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「……ここ、どこだろ」
右手に箒。左手に木の枝。前を見れば見知らぬ魔女の群れ、後ろを見ればやはり見知らぬ魔女の群れ。鼻を擽るのはドラゴンの肝を焼く焦げ臭さで、耳を撫でるのは酔っ払った魔法使いの笑い声だった。
俺が生まれて初めて迷子になったのは、叔母と母親に連れられてダイアゴン横丁へと父親の誕生日の贈り物を選びに来た、九才になったばかりのその日であった。
はた、と立ち止まり子供用の小さなクリーンスイープ二号を両手で抱え込むように持って、杖でも何でもない小枝を放り投げる。つい先程まではそれを振れば頭の中で魔法が使えていたが、結局それは頭の中だけなのだ。ただの小枝でしかないそれはたちまち魔女のローブの下へ吸い込まれて、あ、と思う頃には踏まれて折れたそれが残されるだけだった。
「………………母さん?」
箒を抱えて、辺りを見回してみる。背伸びをしたって母さんの腰ほどまでしかない当時の俺は所謂小鬼のように小さな魔法使いで、どれだけ視線を巡らせても見えるのは魔女のローブの腰辺りだけだった。
「お、叔母さん、母さん」
そろりそろりと、その場から歩きだす。けれど、黄色のタータンチェックの、趣味の悪い目立つローブを着た魔法使いとぶつかれば、忽ち俺の足は動かなくなってしまって、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
鼻を擽るのは、未だドラゴンの肝を焼く焦げ臭さで、耳を撫でるのはやはり、酔っ払った魔法使いの笑い声。前も後ろも見知らぬ魔女のローブばかりで、そこに母親はおろか、叔母の姿も見付からない。
ず、と、不安の黒い波が足下を飲み込んだのは、漸く自分が迷子だと気付いたその瞬間だった。
「……か、母さん、叔母さん、どこ、」
ざばざばと、波に飲み込まれないようにと足を踏み出す。けれど波は思いの外重たくて、今度は誰にぶつかるでもなく直ぐに歩けなくなってしまった。今まで一度だって、誰かとはぐれたことはないのだ。家の外へ出る時は必ず誰かが側にいたし、今日のように遠出をする時は、母親か父親の手を握っていた。それが、今日はなかったのだ。母親と叔母の手を握るかわりに、頭の中でだけ使える小枝の杖と、箒を握っていたのだ。
す、と、視線を落とす。両手に握ったクリーンスイープ二号は子供用で、地面からほんの少ししか浮かび上がらない。それを母親は安全だと喜んでいたが、今思えば何て役に立たない箒なのだろう。不安の黒い波は今や膝まで上り詰めていて、もう一歩だって歩けなかった。
「か、母さっ、」
ぐ、と、瞳の奥から、熱いものがせり上がってくる。駄目だ、と思う暇もなくそれはぼろりとこぼれ落ちて、あまりの熱さに目が溶けるんじゃないかと怖くなり、ますますそれは止まらなかった。
つん、と肘をつつかれたのは、黒い波が腰まで飲み込んでしまったその時だった。
「わーんわん?」
「っ、えっ、」
どうにか涙を抑えようと、嗚咽を飲み込んだ瞬間、視界にダークブラウンの瞳が飛び込んでくる。それは叔母と同じ色をしている筈なのに、叔母とは似ても似つかない丸くて大きな、形の良い瞳を持っていて、そしてやはり叔母と同じ色をした髪は叔母とは正反対の細く柔らかな波をうっていた。
丸い瞳を動かして、随分と低い位置から小さな魔女、彼女は俺を見上げてくる。四つか、五つくらいだろう。彼女はふくらんだ頬に何かを入れているのか、ほう、と興味深そうに俺を見上げながら息をするたび、甘い匂いを一緒くたにして吐き出した。ドラゴンの肝を焼く焦げ臭さが、音もなく逃げていく。
「わーんわんなの?いたいいたい?」
「い、痛くない」
「そうなの?そしたら、そしたら、おなかすいたのね!」
「え、」
空いてない、と言うより早く、彼女は小さな手を一度俺の鼻先で意味もなく広げてみせて、それからその手をワンピースのポケットに突っ込んだ。勢いがよすぎたせいで、ポケットから二つ、ラズベリー色の包みが跳ねるように飛び出したが、彼女は気にもしていないらしい。
彼女のポケットには、拡張魔法がかかっているのだろう。うんうんと何度か唸って、それから漸く引っ張り出したのはポケットよりも大きなチョコレートの包みで、彼女は瞳をチョコレートを溶かすかのように柔らかく細めて、笑った。
「おいしいのよ、このチョコレート、とってもおいしいの」
にこにこ笑って、彼女は自分の頬を指差した。どうやらふくらんだそこには、そのチョコレートがいたらしい。
彼女の手が銀の包みを不器用に破って、ポケットの中で既に割れていたらしいひと欠片のチョコレートを差し出してくる。それをぼんやりと見下ろしていれば彼女はそのチョコレートに似たダークブラウンの瞳を丸くして、それから首を傾けた。
「おいしいよ?」
「……くれるの?」
「うん、あ、たべさせたげるっ」
「えっ、やめ、ぐっ、」
無害な顔をして、彼女はやはり魔女なのだ。思いの外勢いよく口にチョコレートを詰め込まれ、思わず喉の奥がしまる。息苦しさを感じたものの彼女は真剣な顔をして俺の口を塞いでいたので、チョコレートを吐き出すことは出来なかった。しかし、喉の奥はしまっている。突然入ってきたそれを飲み込む準備が、出来ていなかった。
いつのまにか引っ込んでいたはずの涙が、またせり上がってくる。息苦しい。吐き出しそうだけれど、吐き出せないし、吐き出したくない。顔がじわりと熱くなり始めたその瞬間、あ!と叫ぶ若い魔法使いの声が聞こえて、それから、ああ!と叫ぶ魔女、母さんの声が聞こえた気がした。
「あっ、とうさんっ」
何故だかぐるぐると回る視界の中で最後に見たのは、目の前の彼女と同じダークブラウンの髪を持つ背の高い魔法使いが、何故だかわんわんと泣きながら、小さな彼女を抱き上げる姿と、焦ったような顔をして此方へと手を伸ばす母親の姿で、後のことはさっぱり覚えていない。目が覚めた時には家のベッドの中で、ヴィッセルと署名された見舞いのカードと、スイートグラスで出来たバスケットいっぱいのお菓子がベッドの脇に置かれていたのだった。
それからである、俺が甘いものを好きになったのは。
「……さて、どうする」
消灯時間前。魔女も魔法使いもいない静かな談話室のソファーに座り込み、俺は腕を組む。いつもなら隣に溶けたチョコレートのように座っている筈のアンドリューは、こういう時に限ってさっさと部屋に戻ってしまった。
目の前には、ミントグリーンのリボンで結ばれた箱がある。蓋には時折瞳をきょろりと動かす妖精が描かれていて、そいつは俺を見るなり羽を動かし、ふいと横を向いてしまう。それが何故なのか、俺には分かっていた。このミントグリーンのリボンで結ばれた箱、妖精の為の妖精の焼き菓子達は、妖精でなくては開けることはおろか、リボンに触れることすら出来ないのだ。
「…………杖、は、あ、無理か」
試しに魔法でリボンをほどこうと考え、ズボンのポケットから杖を取り出したその瞬間、蓋の上の妖精は小鬼のような形相に変わり、俺は慌てて杖をポケットに戻した。この様子ではきっと棒を引っ掛けてリボンをほどくことも出来ないだろう。
「せっかく通販で買ったのに、困ったな……」
クリスマス後、安く買えるからと手当たり次第に注文したのがいけなかったのだろうか。魔法使いのくせに甘いものを好きなのがいけないのだろうか。それとももしや、何が起こるか分からないからとアンドリューにリボンをほどかせようと考えていたのが悪かったのだろうか。
腕を組んで、ソファーの背凭れに沈む。妖精と言うからには、同学年の魔女達では駄目なのだろう。決して魔女達が嫌いな訳ではないが、彼女達はもう妖精ではないと、俺は思っている。魔法使いを見てくすくすと耳打ちをする姿も、アルヴィを眺めて惚ける姿も、何故だか俺には妖精ではなくゴブリンに近いものを感じていた。そういうものだとアルヴィは笑っていたが、俺にはさっぱり分からないし、そしてアンドリューにも分からないだろう。あいつは分かったような顔をして大きく頷いていたが、最後の最後、グレーの瞳が斜め下に泳いだのだ。見栄をはった時、アンドリューにそういった癖があることを俺は知っている。
「……妖精の為の妖精の焼き菓子、な」
要は、心の清らかな、小さな可愛らしい魔女のための焼き菓子だろう。そしてそれはやはり小さくて、溶けるような柔らかさで、優しい匂いのする焼き菓子なのだろう。
考えて、唸る。どうやったって俺にはリボンに触れることすら出来ないが、どうにかして、何とかしてその焼き菓子を食べたい。食べたくて仕方がない。こんなにも焦らされるのは、生まれて初めて迷子になったその次の日、ベッドの脇にあるバスケットの中の焼き菓子を母親が全て俺の手の届かない戸棚にしまってしまった時以来である。一日一つしか与えられなかった、バターの香りが胸を満たす焼き菓子の味を、俺は未だに覚えている。
「……さて、困った」
頭の中を占領していた焼き菓子を追い出して、ミントグリーンのリボンを真ん真ん中に置いた。ダンブルドア先生に頼めば蓋の上の妖精をどうにか騙す魔法を教えて貰えそうなものだが、そうなると彼は必ず中の焼き菓子を欲しがるだろう。彼はいつでも子供心を忘れない、何にでも興味を持つ魔法使いだった。俺はそんな彼を尊敬しているが、しかし、かといって焼き菓子を分け与える気になれるか、話は別である。
となると、ホワイトリー先生も駄目だ。ポップルウェル先生も、スラグホーン先生も駄目だ。スラグホーン先生に至っては、俺と同じく甘いもの好きである。
「あああ、やっぱアンドリューに、」
寝ているあいつの指をひっかけて、このリボンをほどくしか道は無い。もしかすると蓋から妖精が飛び出してきてアンドリューに襲いかかるかもしれないが、そうするしか道は無いのだ。
「……ニコラス、先輩、」
「あ?……カザリか」
ぺたぺたと、小さな足音が談話室に響いてきたのは、此方を睨む妖精ごと、妖精の為の妖精の焼き菓子を掴みあげたその時だった。
アンドリューに向けるかのような視線を慌てて消し去って、アナグマの巣穴から出てきた彼女、カザリを、俺は手招きする。思い出したように壁にかけられた時計を見れば、いつの間にか消灯時間は過ぎていた。振り子の音だけが、アナグマの談話室の壁に吸い込まれていく。
眠たげに瞼をこすりながら、カザリは差し出した俺の手を掴み、ふらふらと歩み寄ってくる。どうひっくり返して見ても寝起きの彼女は欠伸を噛み締めながら俺の膝を枕にその場に座り込んで、瞼をゆっくりと下ろしていく。
「カザリ、どうした。嫌な夢でも見たのか」
「……んん、ニコラス先輩、の、ひざ、かたい……」
「そうだろうな。……ほら、こっち来い」
ぽん、とソファーを叩けば、カザリは足許の覚束ない子供のように両手で這うようにソファーに上り、そのまま流れるような動きで俺にもたれ掛かってきた。ここにアンドリューがいれば間違いなく彼女はアンドリューにもたれ掛かっていただろうし、そして間違いなくアンドリューは頬を染め、瞬きの度に幸せを感じていただろう。しかし今は俺、ニコラス・テイラー・ブラウンしかここにいないのだ。従って、瞬きの度に幸せを感じるのは俺なのだ。今なら同学年の魔女達が噂話で使っているらしい、ハニーブラウンという名で呼ばれたって平気だ。俺の今の気分はまさに蜂蜜のようだった。
「カザリ、眠いのか」
「んんん……」
「眠いなら部屋に戻って寝た方が良いぞ」
「んん、でも、でも、」
「なんだ、トロールに追い掛けられる夢でも見たか」
「……ゆめ、おいしい夢、みました……」
ゆっくりと、大きく瞬きをして、カザリは目を開ける。それでも俺にもたれたまま、カザリは意味もなく手を動かした。おいしい夢とは、何だろうか。
カザリの小さな手が、ぺたりと俺の頬に触れる。指先からラズベリーの甘酸っぱい匂いがしたので、彼女はきっと寝る前にキャンディでも食べたのだろう。そしてそのせいで、彼女の言うおいしい夢を見たのだ。カザリはぼんやりとした視線を持ち上げて、ふふ、と笑った。カザリのラズベリーの手のひらに、何故だか浮かんだのはチョコレートだった。
「おなか、おなか、すいた……」
言うなり、カザリは腹を撫でる。ぱ、と離れた手を名残惜しく感じたのは、思いの外カザリの手が柔らかかったからだろう。初めて母親と叔母以外の魔女に触れられた頬は、気付けばゆるみきっていた。
「そうか、おいしい夢のせいだな。でも談話室には何も無いぜ」
「……トムの、部屋」
「トムの部屋、は、多分、無いな」
「…………おなか、すいた」
ぽふん、と力無く腹を叩いて、カザリは俺を枕か、それともトムという名の誰か、きっと兄弟だろうその誰かと勘違いしているのか、腕にぐりぐりと額を押し付けて、顔を埋めた。ここにアンドリューがいないことを心底気の毒に思うし、そして心底嬉しく思う。カザリは俺を嫌ってはいないのだろうが、それでも俺とアンドリュー、それからアルヴィがいれば、真っ先に駆け寄るのはアンドリューだった。最後は勿論アルヴィだが。
カザリの短い前髪を撫でてやれば、カザリはすん、と一度鼻を鳴らし、それから動かなくなる。寝たのだろうか、と思いながらも、俺は何か腹の足しになるものはないだろうかとポケットを探る。しかしそこにあるのは杖だけで、他には何も入っていない。当たり前だ。何せ俺は妖精の為の妖精の焼き菓子を食べるつもりで、他には何も持ってきていなかったのだから。
妖精の為の妖精の焼き菓子を、食べるつもりで。
「……ん?」
腕に顔を埋めて動かないカザリの旋毛を、見下ろす。同学年の魔法使いを見て、間違ってもハニーブラウンだなんて名をつけてくすくす笑うことのないカザリ。俺にとっては小さくて、そして可愛らしい魔女のカザリ。まるで妖精のようにくるくると忙しく飛び回るように駆けて、飛び付いてくるカザリ。箒に乗った時こそ礼儀を欠いた時のヒッポグリフのように暴れまわるが、それ以外では大人しく、睫毛を揺らして笑う彼女は、まさしく。
「カザリ、ここに、焼き菓子がある」
「……お菓子」
「そうだ。妖精の為の妖精の焼き菓子がある」
「…………ようせい」
「そうだ、妖精だ。それからカザリも妖精だ」
のそのそと、カザリは座り直しながら瞼をこする。その手を取りながら、俺は確かめるように繰り返した。カザリは、妖精だ。間違いなく、ゴブリンではない。
ミントグリーンのリボンを、カザリはぼんやりと眺める。蓋の上の妖精は俺には見せたことのない笑みを浮かべて飛び回っていて、やはりカザリはまさしく妖精なのだと思った。妖精の羽は、今か今かと光の粒を撒き散らし、手を組んでカザリを見つめていた。
「……お菓子、たべたい」
ぽつり。カザリが呟きながら、ミントグリーンに手を伸ばす。初めからほどけていたかのようにするりと形を崩したそれは、カザリの指先から音もなく落ちて、談話室の絨毯の上に大人しく広がった。
ふふ、と、蓋の上の妖精が口許を押さえる。す、と蓋の外の何処かへ飛んでいったそれは、ついでに蓋を開けてくれたらしい。ぽん、と弾けるようにリボンの上に蓋が落っこちて、それに驚いたのか、カザリはここで漸くはっきりと目を覚ました。
ダークブラウンの瞳を、カザリが二つ、俺が二つ、全部で四つ、動かして、箱の中身を見る。ひとつひとつ包まれた焼き菓子がたちまち甘い柔らかな匂いを立ち上らせて、談話室の壁に吸い込まれていった。
「……嘘だろ」
しかし、俺は手を伸ばせない。ひとつひとつ包まれたその焼き菓子には、何とも几帳面に、やはりひとつひとつ、ミントグリーンのリボンが巻かれていたのだ。あの、ミントグリーンのリボンが。
蓋の上の妖精はもういない。しかし、果たしてこれに触れた瞬間、焼き菓子が消えてしまわない保証はないし、妖精が現れて俺に噛み付かない保証もない。つまるところ、手を出すことが出来なかった。
「そんなことってあるのかよ……」
いそいそと箱の中身に手を伸ばすカザリを横目に、俺は頭を抱える。こんなことならダンブルドア先生に半分は持っていかれようと、このミントグリーンのリボンをどうにかする魔法を教わるべきだったと今更ながら考える。彼の髭についた焼き菓子のこぼれ屑でも眺めながら焼き菓子を味わう方が、目の前にして食べられないよりは余程良かった。
するりと、先程のように何事もなくカザリはリボンをほどいて、かさかさと包みを開く。中から出てきたのはブルーベリーの混ざる小さな小さなマフィンで、妖精の名に相応しいものだった。
カザリの小さな手が、マフィンをちぎる。ふわふわとブルーベリーが鼻を撫でてきて、俺はまた頭を抱える。もう二度と、妖精の為の妖精の焼き菓子は買わないだろう。俺が妖精の焼き菓子を味わえたのは、カザリがクリスマスに贈ってくれた妖精にしか買えないあの焼き菓子達、一度きりだけだ。
「ニコラス先輩、ニコラス先輩」
はあ、と、思わずため息を吐き出した時だった。
カザリが、つん、と俺の肘をつついてきて、俺はカザリを振り返る。するとカザリは丸い大きなダークブラウンの瞳で俺を見上げてきて、それから、チョコレートを溶かすかのように瞳を柔らかく細めて、笑った。
目の前、鼻先には、ブルーベリーの混ざる、小さくちぎられたマフィン。
「はい、ニコラス先輩」
にこにこ笑って、カザリは首を傾ける。何故だか頭の端にチョコレートがちらついているが、俺はそれに気付かないふりをして口を開けた。
カザリの小さな指先が、唇に触れる。カザリは気にならないのか、そのままマフィンを俺の口に入れるなり自分の分もちぎり、同じように口に入れた。じわじわと、バターの香りが広がって、口の中でマフィンが崩れていく。喉元を通る頃には頬がゆるんでいて、そしてカザリの頬もまた、同じくゆるんでいた。
妖精の為の妖精の焼き菓子は、クリスマスに食べたそれよりもずっと良かった。今まで食べたどの焼き菓子よりも、ずっと良かった。
「おいしいですね、ニコラス先輩」
「……うん」
「こっちも、この包みも開けて良いですか?」
「おう、でも半分こな」
「はいっ」
俺とよく似たダークブラウンの瞳を細めて、カザリは頷く。やはり俺とカザリは兄妹だと、クリスマスにも思ったそれを今度は確信して、俺は嬉しそうにリボンを引っ張るカザリを眺めた。
アンドリューやアルヴィにも、ダンブルドア先生にも分け与えたくないそれを、カザリは笑って、俺に差し出してくる。胡桃がたっぷりと入ったビスケットを受け取らず、黙って口を開ければ、カザリはまた笑って、ビスケットを食べさせてくれた。
「……俺のこと分かってくれるの、カザリだけだな」
「…………アンドリュー先輩は、もっと沢山、ニコラス先輩のこと、知ってますよ?」
「ははっ、そうかもなっ」
今度はチョコレートの包みを開きながら、カザリは不思議そうに首を傾ける。そんな彼女をいつ抱き締めてしまおうかと考えながら、俺は歪ながらも半分に割られた小さなチョコレートが口に運ばれるのを、片膝を立てながら待っていた。
カザリの指先から運ばれたそのチョコレートは、いつかのぐるぐると回る視界の中で溶けていった、あの日のチョコレートと同じ味がした。
- ナノ -
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