6.五月××日(水)

 高校に入学してからも、彼らの関係は大きく変化していない。むしろ遠距離恋愛になった恋人たちのように毎日連絡を取り合っていた。チャットや電話で毎日の近況や新しく出来た友人たちのことを話すのが日課になりつつある。

 最近では、テレビに上鳴が映り真中のクラスメイトたちでも話題になったことや、真中の近況で言えば、世界的にも有名であるドクターの講義を受ける機会があり、”県外の高校に進学して本当によかった!”と興奮した電話を上鳴にしていたことだった。
 また、つい先日の電話では最近活発化してきているヴィラン連合に対抗すべく、上鳴のクラス全体でヒーローの仮免許試験を受け見事取得したと報告があった。仮免許をドヤ顔で持っている上鳴と周りを囲んでいる友人たちの写真。加えて新しいヒーロースーツを着た上鳴と、雄英祭で縛られながらも一位を獲得していた爆轟という男子たちの写真などが一緒に送られてくる。何処にいても上鳴のお調子具合は変わらないんだなと真中は安心する。どんどんヒーローの道を進んでいる友人がとても眩しく、真中は”俺ももっと頑張らないとな”と気合を入れ直すことができた。

「頑張れよ、ヒーローの卵」
「おう、まかせろ!」
「はー、俺もお前に追いつけるように頑張らなきゃな」
「照は個性使いこなしてるんだろ? すげーじゃん!」
「先生に会ってから上手い使い方を一緒に研究してもらってるんだ。早くお前の隣に立てるようにもっともっと頑張るから、隣空けといてくれよ?」
「ふはっ、空いている空いてる。待ってっから」
「おぅ! じゃあまた来週な」
「待ってる!」

 いつもの長電話を終えた真中は、実験着を脱いで準備をする。来週にならば夏休みに入るので帰省を予定していたのだ。上鳴とも遊ぶ日程を押さえており、その時にクラスメイトたちも紹介してくれるらしい。普段上鳴がお世話になっていクラスメイトや、仮免許取得のお祝いで何かサプライズをしようと目論んでいた。
 財布とスマホをポケットに突っ込んだ真中は街へと向かい、上鳴へのプレゼントを選ぶ。普段使っているものや、最近欲しいものはあらかじめ探りをいれており、リサーチも完璧だった。

 


 

 目的のモノを買い終えた真中は上機嫌になっており、ついでなので横断歩道を渡った先にある雑貨店で自分の買い物をしようと大通りに向かった。点滅している信号機が視界に入り慌てて走り出す。なんとか信号が変わる前に渡りきることができ、安堵した真中は呼吸を整えるために人通りの少ない歩道で立ち止まった。

 慌てて渡ったのがいけなかったのか、はたまた立ち止まったのがいけなかったのか。立ち止まった瞬間、受けたことのない衝撃が真中の身体を襲う。あまりにも突然過ぎる衝撃に、真中の身体は抵抗することなく宙へと放り投げられた。彼を放り投げた原因はスピードを出しすぎて曲がり切れなかったトラックであり、ブレーキも間に合わず猛スピードのまま真中に突っ込んでしまったのだ。そんな状況を掴むことも出来ない真中、呆然と地面との差が高くなっているくらいの感想しかなかった。一体自分の身に何が起こっているのか理解出来ないまま、彼と、彼が左手で持っていた上鳴へのプレゼントも一緒に宙へと飛ばされてしまう。そして空高く飛んだ身体は重力に従い、勢いよく地面へと吸い込まれ、成す術のないまま叩きつけられた。
 ”べしゃっ”と鈍い音が真中の耳に届く。地面と諸に接触した左半身の感覚がない。真中は顔だけ動かし、左手に持っていたはずのプレゼントを探し、少し離れたところに落ちていたソレの包装が大して崩れていないことに安堵した。

「無事か、良かった……」

 通行人の悲鳴と、車が炎上したのであろう爆発音が重なり辺りは大混乱に陥る。けれど、真中は不思議と冷静であった。ぎこちない動作でポケットにあるスマホを取り出しメッセージを送る。送り先はつい先ほどまで電話をしていた相手。身体から熱が失われていく感覚と、確実に広がっている血だまりを無視して淡々と指を動かす。
 



{恥ずかしくて普段言えなかったんだけど}
{俺、お前と出会えて幸せだった。まじありがとうな}
{中学の時、毎日会いに来てくれて嬉しかった}
{相棒(バディ)だって言ってくれて幸せだった}
{俺に未来を示してくれてありがとう}
{彼女できたら一番に紹介しろよ}
{俺、お前のファン第一号だから、ファンクラブの会員番号一番は永久欠番な}
{ぜったい、ヒーローになれ}
{じゃあな、電気}
{やくそくまもれなくてごめん}





 
 普段なら絶対恥ずかしくて言えない言葉ばかりだったが、だからこそ言っておきたかった。真中は最後の言葉を送り終え、スマホから手を離す。もう握る力も残っていなかった。チャット画面に既読がつき、暫くして何か察したような上鳴から着信が入る。指の先も動かすことができない真中は、通話ボタンを押すことも出来ず、ただただ画面に表示されている上鳴電気の文字を見たまま、火種が落ちて終わる線香花火のように瞳から光を消した。


 
back両手で掴んで
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