2.秋近し、青紅葉の頃

 先日の、少し間抜けな出会いがきかっけで、あの青年は毎週水曜日になるとフラっと現れて新作のパンを買いに来てくれるようになった。私は名前を知らないので便宜上(笑顔の眩しい)お兄さん≠ニ呼んでいる。水曜日以外には来ないらしく、お兄さんはすっかり新作パンのファンになったようだ。また一人ここのファンが増えたことを嬉しく思う。
 毎週、お兄さんは決まって新作のパンとアールグレイ香るアップルパンを選ぶ。時々それ以外のパンも買って帰ることがあるが大抵はその二つだけを買いに来て、会計時に自分の個人情報をたくさん晒してから帰って行くのだ。個人情報がガバガバなお兄さんから聞いた話では年齢は二十歳らしく、私と二つしか違わない。最近二十歳になったばかりで、やっとお酒を飲めるのが嬉しいと言っていた。お酒の美味しさが分からないと言った私に「じゃあ二十歳になったら一緒に飲もうな!」と約束するお兄さんは今日も相変わらず眩しい。ちなみに、お兄さんの好きなお酒はストロングゼロで、お酒はそこそこ強いようだ。「つい最近が誕生日だったんですね」と言えば誕生日も教えてくれたので、こっそりとカレンダーに登録しておいた。
 私から質問することはほとんどないが、よくラフな恰好で来ることが多いお兄さんが珍しくスーツを着ていた時、会社員なのかと聞いたことがあった。お兄さんは少し意地悪な顔で職業はちょっと危険な公務員と答えてくれたが、ちょっと危険な公務員って日本語間違ってるよねと思いつつ「大変なんですね」と相槌をうった記憶がある。


 
 そしてまた今週も夕方に来たお兄さんは同じパンと新作を持ってレジに並び、それを私は会計をし、パンを小さな袋に包み紙袋へと入れる。その間にお兄さんとは他愛もない話をするのだが、今回に限っては毎回、私がおすすめしたパンを買ってくれるのが嬉しくてつい言葉が滑ってしまった。「私がおすすめしたパンを毎週リピートしてくれてありがとうございます」なんて、「貴方の買った商品を毎週チェックしてます」と言っているようなものじゃないか。言った瞬間、自分の失言に血の気が引く。私だったら週一でしか来ないのに。毎週何を買っているか覚えられていたら怖いし、それが異性なら尚更。最悪少し時間を空けるとか、もう通わない選択肢も有り得る話だ。せっかくここのパンが好きで通ってくれているのに……。
 しかしお兄さんは私の発言にドン引くことがなく、むしろ「そりゃああんな笑顔で」と言葉を少し濁しながら頬をかいていた。引かれていないことに安心した私は紙袋を手渡し、受け取ったお兄さんはいつもと違った少しはにかんだ笑顔で、言葉を紡ぐ。
「いつもお買い上げありがとうございます」
「これ俺の楽しみなんスよ、いつもここの新作早く食べたいな〜って」
「店長も喜びます、それに」
「それに?」
「これも気に入ってくださったみたいで嬉しいです」
「おすすめしてくれた時から好きになっちゃって」
「良かった! 私、大好きなんです」
「うん。俺……も、好きですよ」
「え?」
「あ?! いや、あの、この! パンが!!」
「そう……ですよね! これ、私も一押しなのでまた買いに来てください!!」
 好きの単語に、一瞬だけ自分のことを言われたのかと思いドキドキしてしまった。ほんの一瞬だったけど、お兄さんの顔が真剣で目が離せなくなってしまい、まるで告白されているように感じた。でも直ぐに訂正されたため、好きの対象がパンのことだと分かり、勘違いしてうっかり好きにならずに良かったと内心安堵する。
 ちょっとぎこちないまま帰って行ったお兄さんの後ろ姿を思い出しながら、私は真っ赤になった顔を冷やすように手で扇ぐ。いつもチャラチャラした印象の人だったのにあのギャップは最高でしょ〜〜! と声には出していないが、心の中でばっちり叫んだ。元々顔は好みなのだ。まだ鳴りやまない心臓をぎゅっと抑えて「来週まで遠いなぁ」と深いため息とともに言葉を吐いた。

 
back両手で掴んで
ALICE+