7話

柱時計が約束の時刻を迎えたことを執拗に告げる。
頭の芯に響く音に辟易しながら、内ポケットに収まっていたスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリのポップアップが浮かび上がっていた。
5分程前に送られてきていた彼女からの連絡に気付かなかったことを申し訳なく思いつつ中身を確認すれば、「悟くんに捕まっているので少し遅れます」との文字が目に飛び込んでくる。
彼女が3つ歳上の先輩である五条さんをファーストネームで呼ぶのは何故なのだろうかと疑問に感じたことは何度もあるが、その理由を問うたことはない。
自分の心の内に広がりかける仄暗い感情に蓋をし、本日の任務の同行者たちへ彼女が遅れて合流することを告げ、先に任務概要の確認に入ることにした。
邪念は仕事に於いて最も不要かつ危険な要素である。


「今日は埼玉の廃村に向かっていただきます。技術発展による自動化で人手は不要になったものの鉱山自体は稼働している村でー…」


手渡されたタブレットに浮かぶ文字を目で追えば、現地への到達までにも一苦労しそうな、いかにもといった廃村の情報が画面を滑っていく。
トンネル崩落や土砂での通行止めが多発しているため、ある程度車で進んだ後は徒歩以外で進む他ない立地。
居住者はいないものの工場管理者の定期的な出入りと、心霊スポットとして時折人が訪れるこの村で呪霊のものらしき被害が報告されているという。
よくもまあ好き好んでこのような場所を訪れるものだ。
仮に現地で早々に呪霊を祓い終えたとしても、戻りは大分遅くなるだろう。
下手に関東圏なだけに、宿泊費は経費で落ちない。
隣で苦々しい表情を浮かべる後輩を諌めつつ、補助監督の言葉に耳を傾けて情報を頭に入れる。


「っしゃ、さっさと出発して終わらせましょうよ。別にもう一人いなくても七海サンと俺で充分じゃないですか?」

「いえ、今日の任務は元々…」


何故今回は術師3名での任務なのか、この場に来ていない同行者が誰なのかを未だ猪野君には告げていなかった。
仔細を説明しようと口を開くのとほぼ同時に「遅れてすみません」と涼やかな声が響く。


「ナナさんお疲れ様です。今日も愛してます」

「えっ!?」

「……お疲れ様ですなまえさん」

「えっえっえっ」

「猪野さんもお疲れ様です。今日は宜しくですー」


今回の任務に元々アサインされていたのは彼女1人であった。
例の大怪我から復帰後、彼女が派遣される最初の案件が単独任務であると知った五条さんが手を回し、私と猪野君を同行者として無理矢理組み直したという。
人手不足が常の状態でこんな無理を通せる当たり流石五条悟といったところだ。
正直彼女の身を案じていた私としてはありがたい采配に他ならないが、全てお見通しと言わんばかりの行動には若干苛立つ。
そして彼女の異変とそれに戸惑う私を面白がって、他の人間にもこの状況を広めようとするためにわざわざ猪野君まで巻き込んだのではないかとさえ邪推してしまう。

自分が遅れておきながら「早く行きましょうよー」と急かす彼女に小言を零しつつソファから立ち上がる。
車を回すために先に小走りで駆けて行った補助監督の後を3人で連れ立って追いながら、思い切り深く溜息を吐いてしまったが、彼女は全く気を悪くしている様子もなく、猪野君は猪野君でそれどころではないようだった。


「ちょっと!七海サンとなまえサンっていつからそういう関係だったんですか!?俺聞いてないっスよ!!!」

「猪野君、これは」

「そういうも何も、私が一方的にナナさんのこと大好きなだけですよ?昔っから」


別に恋人でもなんでもないですよー、と軽く放たれた言葉に胸がじくりと痛む。
私と恋人同士であると勘違いしていた訳ではないのかと理解したが、安心すると同時にどこか残念に思う自分に嫌悪感が湧いた。


「それはそうとして、猪野さんて私の術式ご存知ないですよね?戦闘になったら巻き込む可能性あるんで現地着くまでに話しておきたいんですけど」

「んなことより先に聞きたいことが山積みです!!」

「猪野君。気持ちは分かりますが後で私からお話ししますので今は彼女の話を。仕事が優先です。」


猪野君が戸惑うのも当然ではあるが、今この話を掘り下げたくは無い。
申し訳なく思いつつも話を任務の方へと促せば、後輩力の高い彼は素直に従ってくれる。


「じゃあソッチの話は任務終わったらじっくり聞かせてもらいますからね。肉行きましょう!なまえサンも!」

「早く帰りたいのでパスでー」

「スーパードライ!」



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