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「ベジボムってね、野菜の臭いがする小さな爆弾なんだ」


オレンジの火がゆらゆら揺れるランプの前で羊皮紙を広げて、サミュエルは思い出したようにぽつりと呟く。びゅうびゅうと吹き付ける冷たい風に紛れて私の耳に入り込んだその言葉に顔を上げると、青いマフラーをぐるぐるに巻き付けたサミュエルが私の羊皮紙を指差し、羽根ペンを滑らせた。どうやら私の羊皮紙の上で、シリウスとレグルスが反対になっていたらしい。


「野菜?野菜の臭いがするの?」

「うん。オニオンとかビーンズとかのね。悪戯グッズだよ、要は」

「へえ……サミュエルはクリスマスに、クリスマスプレゼントにベジボムが欲しい?」

「えっ、そ、それはいらないかな……」


マフラーに顔を埋めながら顔をくしゃくしゃにして笑ったサミュエルの後ろで、杖のように細いプレスリー先生が空を指さしている。誰かにあの星は何かと訊かれたのだろう。青いマフラーをした三人組の生徒にプレスリー先生は何かを言いながらまた星を指差したけれど、その声は風に勝てず私達には届かなかった。


「そう言えば、次のレポートはクリスマスに一番よく見える星についてだったよね」

「うん、そう、そうだね。でも私、星が見えない方が良いな」

「え?どうして?」

「だって、だってね、雪が降る方が素敵だもの」


首にかけていたマフラーをサミュエルと同じようにぐるぐる巻き付けながらそう言えば、サミュエルは納得したように頷きながら首の後ろでマフラーを結んでくれた。ありがとう、と言葉にするが風がびゅうびゅうとうるさくて、彼に聞こえたか分からない。それでも彼はグレーの瞳を細めたので、聞こえてなくても伝わったはずだ。


「カザリは?カザリはクリスマスプレゼント、何が欲しい?」

「私?私は、私は……」


ローブの下からアイボリーの薄手の毛布を引っ張り出しながら、サミュエルは器用に羊皮紙に星座を書き込んでいく。カノープスを書き終えたところでサミュエルは羽根ペンが飛ばされないように膝の下に滑り込ませ、毛布を広げて私を手招きした。
アイボリーを肩から被れば、アールグレイの香りがそっと鼻を撫でる。サミュエルのくすんだ赤毛がランプの灯りに照らされて、紅茶のような色をしていた。


「……サミュエル、サミュエルってとっても良い匂いがするのね」

「良い、匂い……?」

「うん、とっても、とっても良い匂い。いれたてのブラックティーの匂い」

「そんな匂いがするの?なんか、恥ずかしいや……」


青いマフラーに顔を埋めて、サミュエルがまたくしゃくしゃと笑う。天文台の端っこで風に負けない大きな声でジャックが寒いと叫んでいたけれど、私は何故だかぽかぽかと胸のあたりがあたたかかった。





壁にかけられた深緑色のアドベントカレンダーからチョコレートをひとつ取り出して、僕はそれを右手にソファーに腰を下ろす。ソファーに置かれていた写真の動く新聞と動かない新聞に気付いて僕は迷わず前者を手に取り、膝の上でそれを広げた。クリスマス向けの菓子の広告が、新聞の至る所に散りばめられていた。


「……クリスマスって、何をあげたら良いんだろう」


チョコレートの宣伝をする魔法使いの絵が描かれたそれを閉じ、僕は壁にかけられたアドベントカレンダーを見ながらチョコレートを口に放り込む。マグルの孤児院にいた頃は新聞に挟まっていたカレンダーを壁にはり、毎日ひとつお菓子を食べる代わりに午後にひとつの丸印をつけていた。あの頃はそれを横目で眺めて町が色めき立つのを他人事のように見ていたのだが、今となってはそうもいかない。魔法省で毎晩遅くまで働くダンに代わってアドベントカレンダーのポケットから毎日ひとつお菓子を取り出さなくてはいけないし、カタログや新聞片手にプレゼントは何が良いかと訊ねてくるハツに付き合わなくてはならなかった。


「……駄目だ、全然分からない」


そろそろリースを作らないといけないからと午後からずっと裏口から繋がる丘へ出掛けたハツならきっと、カザリが欲しがるものが分かるのだろう。僕だってカザリが好きなお菓子や花なんかのそういった特別でない日のプレゼントなら思い付くが、困ったことに僕は今まで一度だって特別な日に誰かにプレゼントを贈ったことがないのだ。
甘過ぎるチョコレートが口の中でゆっくり溶けていくのを感じながら、もう一度新聞を広げる。チョコレートを宣伝する魔法使いが僕を見つけて店の看板を頭の上で振り回すが、あまりに早く振り回すせいで店の名前は見えなかった。


「ぬいぐるみ……人形、なんか、持ってるの見たことないし、花……はいつもダンが贈ってるし……」


レースのハンカチ、真っ白いシルクのリボン、真っ赤な箱に詰められたチョコレート菓子。頭に浮かんではくるものの、何かが違うと自分が納得出来ず、僕はたまらずソファーに寝ころんだ。
町で売られている一番安い小さなツリーが置かれ、無地の紙に包まれたプレゼントを貰っていたような僕である。そして、プレゼントの中身が靴下だったような僕である。そんな惨めなクリスマスを送っていた僕が、クリスマスプレゼントを簡単に思い付くはずがなかった。


「…………ダンはハツに何かあげるのかな」


クリスマスに合わせアドベントカレンダーと同じ深緑のクッションを抱き寄せながら、今朝からオランダに向かったダンを頭に思い浮かべる。彼は何かと理由をつけてハツに花を買って帰ったりしているので、こういった贈り物のことには詳しいのだろう。
カザリの部屋に浮かぶ小さな白い花と同じ匂いのする深緑に顔を埋めて、玄関を開けるなり出迎えに現れたハツに花束を差し出すダンを思い出す。彼はきっと明日、オランダの魔女に人気の花を目一杯買い込んで、それをハツに差し出すのだ。今日の記念に、なんて言いながら。


「ああ寒い、なんて寒いの、嫌になっちゃうわ!」


真っ赤な花束に負けじと頬を赤らめて笑うダンが、がたん!と開いた裏口の外へと消えていく。咄嗟にクッションをソファーの端へ投げて何事も無かったかのように身体を起こせば、両手に宿り木を持つハツが鼻を真っ赤にして裏口を閉めたところだった。


「おかえり、ハツ」

「ええ、ただいま。見て、宿り木がこんなに。これでリースを作りましょう」


あなたとカザリの部屋にも飾るわよ。ハツはそう言って肩に乗っていた雪を払いながら僕に歩み寄り、ダイニングのテーブルに山ほどの宿り木を置く。裏口から続くあの丘は、一体どこと繋がっているのだろう。窓の外を見ても雪はちらついていないが、宿り木の葉は銀の霜を背負っていた。


「さあトム、手伝ってくれるかしら」

「うん、良いよ」


もしかするとスコットランドの何処かだろうか。それとももっと遠い国だろうか。真っ赤な花束を差し出すダンに真っ先に訊かなきゃならないことが出来て、僕は宿り木についた霜を払いながらハツが隣に座れるようにソファーの端に寄る。
濃いグレーのコートを脱いで、この間買ったばかりの手袋をはずし、ハツは一人分の間をあけてソファーに座る。それは彼女の遠慮ではなくもう直ぐ帰ってくる彼女の娘のための場所なのだと、僕は何とはなしに分かっていた。カザリがホグワーツに行ってしまう前まで、ちょうどクッションひとつ分のこの場所にいつもカザリがいたのだから。


「来年の夏は、エルダーフラワーのコーディアルをうんと作れそうだわ。丘にね、ニワトコが生えていたの」

「本当?じゃあ良いレモンを買わなきゃいけないね」

「ええ、そうね。カザリとトムに良いものを買ってきて貰わなくちゃ」


ニワトコの花から作るコーディアルを思い浮かべながら、僕はハツの手元を見つめる。太いつるで輪っかを作りそこにくるくると細い宿り木のつるを巻いていくハツの手付きは手慣れていて、瞬きを四度する間に小さなリースが出来上がってしまう。それを見て僕も宿り木のつるを手にとるが、どうにもハツのように上手くはいかない。当たり前だ、クリスマスリースなんて作ったことがないのだから。


「ねえトム、宿り木の下に女の子が立ってたら何をしなくちゃいけないか、知ってるかしら」


霜が溶けてぽたりと床に水が落ち、僕はそれを見下ろしながら宿り木をくるくると巻いていく。横目でハツを見れば彼女は手元の宿り木のリースをじっと見つめながら葉から落ちてくる水を右手で受け止めていて、彼女の右手にはぽたりぽたりと小さな水溜まりが出来上がっていた。


「ううん、知らないけど……」

「……そう、そうよね、まだ知らないわよね!うふふ、私ったら変なことを訊いちゃったわ、ごめんなさい、忘れてね」


右手の小さな水溜まりを握りしめ、ハツは嬉しいのか楽しいのかよく分からない笑いをこぼし、リースをテーブルに置いて腰を上げる。何か拭くものでも取りに行くのだろう。僕のその予感は正しく、ハツはさして慌てた様子もなくキッチンへと向かい、今朝からキッチンで待ちぼうけをしていた布巾を持って戻ってきた。ハツはまだ、笑っていた。


「うふふ、素敵ね、これからだものね」

「……なあに?止めてよ、その笑いかた」

「あら、ごめんなさい。でも何だか楽しくって」


右手の水溜まりを布巾にじわりと食べさせて、ハツは笑う。カザリとは違う少し意地の悪い笑いは嫌いではないが、カザリの溶けるような笑いかたの方が僕は好きだった。短い前髪の下で、困ったように下がる眉と、細められたダークブラウンの瞳が、僕はとても好きだった。
くるり。宿り木のつるを巻ききって、僕は出来上がったそれをテーブルに置く。ほんの少し小振りで歪んだそれにつけるリボンの色は、何色が良いだろう。


「うふふ、素敵ねえ、楽しみねえ」

「だから止めてってば……」

「ふふふふ、クリスマスが楽しみねえ、ね、トム?」


テーブルに並んだ二つのリースから、壁にかけられた深緑に視線をやる。あと十回、チョコレートやキャンディやトフィーを食べれば用が無くなってしまうそれは、孤児院の壁に掛かるただの紙切れを百枚束ねても適わないくらい、素敵なものだった。
ポケットから杖を取り出したハツが、小さく笑って僕のリースに杖を振る。赤と緑の光の粒がリースを包み、それは光沢のあるリボンになった。


「……そうだね。うん、楽しみだよ」


カザリに会えるのが、とっても楽しみだ。
小さくて歪なリースが飾られたドアを見て、カザリは何て言うだろう。その奥で待つ未だ決まらない僕からのプレゼントを見て、カザリはどんな顔するだろう。何て言うのか、何をあげるのか、どんな顔をするのか、どれひとつとして答えは無かったけれど、彼女へのプレゼントについて頭を抱え始めて五日が経ったこの日、僕はクリスマスの魔法をほんの少しだけ感じていた。








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