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やわらかい砂糖の雲の上で寝ころんでいれば鼻先をさらさらとした糸が撫でて、私は砂糖の雲に沈んでいく。どこか遠くのほうから聞こえるくすくす妖精の話し声が沈んでいくほどに寝息に変わり、そろりと目の前の糸に頬を寄せ、寝返りを打とうとした。途端にお腹のあたりを何かが締め付けてきて、私はそこでようやく目を開ける。
「……夢…………」
視界に飛び込んできた天井に、白い小さな花がぷかぷかと泳いでいる。どうやら砂糖の雲は花の匂いがしみついた私の部屋の布団だったようだ。目が覚めた今も、砂糖の雲の上にいる気がする。
お腹を締め付けて私を起こした正体であり、さらさらとした糸を持つ彼、トムを振り返る。すう、と穏やかな寝息をたてるトムの前髪に頬をすり寄せれば、トムは微かに眉を寄せ、それからゆっくり瞼をあげた。トムの長くて真っ直ぐなまつげが、ぱちぱちと瞬きをする度に陰を作る。随分と遅くまで話し込んだせいで、彼にしては珍しくまだ眠いらしい。
枕元に置いてあった宿り木のリースを手にとって、そうっとトムの頭に乗せてみる。すると途端にトムの綺麗な形をした瞳が見開かれ、ベッドが弾むくらい勢いよく飛び起きた。
「や、やめて!」
「ふふ、ふふふっ、おはよう、おはようトム」
「……おはよう、カザリ」
夜遅くまで起きていたせいで風邪でもひいてしまったのだろう。トムは頬をオペラ色に染め、私の手からリースを奪い、そっとベッドのわきにそれを置く。家に帰ってきてからトムがよそを向いている間にリースを乗せようとしたのがいけなかったのか、五度目にはとうとうトムは今のように声を荒げ、拗ねたように私から目を逸らすのだった。
ベッドに座り込んで俯いてしまったトムの膝に頭をのせて、下からトムの顔をのぞき込む。するとトムは一瞬視線を外したけれど、すぐに困ったように笑って私を見下ろし、前髪を撫でつけた。今日も私の前髪は、よそを向いている。
「あまり僕をからかわないで」
「うん?うん、うん。でも、からかってないよ?」
「……うん、でも、やめて、本当に……」
呟くような小さな声でそう言って、トムは私の前髪から手を離す。途端に私の前髪はまたよそを向いてしまったが、この髪はきっとよそを向いていたいんだと思い、直すこともせずにベッドから起きあがる。
白いルームシューズをはけば、隣でトムが黒いルームシューズをはく。ベッドからおりて部屋のドアを開けようとすると後ろからトムが手を伸ばしてきて、花が外に出てしまわないように手で花をつかまえながらドアを開けてくれた。
「少し寝過ごしたね、ダンがもう部屋にいない」
「私はいつも通り、いつも通りだよ」
「うん、カザリはいつも僕が起こしてたからね」
いつもは閉まっている父さんと母さんの部屋のドアが開け放されているのを横目にぱたぱたと二人で並んで階段を下りていけば、玄関の前で手袋をはめている母さんが見えた。去年は持っていなかったクリーム色の手袋は、父さんが母さんに贈ったものなのだろうか。私たちの足音に気付いて振り返るまでに見えた母さんの横顔は、美味しいスープが出来上がった時の横顔に似ていた。
「ああ、今日は遅かったわね、二人とも。遅くまで起きていたのかしら?」
「うん、うん、あのね、トムと二人でホグワーツの話を沢山してね、それから二人で一緒、う、」
「うん、少し寝過ごしちゃった。どこか出掛けるの?」
「そうなのよ、あの人ったら鞄を間違えて持って行っちゃったみたいで……」
階段をおりきって母さんに駆け寄りながら昨夜のことを教えようとすれば、何故だか後ろからトムの手が伸びてきて、トムは私の髪を両手でつかみ、私の顔の前で交差させる。口元を塞いだ自分の髪からいつもと違う匂いがするのは、一晩中トムとくっついていたからだろうか。トムを振り返ればトムは私とは目を合わせず、母さんの手袋を見ていた。
「お昼には帰ってくるわ。二人でね」
「昼までなの?」
「ええ、午後は休みらしいの。だから四人でクリスマスプディングを食べましょう」
母さんはそう言って私たちの頭を手袋越しに撫で、最後にぽつりと仲が良いのねえ、なんてこぼして出て行った。びゅう、と強い風が私の前髪を巻き上げて、いつもより大きな音を立てて扉がしまる。一瞬見えた外の世界は、一面が雪だった。今日私が外に出れば、きっと腰まで雪にはまってトムに助け出してもらうことになる。そんなクリスマスは、プディングのないクリスマスよりも嫌だ。
頭の中を母さん手作りのクリスマスプディングが満たしたところで、トムはほっと息をこぼしながら私の髪から手を離した。それからトムは私の顔を見て私が悪いとでも言うように一瞬眉をよせ、今度はため息を吐き出した。
「え、私、私何かした?」
「……まあ、どうせ言っても分かってもらえないから良い。それよりほら、プレゼントはいいの?」
「あ、プレゼント、プレゼント!開けなくちゃっ!」
肩を竦めてダイニングを指さしたトムに、私はぱちんと口元に手を当ててその場で飛び跳ねる。慌ててダイニングに駆け込めば、すべてのポケットが空になったアドベントカレンダーの下にプレゼントが積まれていた。
きらきら光っているわけでもないのに、光の粒がそこらかしこを飛んでいる。大きく瞬きをすれば粒が目に飛び込んできて、私はそれを受け止めながらプレゼントの前に座り込んだ。
一番近くにあった樅の木の柄のプレゼントを手にとって、ゆっくりと包装紙を外していく。樅の木の中には手に吸い着くようなやわらかさのマフラーがいて、私はそれを首に巻きながらトムを振り返った。
「トム、トム!ねえトム、とっても、とっても素敵ねっ!」
「それ、ダンとハツからだね。ほら、カード、落ちたよ」
「ありがとうっ。トムは?トムは?父さんと母さんから何を貰った?」
「待って、今開けるから」
私のマフラーを首の後ろでゆるく結んで、トムが隣に腰をおろす。トムの白い手が同じ樅の木の柄に伸びて、私よりもずっと綺麗に包装紙を外した。樅の木の中から、大きな本が三冊顔をだす。赤と黒、それから青の表紙のそれらにトムは頬をゆるめて、私に見えるように本を広げてみせる。
「これ、僕が欲しがってた本だ」
「……ねえ、トム。読めない、読めないよ……?」
「うん、だって、こっちがフランス、こっちがノルウェー、こっちがハンガリーの魔法史の本だから」
「…………こ、こっちが、こっちが、フランスで……?」
「ふっ、ははっ、夜に一緒に読もうね、カザリ」
赤い本を指さしながら首を傾げれば、トムは耐えきれなかったかのように口元を押さえて笑い、私に小指を差し出してくる。母さんが教えてくれた約束の仕方を、トムは覚えていたらしい。きっと私はすぐに寝てしまうんだろうなと思いながらもトムの小指に自分の小指を絡めれば、トムは形の良い綺麗な瞳を細めて笑い、約束、と呟いた。
小指をはずし、私は樅の木の直ぐ隣にあった一番小さなアイボリーのプレゼントを手にとる。あ、と直ぐ隣でトムが声をあげたので、これはきっとトムが私にくれたものなのだろう。振り返るとトムは私が贈ったプレゼントを手に、難しい本を読んでいる時のような顔をして私を見ていた。
「これ、トム?トムのプレゼント?」
「…………そう、だけど」
「本当っ?開けていい?」
「あ、ちょっと待って……!」
アイボリーの包装紙に巻かれたダークブラウンのリボンをつまんだ瞬間、トムの手が私の手をつかまえる。トムを見れば彼はまだ難しい本を読んでいる時の顔をしていて、私は不思議に思いながらトムに向き直った。
マフラーに顔を埋めながらトムの真っ直ぐな長い睫を見つめていれば、ふるりとトムの睫が揺れる。トムにとって私は難しい本なのか、私を見るトムの顔は、やっぱり難しい本を読んでいる時の顔だった。
「……僕、クリスマスとか、初めてなんだ」
「初めて……?初めてなの?」
「うん、プレゼントを贈りあったりするのは、初めて」
トムはそう言って、きゅ、と唇を結んで下を向く。私が贈ったプレゼントを手のひらに乗せた彼はゆっくりとそれを親指で撫でて、じっと見つめていた。トムの手のひらの上で、星が流れていく。
「……だから、こうしてプレゼントをもらうのも、初めてなんだ」
トムの親指がまた星を流して、私はそれをぼんやりと眺める。白い指が、少し、色付いて見えた。
「あのね、カザリ。僕、本当に、一生懸命考えたんだ。カザリに喜んで欲しくて。ひと月も考えたんだよ」
「……私も。私も、ずっとずっと、考えてた。トムに何を贈ろうかって、ずっと」
「……それ、本当?」
「うん。本当。本当よ」
私がこっくりと頷いてみせれば、トムはようやく顔をあげ、私の目を見る。すると砂糖が溶けていくようにトムの頬がゆるんでいって、私もつられて頬をゆるめる。難しい本は、トムの前から消えたようだ。
トムの手が私の手を離し、私はつまんでいたリボンをゆっくりと引っ張る。それからアイボリーの包装紙をそっと外して、中から出てきた小さな箱を膝に置き、蓋を開ける。
ぱちぱちと、耳元で光の粒が弾ける音が聞こえる。瞬きをする度にそれは弾けて、目の前を通り過ぎ、箱の中へと消えていった。
「……穴は、僕にあけさせてね」
光の粒をたくさん吸い込んだそれ、小さなピアスが、私をじっと見上げてくる。黒い石は、トムの色だった。
「ありがとう……ありがとう、トム、本当に、ありがとう。とっても、とっても素敵……」
小さなそれを手にとって、私はトムを見る。トムの頬はオペラ色に染まっていて、瞳は優しく細められている。その瞳を見ているだけで何故だか胸のあたりに風がふいて、私はたまらずぎゅっとそこを押さえた。
「トム、トム、私のプレゼントも開けてみて、開けてみてっ」
「うん、分かった、開けるね」
それを誤魔化すように言葉を吐き出して、私はピアスを無くさないように蓋を閉めながらトムを急かす。トムはそんな私に気付いているのか、少しだけおかしそうに笑って包装紙を外した。
星が流れて、消えていく。トムの手にのった黒い革の箱が、星を吸い込んできらきらと光った。ちらりと、トムが私を見て、それからゆっくりと蓋を開ける。また、胸に風がふいた。
「……これ、」
「あのね、トム、蓋を開けて、蓋を開けて、それから、蓋の内側を撫でて欲しいの」
「わ、分かった、待って……」
箱から銀の懐中時計を取り出して、トムはまるでそれが綿毛のようにそろそろと蓋を開けてみせた。トムの白い指が、蓋の裏側を撫でる。
トムの唇が、音もなく震えた。
「いつも、想ってるよ。私、私ね、トムのこと、大好きよ」
「……うん」
「トムも、トムも私のこと、好き?」
トムが家族になったあの日の時間で止まった懐中時計を、トムは握りしめる。ゆっくりと此方に向けられたその瞳の色は深い深い赤に変わっていて、いつか彼が私のためにマグルの男の子と喧嘩した日のことを思い出した。トムの瞳は、色を変えることが出来るのだ。それを彼が知っているか、私には分からないけれど。
「ねえ、カザリ、ひとつ、言っても良いかな……」
「うん。うん、良いよ」
深い深い赤が、私を見つめる。ゆらめいて見えたのは、トムの瞳に水の膜がはってあったからだろう。
そろりと伸びてきた右手が、私の手をつかまえる。先程よりも熱くなったトムの手を握り返せば、また、トムの唇が震えた。
「僕の方が絶対、カザリのこと、大好きだっ……!」
ぐっと手を引っ張られ、途端に視界が真っ暗になる。トムの優しい匂いがすぐそばからして、私はそれに頬をすりよせながら手を伸ばし、トムの背中にぎゅっと回した。
熱いトムの手が、私の背中にしがみついてくる。そっと目を閉じればそこは砂糖の雲の中で、私はトムの心臓の音を聞きながら、今度は覚めない夢だ、と心の中で呟いた。
「大好きよ、大好き、ずっと、大好きよ」
「うん、僕も。僕もだよ、カザリ」
トムが私の頬に頬をすり寄せて、赤い目を細めて笑う。それから深い深い赤は、母さんが玄関を開けるまでずっと、私を抱き締めて離さないのだった。
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