9.Hey! My HERO!!



 事情聴取は有翔が捕まってから数時間にも及んでいた。ヒーローたちは口を開けば「何が嫌がる事をされていたか」や「脅されていたんじゃないか」と圧をかけてくる。しかし、その内容は有翔にとってどれも身に覚えのないものだった。先にも話したように、彼女から彼らに深く関わりを持っていったし、実際に酷いことをされたこともない。それどころか、有翔が一般人だという理由で、彼女がいる間は極力仕事や対ヒーローの話は避けていた。彼女も自身が利用されたこともないと感じていたし、むしろ表にいる世界の人間たちよりも丁寧に、大切に扱ってもらっていたと自覚していたのだ。

「(私は騙されてなんていない)」

 有翔はとうとう耐えきれなくなって声を荒げる。お前らに彼らの何が分かるんだ、私は枯れたに大切にしてもらったのだと、騙されてなんかいないと涙ながらに訴える。

「君は騙されているんだ、目を覚ましなさい」
「騙されてなんかいない、そんなことを彼らはしない!」
「……だめだ、洗脳を受けているかもしれない」
「洗脳?! しているのはお前らだ! 私は彼らから酷いことをされたこともない。何も知らないくせに出鱈目言わないで!!」

 有翔は自分の声が震えていることに気づいた。私は何故こんなところで捕まって、されてもいないことを何度も聴かれているんだろうと。彼らにもされていないことを今ヒーローたちにされていることに気づいてしまったのだ。

「あいつらは助けになんて来ない。君は利用されていたんだ!」
「そんなことない! きっと助けに来てくれる!」
「あいつらは敵だぞ!」

 有翔の返答に思わず声を荒げるヒーロー。机を勢いよく叩いた音で有翔はビクっと身をすくめた。まるで警察ドラマでみる自白強要だ。黒霧に暴力を見せつけられたことがあっただろうか、ヒミコに何度も繰り返し無いことを誘導されたことがあっただろうか。トゥワイスに、今みたいに両手両足を椅子に括りつけられたことはあっただろうか……。

 両手を動かして、どうにか逃げられないかと試してみるが、拘束器具は固く身動きをとることも出来ない。個性を使う時に両手を合わせないといけないことも家族や友人から得ているようだった。これでは個性を使うこともできない。
 こんな状態で何時間も同じことを聞かれてる。有翔は「君らのほうがよっぽど敵だよ」と吐き捨てるよう笑った。折れない彼女の様子に焦りを覚えたのか、ヒーローは立ち上がり何度かその場をウロウロしたと思えば、強く拳を壁に叩きつける。叩きつけた拳は壁で止まることなく、爆音とともに壁の中へ埋もれてしまったのだ。
 抉れる壁に有翔が唖然としていると、ヒーローは「君もこんな風になりたくなかったら大人しく吐いてくれ」と笑う。

「頼む、平和のためなんだ」
「……」

 彼女はそう言うヒーローに絶望した。一般人で、また大人の保護下にいるはずの女子高生に向かって身体的苦痛だけでなく、精神的な苦痛まで与えてくるのだ。それがヴィランならまだしも、有翔の目の前にいるのは世界の平和を護るためのヒーロー。
 有翔は「やっぱり敵だよ」と力なく笑った。強張らせていた身体から力が抜け、だらんと頭を降ろした。涙がとめどなく溢れてくる、もう彼女の心は限界寸前だった。

「……助けて死柄木さん」

 有翔は小さな、小さな声を振り絞って助けを求める。捕まった時は絶対に名前を出すものかと決めていたが、彼女はもう限界だったのだ。苦しい、助けてほしい。そう気持ちを言葉にした時、不意に冷めきったこの部屋が暖かくなるのを感じる。

「うん、助けるよ」

 後ろから懐かしい、暖かい声が聞こえた。抱きしめられるように全身を暖かさが包み込み、それと同時に拘束器具が跡形もなく崩れていく。有翔はこの時、彼の個性を初めて目の当たりにしたのだ。突然の登場に、襲撃に構えたヒーローたちだが、黒霧からとめどなく出てくる敵たちに圧倒されている。
 彼女は”助けにきてくれたんだ”と涙を拭い死柄木に飛びつく。彼は荒れた唇を横にグっと伸ばし愉しそうクツクツと笑った。

「お前が助けて死柄木さんなんて言うから」
「どこから聞いてたの」
「はじめから」

 なんだ、はじめから聞いてたのならもっと早く助けてよ。彼女がそう言うと、死柄木は鼻をつまんで「バカかよ、それじゃ意味ないだろ」とぶっきらぼうに答える。彼女はその言葉の意味を少し考えてから満面の笑みを溢した。そっか、意味ないんだね、じゃあさ、もう早く帰ろうよ。と真意を理解した彼女は嬉しそうに死柄木の手を引く。

「こいつも奪い返したし帰ろーぜ黒霧」


 彼女に呼応するように、死柄木が黒霧へ撤退命令を下す。彼は四本指で彼女の手を握り返し、ヒーローには目もくれず黒霧へ踵を返した。2人が闇に呑まれる直前、彼女は立ち止まり振り返る。視線の先にはたくさんの脳無と闘っているヒーローたち。そんな彼らを見ながら彼女はいたずらっ子のようにほほ笑み、空いている手を口元に当てて叫んだ。

「ほら、助けに来てくれたでしょ、私のヒーロー!!」


 
back両手で掴んで
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