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「……結構積もるものなんだな」


家の裏口から続く丘ならいざ知らず、まさかロンドンの外れにあるこの家の外まで真っ白になるとは僕は思いもしなかった。
カザリの部屋の物と同じ色をした、それでも彼女の物よりも飾り気のないカーテンを引っ張って窓の外を眺める。分厚い灰色の雲の向こうには暖かさを微塵も感じさせないロンドンの朝の太陽がいるのだろうが、それは姿を見せることも感じさせることも無かった。その代わりと言ってはなんだが、昨夜から雪が降り続いていた。


「……さて、困ったな」


ロンドンの外れにあるマグルの住宅街は、わりと裕福な家庭が多いらしく、どの家の玄関にもクリスマスリースが飾られている。中には庭にそのまま樅の木を植えている家もあり、それらは華やかに飾り付けられていた。カザリが見れば、きっと飛び跳ねて喜ぶだろう。もっとも、今は雪が降り積もりその華やかさは見えやしないが。
そう、見えやしないが、もうそれらはすっかり飾り付けられているのである。昨夜から降り続く雪の中、コートを何枚も着重ねて飾り付けた父親もいるだろう。向かいの家の若い父親が頭に雪を積もらせながらリボンを結ぶのを見ていた僕は、何故帽子を被らないんだとどうでも良いことを考えていたが、父親はそれ程慌てていたのだ。何せ、今日はもうクリスマスの前日なのだから。


「……カザリが帰ってくるのは、夜か」


カーテンをきっちりと閉め、ドアを開けてもいないのにいつの間にか入り込んできていた小さな白い花を手のひらに乗せる。一瞬掠めたそれは水の中を泳ぐように僕の手のひらから離れ、天井まで逃げていった。部屋を見回してみれば、白い花は四つも僕の部屋に入り込んでいた。まるでいつの間にか僕の部屋で寝ているカザリのようだ。
そこまで考えて、僕は椅子にかけていたロイヤルブルーのカーディガンを肩から羽織り、ベッドに腰掛ける。そんな場合ではない、と頭の中の僕が自分を叱りつけた。


「夜までに用意しないと、間に合わないな」


きっと、周りから見ればさして焦っているようには見えないだろう。何せ僕は昔から気味が悪いと言われるくらいには感情を表には出さない性格であったし、孤児院にいたころは何を考えているのか分からないと陰で言われ続けていた。しかし僕は今、焦っている。床に転がっていたクッションを拾おうとしてベッドから滑りおちるくらいには、焦っている。


「……先に朝ご飯を食べよう」


そうして落ち着いたら、きっと何か良い案が浮かぶはずだ。
今日の今日まで良い案なんて思い浮かばなかったというのに、僕は自分にそう言い聞かせて立ち上がる。ドアを開ければ廊下に紅茶の匂いが漂っていて、駆け足で階段をおりていった。
ダイニングに一歩足を踏み入れれば、たちまち温かな空気が僕の頬を撫でる。寒いのは苦手だというハツのために防寒の魔法をこの部屋にかけたのだとダンが得意気に言っていたのは、ハロウィンが終わってすぐの頃だ。そんな魔法にほっと息を吐き出しながらテーブルに向かえば、キッチンに立っていたハツがカップを持って僕を振り返る。キッチンの上には、アールグレイの茶葉が入った缶が座っていた。


「ブラックで良いかしら?それともミルクを入れる?」

「……ブラック、いや、やっぱりミルクを入れて」

「あら珍しい。分かった、少し待ってね」


いつもならブラックティーを選んでいたが、ふとカザリが頭を過ぎり、彼女ならきっとミルクを選ぶだろうと思った僕は、次の瞬間にはミルクを選んでいた。そんな僕にハツは目を丸くしながら杖を取り出し、ミルクを温めるために火をつける。
くるくるとハツが杖を回せば、柔らかな匂いが白い湯気とともに天井へとのぼり、そして消えていく。ほんの少しだけ眠そうに杖を回すハツを見ながら、僕はテーブルの端に置かれていた日刊予言者新聞を引き寄せた。今日の一面は、あまりの雪で魔法省から外出禁止令が出たゴドリックの谷だった。


「…………ねえハツ、ハツがダンから貰った初めてのクリスマスプレゼントって、何?」

「ええ?私が貰ったもの?」

「うん、そう」

「そうねえ……確かクリスマスカードと小さな花束だったわ」


ちゃんと魔法をかけてとっておいてるのよ。
ハツは照れくさそうに小さく笑い、天井を見上げる。二階でまだ寝ているだろうダンは、きっと僕達がこんな話をしているとは思いもせずに夢の中を泳いでいるのだろう。最近よく魚になる夢を見るんだ、と何故だか楽しそうに言っていたダンを思い出しながら、僕は新聞に目を通していく。


「はい、出来たわよ、ミルクティー」

「ありがとう」


ハツが杖を一振りすれば、湯気を立てるカップはゆっくり僕へと飛んでくる。新聞片手にそれを受け取り、一口だけ口に含む。いつもより微かに甘く感じるそれが、じわりと胃に広がった。
週末の天気、魔法省役員の不祥事、フランス魔女に人気の香り石鹸、ハンガリーのドラゴンが魔法使いを襲った記事まで読んで、僕は新聞の下の方に指を動かす。数日前までそこはクリスマスに向けた広告が並んでいたが、今はすっかり冬用ローブの広告や、ダイアゴン横丁に新たにオープンするパブの広告に変わっていた。思わず、眉間に皺がよる。


「あらあら、朝から怖い顔」

「……ごめん。だってほら、見てよ、また魔法省で不祥事だ」

「まあ、困ったわね。ダンがそこに載る日が来ないことを祈っておきましょう」


わざと広告を見ていなかったふりをして、僕はハツに新聞を見せながらそうだねと答える。ダンのことだ、載るなら不祥事なんかではなく働きすぎて倒れた役員なんて記事になるだろう。
つ、と視線を動かして、僕はある記事に目をとめる。それからゆっくり視線をあげてハツを見て、そしてまた視線を戻す。何でもないようにミルクティーをもう一口だけ口に含んで、僕は新聞をとじた。頭の奥で、ダークブラウンの髪が揺れる。


「……ねえハツ、僕、出掛けてきても良い?」

「ええ、勿論。ただし、今日は早めに帰ってきてね。なんて言ったってカザリが帰ってくるんだから」

「うん、分かってる、絶対ちゃんと帰ってくる」


絶対にだ。最後にもう一度付け足して、僕はミルクティーを飲み干した。それから新聞を片手で持ち上げて、椅子から立ち上がる。


「ハツ、新聞、切り抜いても良い?凄く気になる記事があるんだ」

「あら、そうなの?良いわよ別に、どうせダンは職場で読むだろうし」

「ありがとう、じゃあ少し借りていくね」


何でもない風を装って、僕はそのままダイニングを出る。ぎ、と軋む階段を上りながら考えるのは、新聞の右端、一番下の目立たない場所に書かれた、オーダーメイドの魔法道具店の広告だった。







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