fin

 次に目が覚めた時には見知らぬ部屋にいた。光のない空間で、先生と呼ばれる人間とドクターと呼ばれる人間が話しているのが聴こえる。ドクターは背伸びをして俺の視界に入り込んだ。ここは何処なんだろうか、曖昧にしかない記憶を辿っても答えが出ない。先ほどまで何をしていたのかさえも思い出せず、自分が何者なのかさえも分からなかった。
 俺は誰で、ここは一体何処なのか。その答えを知るようにドクターは笑い、”お前は私たちのためにここにいるんだ”と告げる。そして写真を俺の視界にいれて殺すように指示した。その写真は小さな子どもたちで、俺とあまり歳が離れていないように感じた。あまり歳が離れていない? その答えに俺が少年と呼べる年齢だったことを思い出す。じゃあ何でこのドクターは俺を見上げているのか。

 当人は俺に向けて両手を広げ、先生に何か報告をしている。床にばら撒かれた写真を踏みにじり、俺に外へ行くように指示を出す。俺の身体は自由になり、先ほどまで動かなかったことが嘘みたいに軽い。……まただ、さっきまでの俺は動くことができない状況だったらしい。錯綜する記憶に頭を抑えながらも仲間と言われた同じような人間たちと外へ行く。
 外の状況は炎と悲鳴で溢れていて、逃げ惑う人々に時折派手な恰好をした人間たちで溢れて混乱を極めている状況だった。その中で俺は指示された写真の人間たちを探す。ゆっくりと歩み、確実に見つけるために視界を増やして集中する。

「くそっ、脳無がこんなにいたらやべぇよ!」
「上鳴! まずは避難させることを優先させるぞ!」
「わかった!!!」

 ひときわでかい声に俺の心がざわつく、俺は上鳴と呼ばれた派手な髪の少年を目で捉え近づいた。その少年は俺を目視すると後ろにいた女性たちを背にかばい、武器のようなものを構える。ゴーグルではっきりと顔を見ることは出来ないが、何処か懐かしいと感じさせるようような印象を受けた。眠っている間によく見た金色の暖かい光。俺は彼を知っているんだ、俺を救ってくれた、俺の、ヒーロー……!

「デ……キ」

 自然と名前を呼んだ、記憶がないはずなのに覚えている。呼ばれた少年は一瞬眉間に皺を寄せ、すぐに目を見開いて知らない名前を叫んだ。何度も何度も繰り返し呼ばれる名前に聞き覚えがある。あの暖かな光も、同じようにその名前を呼んでいた気がする。

「なぁ、お前照なのかよ?!」
「なんでだよ!!!」
「返事くらいしろよ!」

 涙を浮かべて必死に声をかけてくる少年に、だんだんと霧が晴れていくように意識がはっきりとしてきた。そうだ、俺の名前は照だ。目の前にいるのは、紛れもない上鳴電気だ。きっと俺は以前の俺とは違っているのだろう、周りにいたヒーローたちが少年を抑えている様子を見ていると完全に彼らの敵のようだ。まるで化け物を見るように見てくる彼らに、もう以前の俺に戻ることができないことを確信する。
 このまま知らない彼らに殺されるくらいならいっそ。俺はまだ自由の聞かない口を開けて言葉を吐き出す。誰よりも優しくて正義感の強いお前ならこの俺の願いを叶えてくれるだろう、そんな想いを託して。どうか俺を_____

「オマエ…ノ……テデ……コロ…シテクレ」

 やっと出た言葉に呼応するように悲痛な叫び声が聴こえた。こんな形で再会することになってごめんな、でもありがとう、助かる。
 さっきまで自由に動いていた手足が痺れ、勝手に動き出した。その鋭い爪は未だに泣き叫ぶ奴に対して振り下ろされてしまう。どうやら今の俺は奴らを敵と判断したようだった、止めることも出来ない爪が柔らかい肉に突き刺さる感触を得る。赤い血が飛び散り、うめき声が聴こえた。

 ダメだって、俺はこいつを傷つけたくないんだ。そんな願いも聞き入れてもらえず、俺の身体はもう一度大きく腕を振り上げる。これ以上傷つける前に殺してほしい。


_____他の誰でもないお前の手で、俺を殺してくれ。



 そんな想いが通じたのか、声に出ていたのか、次の瞬間に全身に電気が走り身体の自由が奪われる。痺れる全身とは反対に思考が先ほどよりもクリアになっていた。前にも感じたことのある感覚を覚える、これは死ぬ感覚だ。
 視線の先にいる奴は顔を隠しながら大きく右手を突き出していた。これで死ぬことができるんだ、そう思うと心が穏やかになっていく。ごめんな傷つけて、早く治療して欲しいから、早くとどめを差してほしい。強い衝撃を感じ、身体がバランスを崩して傾いていく。視界から奴が消え、地面だけになった。俺の名前を叫びながら、おぼつかない足で駆け寄ってくるのが見える。
 クリアになった、思考で思い出したのはオールマイトのドキュメンタリーを見ていた時の会話だった。”万が一、俺が敵になったらどうする?”そんな冗談まじりの質問に、まるで何を馬鹿なことを言っているんだと言いたそうな表情。

「お前が敵になったら俺の手で倒してやるよ!」

 数秒考え、そしてグっと拳を握り、太陽のような眩しさで笑ったあの顔が忘れられなかった。あの時から俺のヒーローはお前だけだったよ。
 あの冗談が現実になってしまった今、視界いっぱいに映るのは思い出していた顔とは正反対の鼻を真っ赤にした顔だった。ごめんな、そんな顔にさせるつもりはなかったんだけど。瞼が重くなり、視界に保つことが難しくなってきた。俺は動かない喉を鳴らして、奴にだけ聴こえるように精一杯声を絞り出す。

「アリガ…ウ…オレ…ノ………シンユ…ウ」

 あぁ、もう瞼が限界だわ。ありがとう、お前がヒーローになるの楽しみにしてるから、絶対ヒーローになれよ。声に出ていたか分からないけど、遠くなる意識の奥で電気の”当たり前だろ”と声が聴こえた気がした。


 
back両手で掴んで
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