親子丼



「おい。一回で出ろテメェ」

電話越しの声に溜め息が出た。二回も無視した着信が、三回目はえらく長く鳴るので仕方なく出た次第である。滑皮秀信め。

「まあ、いい。お前あれ作れ」
「あれって何」
「親子丼」

親子丼?

「今から言うところに来い。何も持って来なくて良い」
「え?いや、え?」
「言うぞ」

つらつらと言い渡される住所を頭のなかで復唱していく。これ、無視したら面倒臭いやつ?いや普通に行きたくないんだけど?何かの暗喩とかじゃないよね?



と、到着した場所は何者かの家だった。マジで逆に怖い。いや入れるわけなくない?チャイムの前で固まっているとガラッと玄関が開いた。めちゃくちゃ強面のスキンヘッドが出てきた。

「テメェが兄貴が呼んだ女か?」

滑皮の舎弟かこいつ。見知らぬ男の家に入りたくなくて無言の抵抗をしていると中から知った声が聞こえてきた。

「何ボケッと突っ立ってやがる。とっとと入ってこい」
「……お邪魔しまーす」

マジかよ。睨まれながら靴を脱いで入ると畳の上で滑皮のもう一人強面が胡座を掻いて座っている。こっわ。男が三人もいる見知らぬ家にいるのこっわ。もう帰りたい。

「よく来たな」
「いや、さあ?何?滑皮……さん」

舎弟二人がものすごい形相で睨んできたのでさん付けにする。恐ろしいなこのやろう。

「用件は伝えたはずだ」
「アレ何かの隠語とかじゃないですよね」
「あ?そのままだ。飯を作れ。久々にお前の飯が食いたくなった」

あーこれ断ったら山に埋められるやつ?くっそ。脱いだジャケットを畳んでシャツの袖を捲る。「台所お借りします」、と言えばスキンヘッドがついてくる。手を洗って既に用意されている道具や食器を眺める。四人分ね。お前も食べろって事ね。
必要な食材を言えばスキンヘッドが並べてくれる。よし。
トントントン、とリズミカルに包丁を下ろす。背中に三人の視線を感じるが気にしない。いや気になるわ。せめて滑皮ともう一人は何か喋ってろよ!スキンヘッドは許すから!めっちゃ近くで見てくるのは許すから!何も入れないっての!
汁を作るととても良い匂いが立ち込める。人間的というのは不思議なもので、こんな状況でもお腹は減るらしい。卵は既に用意されていて、流し入れる。蓋をしてすぐにご飯をよそう。良い匂いがする。

「はい。できたよ」

刻み海苔を散らした丼をお盆に乗せて運ぶ。卓も何もないので仕方なく畳の上に置いた。後ろから続いてきたスキンヘッドが吸い物とお新香を並べる。いやさ、なんで私まで円にならないといけないのかね。とっとと食べて出ていこう。手を合わせると滑皮と舎弟二人がこちらを見た。知らん。見るな。いただきます。
ガツガツと掻き込み始めた滑皮に舎弟二人も続く。食べ方。

「ン、これだな!バカみてぇーにネギと玉ねぎが入ってるやつ!」

バカみてぇとは何だこのやろう。ここまて呼んで作らせたくせに。御笠守家の親子丼美味いだろ!埋められたくないので声には出さない。お吸い物には可愛らしい麩が入っている。

「あ。おいし」

スキンヘッドがジロリと見てくる。お新香も食べる。美味しい。

「お前の料理、たまに食いたくなンだよな」
「でも滑皮さん、もっと美味しいもの知ってるでしょ」
「今度連れてってやるよ。ホテルの高ェ朝飯な」
「自分で食べに行きます」

帰りたい。何かとても社長や柄崎達に会いたい。たまには私から飲みに誘ってみようかな。口の端についた海苔をペロリと舐めとると向かいに座る滑皮の目が鋭くなった。

「花厳」
「はい?」
「お前、俺の女になれ」

喉を通りすぎようとしていた米粒が引っ掛かって噎せた。どストレートか。ちゃんと断っただろ!両サイドに座る舎弟二人はいつの間にか箸を置いてこちらを睨んでくる。圧でどうにかしようとしてんのか。
滑皮を睨むと当の滑皮はなんというか、子供の時のような顔をしていて。あー。そっか。私も観念して箸を置き、背筋を伸ばす。

「せっかくだけどお受けできません」
「理由は」
「一緒に生きていきたい人がいる」
「あ?」

ぴく、と滑皮の眉が動く。

「そいつに将来はねェ。今の生活もそう長くは続かねェ。わかってンのか?」
「先の事は誰にもわからないよ」
「そいつもそいつらも、お前も、どうなると思う。これは警告だ。言っておくがな、ロクな死に方はさせねェぞ」
「生き方も死に方も自分で選ぶよ。例えどんな終わりでも一緒にいたい。滑皮もこの気持ち、わからなくないでしょ?」

一緒にどこまでも生きていきたいこの気持ち。

「テメェ、思ってたよりバカだな。女より男に生まれてりゃよかったんだ」
「男に生まれてたらもっと無茶してたな!どうやっても男より非力だからさ。足手まといにしかならない」

丼と箸を持ち直して残りを掻き込む。お吸い物とお新香も綺麗に平らげて、手を合わせる。

「滑皮」
「あ?」
「"心配"してくれてありがとう」

ごちそうさまでした。



畳の上にこうやって寝転がったのはいつぶりだろうか。満腹で緩やかな眠気がやってくる。片付けを済ませた鳶田が手を拭いながら傍らに座った。

「あの女、帰り際にこんなもの渡してきました」
「ン?」

メモの切れ端に癖のある字。親子丼の作り方、と書いてある。

「他に何か言ってたか?」
「俺の吸い物とお新香のレシピ聞かれました」
「フッ、そうか」

こいつらの前で堂々と俺をフリやがった女はレシピを交換して出ていったらしい。ここまでの足代として金を渡そうとしたが「友達として来たんだよ!」と憤慨していた。友達。そんなもの作った覚えはない。

「結構良い女だろ」
「はい」
「俺がガキの頃から全然靡きゃしねーんだ。俺といりゃ安泰なのにな」
「滑皮兄貴の魅力に気付いてないンすかね」
「ああ。あいつバカだしな」

力ずくで囲っても構わない。とは、思う。だがそれでは面白くない。あいつから惚れさせてやっと手に入る。

「ガキの頃に欲しかったモンってのは、大人になってからもっと欲しくなンだよな」

な、花厳。




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