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「サミュエル、あなたのプレゼント、暖炉の前に置いてあるわよ」
「うん、ありがとう母さん。父さんは?仕事?」
「ええ、勿論。さっき出たところよ。私もそろそろ出るから、留守番頼むわね」
階段をおりてダイニングに入れば、母さんがマグルの中で流行っているらしい形のロングコートを片手に、マフラーを首にかけているところだった。
父さんを見送れなかっただなんて、寝過ごしたのだろうか。そう思いダイニングの壁にかかる時計を見るが、どうやら僕がホグワーツにいっている間に時計の位置が変わったらしい。夏まではそこにあった振り子時計が姿を消して、その代わりに父さんと母さん、それから幼い僕とそんな僕を抱き上げる兄さんの写真が飾ってある。ほんの少し、眉を寄せてしまった。
「あら、クリスマスなのにそんな顔しないで。大丈夫よ、急いで帰ってくるから。夕飯、楽しみにしていてね」
「……うん、分かった。気をつけてね、母さん」
そんな僕を見て、母さんは僕がクリスマスに一人ぼっちにされるなんて、と機嫌を損ねたのだと思ったらしい。母さんはコートを羽織るなり僕の頬を少し勢いをつけて包み込み、そのまま僕の頭にキスを落とした。止めてくれ、と言いたいのは山々だったけれど、母さんは少しばかり思い込みが強い魔女なので、僕は黙ってそれを受けいれる。以前ハグを断ったら、僕に嫌われたのだと一晩中泣いていたような魔女なのだ。
「じゃあ行ってくるわね!私の帰りを待っててね、愛しい子!」
「………………行ってらっしゃい」
母さんがあんなだから、兄さんもあんななのだ。
頭に浮かんできた兄の顔にまた眉を寄せて、僕は母さんを見送り、母さんの姿が玄関の向こうに消えてようやくため息を吐き出した。母さんには悪いが、朝から母さんと話すのは少しだけ疲れてしまう。
はあ、とまたため息を吐きながら、暖炉へと向かう。暖炉の前の小さなツリーの下には目に鮮やかな包装紙に包まれたプレゼントが山積みにされていて、僕はその前に座り込みながらひとつプレゼントを手に取った。親戚の叔母さんからだ。
「……あ、マクゴナガルからもカードがきてる……」
僕も彼女にカードを贈ったが、彼女も彼女で律儀である。話しはするがまだそこまで仲良くなりきれていない彼女からのクリスマスカードを手にとって、休暇があけたらお礼を言わなくては、と頭の隅に記憶する。きっと、汽車で会えば思い出すだろう。
クリスマスカラーの箱をよけて、その向こうにあった青い包装紙のプレゼントを手にとる。あ、と思わず声がもれて、慌てて口を塞いで辺りを確かめる。父さんも母さんも、兄さんすらも、ここにいない。いるのは、僕ひとりだ。
青の包装紙を撫でると、赤ともオレンジとも言えない星とグレーの星が流れて、感嘆のため息をこぼす。それが僕のくすんだ赤毛と瞳の色だとすぐに分かって、胸のあたりがむず痒くなるのを感じながら包装紙をそっと開いた。小さな白い木箱が、僕を見上げている。
「何だろう……」
そっと蓋を開けて、中を確かめる。やわらかなシルクのハンカチがそこにあり、それを開くと春の丘の上のような緑と、ラベンダーの花を浮かべたカルチェラタンの紅茶の匂いがした。ブルーラベンダー色の、小さなサシェだ。
「良い匂い……」
シルクのハンカチごとサシェを取り出して、僕はそれを見つめる。この匂いをローブにつけて彼女に会えば、彼女は気付いてくれるだろうか。気付いて、眉を下げて笑ってくれるだろうか。
むず痒い胸の温もりや痛みを隠すようにそっとサシェを押し付けて、ほ、と息を吐き出す。僕に似て大人しい父さんなら兎も角、ここに母さんや兄さんがいたら、こんな穏やかな気持ちにはなれなかっただろう。ゆるんだ頬を、きっと色めき立ってあるだろうこの顔を見られずにすんで、僕はその場に寝転がった。
「……僕のプレゼントも、喜んでもらえると良いな……」
そっと目を閉じて、そのまま船をこいで夢の海に出る。夢の中でカルチェラタンの匂いに包まれたカザリに会ったことは、きっと忘れないだろう。
朝の礼拝を終えて教会から出て行くマグルの波を、私はソファーに座ってぼんやりと見送る。父さんと母さんは今頃教会に残って祈りを捧げる誰かに聖書の一文を聞かせているのだろうか。足下で乱暴にプレゼントを開ける弟、ロバートを見ればそんなこと構うものかと教会に背を向けていて、振り向く気配すらない。まだ六つの弟だ。彼にとっては教会にいる両親よりも目の前のプレゼントなのだろう。
「ロバート、あまり散らかさないで」
「わかってる、わかってる、でもね姉さん、ほらみて、おじさんから車もらった!」
「そうね、良かったわね」
父さんの弟である叔父から貰った小さな木の車を握りしめて、弟は立ち上がる。そしてそれを掲げてその場でくるくると回ってみせ、何がそんなに楽しいのか、頬を染め上げきらきらと笑っていた。
「姉さん、姉さんの!」
「私の?私のプレゼント、開けてくれるの?」
「うん!あけていい?」
「……待って、……ああ、それは開けていいわ」
プレゼントの贈り主がマグルであることを確かめて、私は弟の頭を撫でる。弟はまた頬を染め上げて歯を見せて笑い、びりびりと乱暴に包装紙を破り捨て、プレゼントである人形を取り出した。人形か、とブラウンの髪を持つその人形に弟は不満そうであるが、私はそこまで不満ではない。人形を欲しがるような性格ではなかったが、どことなくそれはカザリに似ていたのだ。ほんの少し、頬がゆるむ。
弟が破り捨てた包装紙を拾い集めて、私もプレゼントを全て開けてしまおうと弟の隣に座り込む。不満そうに唇をとがらせながらもブラウンの髪を指に絡めて遊ぶ弟に、いつも髪をおろしているカザリが遊びにきたらきっと同じ目にあうだろう、と心の中で心配した。
「姉さん、これもいい?」
「あ、待って、カーテンを閉めるから」
「ええ?なんでえー?」
「……マグルが見たら驚くでしょう」
「ふうん……?」
グリフィンドールの知り合いから届いたクリスマスカードと小さな包みを手に、弟はよく分かっていないような顔で私を見上げた。急いでカーテンを閉めれば弟はすぐさま包みを開き、わ、と声を上げる。カーテンを閉めた私の判断は、正しかったようだ。
小さな赤い玉が包みから飛び出して、弟の周りをくるくる回る。そしてそれはひゅうひゅうと音を立てて天井へと向かい、天井にぶつかる前にぶるぶると膨らみ、ぽんっと弾けた。金の紙吹雪の中から、チョコレートとキャンディが落ちてくる。なんて凝った作りなんだろう。
「わあ!姉さん、チョコレート!チョコレートほしい!」
「いいわよ。でも、ひとつだからね」
「うん!たべていい?」
「どうぞ、……はい」
床に落ちてきたチョコレートをひとつ拾って、包み紙をはずして弟に差し出す。ぱっと目を見開いて嬉しそうに口を開いた弟にため息を吐きながらその口にチョコレートを入れてやれば、弟は飛び跳ねるように立ち上がり、笑い声をあげながら部屋を飛びだしていった。何かしかけのあるチョコレートだったのだろうか、と一瞬冷や汗をかくが、どうやら違うらしい。おいしい!と叫びながら走り回る弟は、ただの甘いもの好きのようだ。
チョコレートの包み紙を握りつぶして、あとで捨てようとスカートのポケットにしまう。それからプレゼントの山の中から目当ての名前を探し当て、私は迷わずそれを手に取った。深紅の包装紙に、金の星が流れていく。
「……これは、ロバートには任せられないわね」
何が入っているか、分からない。そして何より、私が、これを開けたい。
触れる度に星が流れるそれを丁寧にひらいて、中の物を確かめる。金のリボンで結ばれたものは質の良い羊皮紙と、大きな羽根ペン。それから、金の文字が這うラベルの貼られたインク瓶だった。
羽根ペンと羊皮紙を膝の上に置き、インク瓶を持ち上げる。金の文字を指でなぞれば、きらきらと文字が光った。
「パフューミンク……?」
金の文字を言葉にしながら、そっと蓋を捻ってみる。すると途端にぽこりと何かが湧き上がってきた音がして、蓋の隙間から薄いラベンダーとライトグリーンの煙がこぼれてきた。
す、と温かくも冷たくもないそれが鼻先を撫でて、天井へとのぼっていく。鼻先を撫でたそれは、私の好きな甘すぎない花の匂いと、それから晴れた日の芝生の匂いだった。
「素敵……!」
可愛らしい人形ではなく羊皮紙、羽根ペン、インク瓶を贈ってくる彼女、カザリに、私は思わず声をあげる。なんて素敵なのだろう。このインクで、羊皮紙で、羽根ペンでレポートを仕上げることが出来たら、私はなんて素敵なクリスマス休暇を過ごせることか。
「姉さん、それ、なあに?」
思わず蓋を外して黒い波を見つめていれば、何故かチョコレートを口の端にべったりとつけた弟がひょこりと顔を覗かせた。まずい、と思ったのは机の上のインク瓶を取ろうと手を伸ばし、うっかり頭からインクをかぶってしまった今年の夏を思い出したからだ。頭を、真っ黒な顔で泣きわめく弟が過ぎっていく。
ぱ、と蓋をしめようと蓋に手を伸ばすが、弟というものはこういう時に限って動きが早いもので、さらに魔力まで溢れ出してしまうもので、まさに私目掛けて飛んできた。弟にそのつもりは無かったのだろうが言葉通り飛んできた弟に私は目を見開いて、慌てて彼を胸で受け止める。驚いた顔の弟が、ゆっくり床をめがけて落ちていくインク瓶に手を伸ばすが、もう、間に合わない。
「ああ!……あ、え……?」
「姉さん、びん、おちたよ?」
「え?え、ええ、そ、そうね……」
ごとりと落ちたそれが黒い水溜まりを作るものだとばかり思っていた私は、一向に水溜まりを吐き出さずに黙って転がるそれに恐る恐る手を伸ばす。不思議そうに目を丸くして私の手を覗き込んでくる弟を抱き締めながら、たぷたぷと揺れる黒い波を見つめた。
そっと、インク瓶を傾ける。黒い波は静かに揺れて、そして、黙ってそこにいた。床に落ちることなく、瓶の中に。
「姉さん、これ、いいにおいする」
「……ええ、素敵でしょう?」
「これほしい!」
「だっ、駄目よ!これは私の大好きな子がくれたプレゼントなんだから!」
「やだ!ほしいほしいほしい!ほしいー!」
「駄目!駄目ったら駄目!」
腕の中で結局泣き出してしまった弟からインク瓶を遠ざけながら、私は叫ぶように訴える。家の外で父さんと母さんが可笑しそうに笑っていたのを知らない私は、泣きわめく弟から逃げるようにインク瓶と羽根ペン、それから羊皮紙とクリスマスカードを抱え、自分の部屋へと逃げ込むのだった。
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