく。言ってる事とやってる事がまるで違う。ちぐはぐなのが恥ずかしくて立ち上がろうとすると掴まれていた左手を引っ張られた。カラ松くんに倒れ込んでしまった。固い肩に顔を埋めるような体勢になり、慌ててどこうとしたがカラ松くんの両腕が私の背中に回った。


「ごっ、ごめ」
「すまなかった」
「……え」
「例え兄弟達のノリでも、花厳を傷付けるような事をするべきじゃなかった。ごめんな。謝るのは俺の方だ」
「や、私、大丈夫だよ、頑張るよ、カラ松くんが満足できるくらい、頑張るから」
「頑張る必要はない。俺は今の花厳にいっぱい幸せを貰っているからな。これ以上の隙間がないくらいに」
「………でもぉ……っ」
「ごめんな、花厳。俺がこんなにドキドキするのは花厳だけなんだ。ごめん、好きだぞ。大好きだ」


耳元で囁かれる睦言にとうとう涙腺が決壊してしまい、カラ松くんの肩に縋り付く。まるで子供をあやすような温かい手が頭や背中を何度も撫でてくれた。


眩しさで目を覚ますと目の前にカラ松くんがいた。いた、というか抱きしめられていた。一瞬何事かと思ったけれど昨夜の事を思い出して、胸にじんわり嬉しさが滲んできて目尻に涙が溜まるのが自分でもわかった。あ、カラ松くんタンクトップのままだ。寒くないかな、と身じろぐとぎゅうっと抱き込まれて目尻に唇が当たる。


「………また泣いてるのか?ハニー」
「か、カラ松くん起きてた?」
「さっきな」
「わ、わ」


ちゅ、ちゅと音を立てながら顔中にキスをされる。これ恥ずかしい。脚まで絡めて抱きしめられているものだから抵抗もままならない中、唇まで奪われた。わあ、もう、何て言うか幸せだ。


「一応、言うべきだと思ってたんだが……あのレンタル彼女、イヤミだった」
「………えっ」
「薬で美女に変身したらしい。おそ松はチビ太の方で騙されてな、昨日は二人を虎と一緒に檻に入れてきた」
「えっ、檻……え?ちょっ、虎?」
「だからな、あの美女は実際にいないから安心してほしい」
「…………はい」


何度もくっついてくる唇を受け止めているとぬるりとカラ松くんの舌が這った。寝起きで声が出なかったが、彼はそれを良しとしたのか今度は舌先を突っ込んできた。うわ、舌、入ってきた!私の舌をなぞったそれの熱を誤魔化そうと顔を引くととろりとした顔のカラ松くんと目が合った。何その顔、見た事ない!でれでれとか、そういうのじゃない表情に一気に顔が熱くなる。


「でも、かっ、カラ松くん」
「……ん?」
「カラ松くん、ああいう大人の女性がタイプなんだね?」
「……はっ!?」
「嬉しそうな顔してたもんねえ……」
「ちっちが!……わない、けど!な!花厳がああいうファッションしてくれると嬉しいっていうかだな!」
「あそこまでのスタイルはないけど……」
「えっ、いや抱きしめてて思ったんだが、良い体してるぞ!ずっとムラムラしてたしな!フィットして!」
「……え!?ちょっと、何考えてたの!」
「これは本能……そう、男と女が一夜を共にする時、それは自然な事……」
「サングラスをかけて誤魔化さない。どこから出したの!」




←前 次→

top