2話
彼女が周囲との深い関わりを望まない理由はある程度察しが付いていた。
呪術師に悔いのない死などない。
自身が凄惨な死を遂げたとき、残された人間の痛みがどれ程のものになるか。
関わりが深ければ深いほど与える苦しみは深くなる。
ならばいっそ、遺して苦しめてしまうような存在は最小限に留めるように生きていく。
恐らく彼女はそんな選択をしてきた人なのだと、そう解釈していた。
故に、何処ぞの男に彼女を奪われる心配は無い。
ただしそれは同時に、自分自身も彼女の特別な存在にはなり得ないということであった。
誰も彼女の懐に入ることはできない。
彼女は誰ひとりとして特別にしない。
その事実を正しく認識しているからこそ、私は彼女に対して多くを望むことはしなかった。
ただ時折言葉を交わすだけで良かった。
彼女の涼やかな声を耳にするだけで癒された。
不意に向けられる笑顔に心が安らいだ。
そこに特別な感情が込められていなかったとしても、充分だと思っていた。
血溜まりに伏した彼女の姿を目にするまで、それらも過ぎた願いであることには気付けなかったのだ。
一級呪霊討伐任務直後の呪詛師との遭遇。
民間人を退避させながらの交戦。
文字通り命懸けで相手を退けたであろう彼女の元へ、救援要請を受け辿り着いたときには、私に出来ることは既に何も残されていなかった。
静寂と闇の中で地面に横たわる彼女の傍らに膝をつき、顔に掛かっている髪を慎重に払う。
脈も呼吸もない。
頭蓋の一部を損傷し、固く目を閉じた彼女の頬は石灰色で、凡そ生気は感じられない。
自分より一回りも二回りも小柄な彼女の上半身を抱き起こすと、弛緩した全身の筋肉が私の腕の中に収まることを拒否するように、重力に従ってずっしりと重みを伝えてくる。
意識のない身体を抱え直した拍子に、血液を吸って濡れた彼女の袖口がべちゃりと音を立てて地に衝突した。
命が零れ落ちていく響きに耳を塞ぎたくなったが、その一方で、身体が残っているだけでもマシだったか、と思いかけた自身の思考に反吐が出る思いだった。
呪術師はクソだ。
そんなことは疾うの昔に理解していた。
何もかも重々承知の上で出戻った身ではある。
それでも、仲間、更には好意を寄せていた人間の死を目の当たりにするのはあまりにも心が削られた。