1話
彼女は少しだけ五条悟に似ていると思った。
「ナナさんお疲れ様です」
「七海です。その呼び方はやめてくださいと何度も」
「そうでした失礼しました。で、ナナさん」
「…せめて謝罪した直後ぐらいは改善する努力をしてください。何ですかなまえさん」
何度やめろと咎めてもどこ吹く風、勝手につけた渾名で私を呼ぶ後輩。
彼女が時折見せる軽薄な振る舞いは、五条悟のソレほど酷くはないものの少しばかり心配になり、いつも会話の中でつい小言を挟んでしまう。
そんな私の老婆心とは裏腹に、結局彼女は誰とでもそつなくコミュニケーションを取り、呪術師としての実力も申し分無いと来ているものだから、周囲の信頼は着実に獲得している。
そんな彼女は、少しだけ五条悟に似ていると思っていた。
彼女は五条悟には全く似ていないと思った。
「ねーねーなまえさんてやっぱ彼氏いるの?」
「いらないよ」
「いらない!?いないじゃなくて!?」
「うん、いらない。」
「なんで!」
「邪魔だから。」
後輩の不躾な質問に嫌な顔ひとつ見せず、淡々と言葉を返す彼女の長い睫毛に縁取られたアンバーは手元の書物にのみ向けられている。
ダークブラウンの髪をゆるりとかき上げた彼女は、それ以上の追求をやんわりと拒否するかのように微笑みを湛えたまま、ページを捲る乾いた摩擦音を響かせた。
彼女は必要以上に他人を懐に入れない人だった。
誰とでも上手くやれる。不要な敵を作ることはない。周囲の人間からの信頼も厚い。
その代わり彼女は積極的に自己開示をすることも、特定の人物に肩入れすることも、深い仲になることも、決して無かった。
彼女は誰かの「死」に取り乱すことも無い。
民間人でも、仲間の呪術師でも、例えそれが付き合いの長い高専時代の同期であったとしても、彼女が誰かを失って涙を流す様など只の一度も無かった。
呪術師として成すべきことを成す。
それが自らに課した至上命題とでも言うように、決して怒りに身を焦がすことなど無く、只々冷静に目の前の呪霊を祓っていく。
月並みの言葉で安易に表現してしまえば、彼女は呪術師の中でもとりわけ「ドライ」な部類の人間で、なんだかんだで身内への情が厚い五条悟とは全く似ていないと思った。
彼女のことは、結局よくわからなかった。
「ナナさん今日は少しお疲れモードですか。いつもよりちょっとクマ深いですね」
「……アナタは意外とそういうところによく気が付きますよね」
「枕元の抜け毛でも増えましたか」
「うるさいですよ」
「すいません黙りまーす。まあ、本調子でないならあまりご無理なさらず。」
気遣いの言葉を掛けてきたかと思えば軽口を叩き、人の事情を深く追求はしてこないものの、不意に柔らかい笑顔を向けてくる。
短い会話の中で細かく揺り動かされる感情に苛立ちを覚えることも少なくは無かった。
それをいつしか心地よく感じていることを自覚したときには、我ながら厄介な相手に心惹かれてしまったものだと文字通り頭を抱えたものだった。