集落や、旅先の店を眺めている時に、皿を見つけると自然と目が吸い寄せられた。同時に水中に落とした石のように、酷く心が落ち込んでいく。
鮮明に思い出すことのできる、パリ、と大小不揃いに割れたガラス片。ブーツ越しに踏みつけた不気味な感触が足から這い上がり、遠ざかりたくて床を蹴る。もちろん、そこにはなにもなく木が乾いた音を立てるのみだ。
割れた皿はケイの大切な物だった。水を張り月を映し、光が反射してキラキラ揺れる。かつて、しんしんと雪が降る中で見つけた川に似ているらしい。思考の真ん中で、かつての水面を繰り返し繰り返し思い描いて、共に生きて来たのだ。呪文を唇に乗せるたびに静謐を思い出し、底に沈んだ宝石が光を送り合う様を綴ってきたのだ。
唇を噛む。取り返しが、つかない。
半壊した家を修繕した後に、キィニチは安堵していた。ケイに修復する力があるなら、きっとバラバラになった皿も大丈夫だと、そう思ったのだ。しかしあれ以降、皿は姿を表さずケイも話にすら出さない。きっとそのまま懐に入れたままなのでは、というのがキィニチの予想だった。
皿は心を落ち着かせ魔力を安定させる物だと聞いていた。まだ子どもだった時分、綺麗だと思ったので覗いてもいいかと聞いた時に「いいけど触らないで」と言われたのを覚えている。欠片を拾い集めている時もケイは率先して拾っていた。
間違いなく心に構成した世界の、その中心部にある貴重な一つだった。
店に並んだ色とりどりの皿を目の前にして、大きく深いため息をつく。割った皿と連動してケイの傷ついた顔が思い出された。あの日あの時に傷つけてしまった分だけキィニチも傷つかなければ気が済まない。罪の名と、相応の罰を欲しがった。雪いだ先で楽になりたい。力を奮うことが得意な腕で、どうにでもなりたい。
ため息が止まらない。前を見据え後ろを振り返らないを信条としてまっすぐ走り続けるキィニチだが、珍しく後悔の波に足を取られている。自棄になったとて、過ぎ去った時は戻らないのだが。
家のテーブルの上は、以前まで皿とキィニチが渡した宝石、本が積まれていた。しかし、今はその全てが失われている。既にケイが家に戻って、両手では数えきれないほどの日が経っていた。野生動物のように、いつくか、いつかないかを見定められているのではと焦燥ばかりが募る。タイミングの悪いことに、仕事を詰め込んだキィニチのスケジュールはなかなか二人の時間を取ることもできずにいた。記憶を思い出す前の自分が連日、長期で家を開ける仕事を引き受けていた。言葉を選ばず言うと、最悪の一言に尽きる。
気を紛らわせるために皿を覗き込む。色が綺麗、形が独特でよい、深さが丁度いい。けれど、これだと思うものはない。前の、既に割れてしまった皿ばかりを思い出してしまう。透明な澄んだ青色。出会ったばかりの頃、美しさに鈍感だった子どもが素直な気持ちで美しいと言葉を出せたくらいのもの。
本人で気に入ったものを見繕って用意するかもしれないが、もし叶うならキィニチから渡したい。詫びでもあるし、普段の礼でもある。渡して楽になりたい気持ちもあれば、この痛みを忘れないでいたいとも思う。
しかし、ここでぶつかるのだ。あの男、拘りが激しい。ずっとずっと、指輪を渡したいと思っているがケイという魔法使いは身につけるもの、傍に置くものを拘り尽くす。その結果、自分で作ると舵を取ることが多い。今まで受け取ったアクセサリー類や写真立てはもちろん、包装のために使うリボンまでサウリアンサキュレントで染めていた。
キィニチが渡したから大切にしてもらえるのも嬉しいが、心から気に入り美しいと共鳴して欲しい。
横並びの皿を目で追いながらぐるぐる思考が渦を巻く。
そもそもなぜキィニチが、昔好きだった川と重ねた皿を、ここまで考えなければいけないのか。人間に当て嵌めるならば元恋人の面影をなぞったものだ。そう言っても差し支えないそれを、どこまで尊重するのか。
けれど、ケイはただの皿だからいいのではない、かつての川を想起するから水面を見つめるのだ。
答えの定まらない問いを考えても仕方ない。肺の空気を絞り出すほど、大きく息を吐いてから新鮮な空気を吸い込んだ。暗雲立ち込める気持ちを切り替える。探して吟味して迷って選ぶしかない。そして目の前に差し出して、受け取って欲しいと頼み込む他はない。使ってもらえるかはわからない、駄目元でも、なにもしないで過ごすのは嫌だった。
かくしてキィニチは国内外問わず、様々な場所でガラス皿を探した。
雑貨屋、ガラス屋、アンティーク屋、レストラン、行く場所でキィニチが店に吸い込まれていくのでアハウは「またかよ……」と辟易の声を出していた。
「いいか? お前が探してる前の皿を超えるような完璧なモンはこの世にねぇ!! 諦めちまえよキィニチ」
「ここで『はい諦めます』とはならないだろ。俺は俺が気の済むまでするつもりだ」
そんな会話を何度も繰り返し、遂に「っ」と立ち止まってしまう一枚を見つけた。
色のない透明なガラスが多く使われている皿だった。底が青色で、上にいくにつれ色は薄まりやがては無へ。滲むようなグラデーションの上を同じ青が底から上まで一筋ぐるりと走っている。大きさは前の皿よりも少し大きく、深い。薄く伸ばされたガラスの中に気泡が入っていて、そこも趣があってよいのではないか。
珍しいデザインでも高価なものではなかったが、キィニチがその皿の色や形を気に入ってしまった。手に取って様々な角度から眺める。中に宝石やマナ石が入るところや、テーブルの上に置かれ佇むところを想像した。アハウの言う、前を超える完璧な代物にはなり得ないかもしれないが、それでも贈りたくなった。
すぐに包んでもらいモラを支払う。包みの上から更に自分の服を緩衝材代わりにし鞄に詰める。落とさぬよう大事に抱え帰路を急いだ。
家を数日空けると、ケイがまたいないのではと不安になる。人の気配のしない、冷たく伽藍とした家が苦手だ。音も温度もどこかに吸い込まれてシン、と静まり返る、あの空間が。幸か不幸か、キィニチの傍には常にアハウがいるので落ち込みすぎることはないが、どうしても拭えない。意外に思われるので、誰にも打ち明けたことはないが。
まだ太陽が上を照らしている頃に帰ると、ケイはリビングのソファに座り本を読んでいた。逸る気を落ち着かせて「ただいま」と声を掛ける。「うん、仕事お疲れ様」と文字の列から目を離したケイがキィニチを向いた。
「走って帰ってきたの? 疲れたんじゃない?」
「こいつにいいように使われて、我輩の方がくたくただ。おい、ケネパベリージュースをありったけよこしやがれ」
「っふふ、キィニチえらい、いいアハウの使い方したんだね。こんな龍、使えば使うほど得なんだから」
「こんのバカケイ!! 使えば使うだけ得って、俺様は戦闘用貸出端末じゃねぇんだぞ」
「いいねそれ! まぁ、使い魔とどっちがいいかは微妙なところだけどねぇ。人間と契約なんかした己の愚かさを悔やむといい」
「鎖もなんもねぇのに捕まってるやつにッ」
「二人とも、ジュースを入れた」
手を洗い、買ったジュースを三つのコップに注いだ。アハウの言葉を遮り、テーブルに並べる。掛け合いを聞いていると高鳴っていた鼓動が不思議と落ち着いた。明るい色をした家に安心しているのかもしれない。
アハウは文句を言いつつもジュースを手にとる。飲み食いしている時は静かでいい、とソファに座りながら思った。
ジュースの甘酸っぱさが口に広がる。キィニチは件の皿をいつ渡そうかと考えていた。やはり夜がいいだろうか、それとも窓から光が漏れ入ってくる今がいいのだろうか。まっすぐに差した陽光が床を照らしているのをじっと見つめ、考える。
「……そういえばケイはガラスを吹いたりするのか?」
もし、そうであれば残念だが、購入した皿は日常で使うことになる。拘りに拘り抜いた品をケイは作り出すだろうから。
あたたまった胸元に氷を押し付けるような心地で尋ねた。怪訝そうに眉を顰めたケイは不思議そうに答える。
「吹かないけど…? そういうのは職人の仕事でしょ。どういう質問? それ」
「なんでも自分で作る姿をたくさん見てきたから、もしかしたらと思ってな」
ケイは深くは追求せず「そう」とだけ転がした。
「こいつ、買った後にお前が」
「アハウ、腕輪に帰れ」
「買った? なにを?」
「なっ、ここ数日の俺様への対価がジュース一杯は安すぎるだろ」
「え、わかってないの僕だけ?」
アハウの手がキィニチの頬にめり込んだ。払い除けて努めて声に抑揚を消して話す。
「そういってお前は、行く先々で好き勝手しただろう。俺がそれを忘れたとでも?」
「買ったってなにを? 二人とも聞こえてる?」
「ぐ……、ぐぬぬ……! へんッ、だぁれが腕輪なんかに入ってやるかってんだ!」
アハウは飲み干した中身のないコップをテーブルに残したまま、帰ったばかりの家をまた出ていった。どうせすぐに帰ってくると、わかっているので心配はしていない。それ以上に、思いがけない二人きりの時間だ。キィニチは元々伸びていた背筋を更に伸ばして、横に身体を向けた。気づいたケイはなんだなんだと姿勢を正す。手を離れて浮いたコップはお行儀よくテーブルに着地していた。
「……」
「……」
「ケイ……」
「はい……?」
緊張する間柄でもない癖に話を切り出そうとすると、途端に喉が狭窄し声がか細くなる。
怒っていないと知っている、無闇にキィニチを責める人でないと理解もしている。ただ言葉は鉛のようで、口に出すには苦しさを伴った。
「どうしたの、しょぼんってしてる。落ち込むことでもあった? 誰かに嫌なことされたとか?」
明るい気持ちで皿を贈りたかったが、表情を上手く作れない。視線が迷って、結果口角を上げ損ねる。
「割れた皿は、どうしたんだ」
「皿? とっくに食べたよ」
「た……、修復は、しなかったのか」
姿を表さないその一枚を、キィニチはずっと気にかけていた。捨ててはいないだろうと思っていたが、まさか腹に納めているとは思わない。
時が止まったように見開いた瞳を向ける。覗き込むケイはキィニチの瞳を見つめて満足そうに「綺麗だね」と褒めた。それどころではない。
「魔法で溶かして繋いで、なかったことのように扱う考えが、そもそも思い浮かばなかった。ありふれていながら、かけがえのない美しさを持ったものを、手元に置きたかったんだよ。だから壊れてしまったら、それまで、おしまい」
「ガラスなんて、食べると腹を下す」
「うん。でもしたかった。弔いだったから」
弔い。ナタに住むキィニチには身近な言葉だ。添えられた花々、思い出の籠った品の数々、足繁く通う哀しみを背負う人々。キィニチが平和な暮らしに身を置いて過ごす時間はまだまだ短く、世界そのものに戦いの色が強く残っている。
ケイの声はサラリと乾いた風のようで。持ち主の中ではとっくに決まった答えを、嫌だと駄々捏ねているのはキィニチだった。
「ケイは怒ってもいいし、責めていいし、辛く当たって詰ってもいい。もっと悲しんで、」
「なに、なにどうしたの。君に? しないよ」
「俺はそうされたい、簡単に許されたくない」
「真面目過ぎる…….。待って、しないって。そもそも君のせいじゃない」
口汚い言葉で身体を刻み、力一杯に殴られたならどれだけ楽だっただろう。その方法で育ったからか、暴力という選択肢が楽な道だと錯覚してしまう。
丁寧な指先が、形を損なわないようにキィニチの頬を撫でた。仕方ない子を宥める唇で、甘ささえ含ませた眼差しで。ただただその優しさが辛い。まるで地に足が着いていないような、深い水に溺れてしまっている気になる。罰を与えられないことに、ばらばらになってしまいそうだった。
よっぽど不服な顔をしていたのか、ケイが吐息で笑う。
「ふ。まだ不満そう。僕はもう君を無意味に怒らないし、傷つけないよ」
キィニチの話を取り零さずに聞いてくれる人。見守って、危ない時に手を差し伸べてくれる人。いつも向けてくれる愛があたたかくて、けれど今ばかりは苦しい。あれが嫌これが嫌とぐずっては引っ掻いて、どこまでも子どもになってしまう自分に嫌気が差す。
「ケイのこと、いっぱい傷つけた。ごめんと、いくら謝っても許されない」
記憶を失ったこと、そこを起点に皿が割れたこと。重ねて自分が楽になるために利用しようとした。浅ましい、幼稚で、嫌になる。ケイがキィニチに暴力なんて、痛みを与えるなんてするはずがないとわかっていたのに。
「僕は人間に傷つけられるほど柔じゃないよ。君が、謝って楽になるならそれでいいけど……。よしよし、慰めてあげようね。可愛い子」
笑い事ではないのにケイは笑った。
「ありがとうね、そんなに気にかけてくれて」
「ん……。あと、渡したい物があるんだ」
キィニチは座ったまま鞄を引っ張り目当ての物を取り出す。服と包みを解いて両手で底を支えながら、ケイの前に差し出す。
濡れたように光が反射した。ぬくもりを感じる気候の中で、硬く冷たく、どこか厳しさを感じさせる。佇む透明と溶けて滲みながらも引かれた青の二相系。
皿を持っていた手にケイの平たく大きな手が添えられた。外されたグローブ、つけた指輪の冷たさが皮膚に当たる。
「……僕のために、選んでくれたの?」
あなたのためだけと、他に理由の隙間が生まれぬよう素早く無言で頷いた。
ケイはじっくり皿に眼差しを向け、こちらを見る。結んだ視線、重なった手から気持ちが伝わってくる。幸福を煮詰めた表情は、心に甘さを齎した。受け取ってもらえるかわからずに不安ばかりを育てていたが、全てが杞憂だったのだ。
「前の子も綺麗だったけど、この子もいいね、気に入っちゃった。本当に貰うよ?」
地続きの代替として扱うのではなく、前と今とで気持ちを切り替えているのがケイらしい。
「あぁ。贈るために買ってきたんだ。貰ってくれると、嬉しい」
「ありがとう。そんなに、不安にならなくても大丈夫なのにね。僕と何年先も一緒にいてくれるんでしょう? ずっと、先の向こうまで」
二人の手を離れ浮き上がった皿は、コップの隣に着地した。
「ああ責任は取る」
「せき、にん……?」
言い切ったキィニチにケイは惚けた声を出す。咎めるように重ねていた手に力を入れて握り込んだ。
「そこで疑問系にならないでくれ」
「ふふ、あはは、ごめん面白くて、つい」
釣られてキィニチの表情も崩れて声が漏れる。
同じ空間でこうした感情を分かち合うのは久しぶりだった。だからか、窓から差し込む光、ガラス皿を泳ぐ気泡、水を連想させる瞳、全てがきらきらと輝いていた。キィニチはようやく肺に詰まった石を吐き出して、ひだまりの空気を吸い込む。自分も、一員になれた気がしたのだ。
肩を抱き寄せられ、額に唇が触れた。離れてしまう前にキィニチはケイの背に腕を回す。柔らかな幼さと戯れが混じり合い、きっと二人とも揃いの想いを持っていた。
「好きだ、ケイ」
言葉は便利だ。百までは伝えきれないが共通の理解は計れる。たった数文字。言い飽きることもなければ聞き飽きることもない。
「 、 」
動く空気に少しだけ声を乗せたような音に、心が喜びで震えた。唇がだらしなく緩みそうになるのを引き結び、擦り寄るとささめきの笑い声。内緒話の続きのような、声のない二人の会話。
部屋はキィニチとアハウが帰ってきた時と同じ微睡みを保ったまま。安穏の時間は幸福を揺蕩う空間の中で。
◆ ◆ ◆
キィニチはケイの膝の上に座り、肩に顎を乗せる。変形する頬の角度を都度変えながら、うたた寝の時間がゆっくりと過ぎていくのに身を委ねた。どこでも眠れる体質はこんな時によく活きる。惜しいのは体内時計が狂わないこと。思考の片隅できちんと常時計測されている、時間が頭をついて回るのが勿体ない。
緩慢な瞬きが続き、手持ち無沙汰と感じればケイの髪の毛を掬い毛先を見つめ、背中に意味もない言葉を指で書いて遊んだ。大きな子どもでしかない自覚がある。
ケイはキィニチ越しに本を浮かべていた。キィニチが身じろぐと、毛布の掛かった背中が撫でられ優しく叩かれる。憂いを晴らした後に残った感情は一緒にいたい甘えたいといった、どうにもならない欲求だけだった。内側に存在する器が溢れる勢いで満たされていくのがよくわかる。脱力したまま首筋に顔を埋めると、肺の裏あたりがぽんぽんと穏やかな振動で揺れた。
陽が傾いた頃にアハウは帰ってきた。うげ、と声が聞こえたが今更隠すこともない。ソファの周りを飛び、子どもだなんだと揶揄う声。今更わかりきったことを言われても痛くはない。恥ずかしさや格好つけたい気持ちもないことはないが、優先順位があるのだ。離れればその分だけ離れていく人相手に、自分を偽る方がよっぽど損をする。
なにも答えずにいると頬にアハウの手が食い込んだ。振り払って無視を決め込むと、やっと諦めがついたらしい。アハウは話すターゲットをケイに移した。
「こいつ、俺様が出てってからずっとこんなんか? 我が従者ながらなっさけねぇ……」
「僕が立つねって言ったら、ちゃんと退いてくれるよ。キィニチ、そろそろ立つね」
「…………」
「……退かねぇじゃねぇか」
「この会話聞いてるからだよ、きっと」
「…………」
「ね、キィニチ、そろそろ…….ね?」
「…………」
思えばここしばらくは仕事続きだったなぁと、キィニチは遠い意識で思い返していた。ケイとアハウがなにやら話しているが、利にならない話は耳に入れても右から左だ。
「退かねぇじゃねぇか」
「まぁ……、こういう場合もある。そういう気分なんだよね、わかったわかった」
自分の甘えが過ぎると自覚があるが、ケイも甘やかしが過ぎるのだ。責任を擦り付けるようだが、間違いではない。
気まぐれに顔を起こせば、頭を撫でられる。指が通り、跳ねた毛が摘まれ手の甲で直される。
「退く?」
キィニチはただでさえ近い顔を更に近づけて唇を重ねた。手入れもなにもしていない己の口が乾燥しているとその時に気づく。
「……」
無言のまま、柔らかな皮膚を啄む。こんな時でもケイはキィニチに自由を与え好きにさせている。許容された範囲を使い切る勢いでたくさんの時間をかけてキスを贈った。
唇を離す。満足には程遠い。けれど読書の邪魔をしたいわけではない。大人しくまた首筋に顔を埋めて微睡に浸った。
「え[D:12316]……、今の見た?」
「だらしねぇ顔を止めろ! 部屋でやれ部屋で!! いいか、下等生物が発情してるところなんて俺様に見せんじゃねぇ」
「えぇ、見てとも言ってないし、発情でもなかったと思うけど[D:12316]……」
そろそろ動くか、とようやくキィニチの気持ちが向いた。荷解きをして、モラを数えて、集めた素材を整理して。晩御飯はなにを作ろうか、腹も空いてきたことだしがっつりと肉を食べたい。言い争う二人をそのままに、キィニチは座っていた膝から身を移した。立ち上がって離れる前にもう一度だけ無断で口付ける。家の一室、小さな箱、自分の城。その中で展開された幸せが静かに連鎖して育つ様をキィニチは手放しで喜んだ。
腹も満たされ夜の始まり。
家計でのモラの動きを確認し、書き物を終わらせれば残りは自由な時間だ。もしケイがいなければ仕事の調査に確認、備蓄庫の補充や外国の植生を学ぶだろう。隙間でスポーツをするかもしれない。もし、があったなら次から次へと身体と頭を働かせるが、今は違う。
「ケイ、今晩いいか、その……」「んー? あぁ、いいよもちろん」直接的な表現を躊躇ってしまったが、幸い伝わった。明日からは数日休みが続く。期待に胸を踊らせたままケイの手を握りしめた。嬉しい。
「爪を削らないと」
関節をなぞり、その先を見ると確かに白い部分が伸びていた。キィニチはいつも深爪なので少しでも伸びてしまうと気になって仕方なくなるがケイは違うらしい。ほそりとした指先に、これまたほそりとした爪が乗っている。細く見える割に、サイズや関節は男のそれだ。
魔法で、と言い掛けたケイへ否を唱えたのはキィニチだった。
ケイの爪を手入れすると名乗り出た。細やかな手入れをしたことがないキィニチは、普段は爪切りでパチパチと切って終わる。短く丸く整ったらなんでもよい。
けれど遠くない過去に、ムアラニから手の身だしなみセットなるものを貰っていたのを思い出した。服や身体が薄汚れていた、という意味でなく水や薬物での手荒れが酷く、加えて爪も割れていたためだ。気を遣わせてしまった礼は、信条としてすぐに済ませた。
傷薬や軟膏とは違うハンドクリームやオイル、手を美しく見せるための様々な品目。ムアラニとカチーナの会話で存在は知っていたが興味が薄く、自ら買おうとは思ったこともなかった。
戦いが終わり、様々な物流が円滑になったナタは輸出だけでなく、輸入も活発になった。このセットもそのうちの一つだろう。
キィニチは本来、尽くして甘やかす方が得意である。それを遺憾なく発揮できる。
失敗するわけにはいかないと、予め同封の説明書をよくよく読んだ。新品の爪やすりを手にしてケイの爪先に当てた。
そしてふいに、抱いてくる男の準備をキィニチ自身がしていると思い至った。至ってしまった。すると途端に羞恥が迫り上がる。摘んだこの指が、と勝手に妄想は進んでいきなんとか打ち消した。
それ以降はサリだがザリだかの音を聞きながら無心で削った。
十の爪が全て短く丸くなった時の達成感。
「うん、ありがとう。丁寧に扱われるのは気分がいいね」
「それはよかった。またさせてくれ」
触れ合いの理由になるならなんでもよい。好印象で纏めることができたのなら重畳である。
ケイは下に敷いていた紙を魔法で消し、使っていた道具も綺麗に片付けていた。
手を引かれ、ベッドに倒れ込む。まつ毛が触れ合いそうなくらいに顔が近づき唇が合わさる。押し付けられては離れを数回繰り返し、吐息に湿っぽさが混じる。
ふ、とケイが笑った。どうしたのかと問うと「キィニチ、まつ毛長いから擽ったい」と。一瞬の逡巡、キィニチは構うことなく唇を奪う。中断する理由にしては和やかすぎた。
舌が口腔に入り込む。ぴとりと合わさり絡めれば、あえかな水音が響く。互いの息が混じり、呼吸の区別がつかなくなるほど夢中になった。
仰向けに転がった上にケイがいるので、明るい室内のはずだが光が遮られて暗く感じる。潤んだ視界を瞬きで打ち消し深い口付けを享受した。飲んでもいない酒で酔いが回りそうだった。
キスで茹だった思考が次にすべき順路を導く。
「なかを、あらってくる」
「あ、そっか。魔法でぱっとする?」
「し、ない。少し待っててくれ、すぐに、終わらせる、から」
これ以上触れ合うと、楽な道に身を委ねてしまいそうで。すぐに戻ろうと気持ちを確かにさせ、下から抜け出そうとすると、ちゅう、と唇を奪われた。可愛らしい戯れの音に掻き集めた冷静さが霧散する。
「っン、……けい!!」
「ふふ、いってらっしゃい。ありがとうね」
咎める声は簡単にいなされる。腕を引かれ起き上がった。「いない間、寂しいな」なんて機嫌のいいケイのリップサービスを本気に受け取ってしまう前に、急いで部屋を出る。会話を続けると手伝ってあげると言われそうで、それは遠慮願いたかったのも大きな理由だった。
そうして気づいてしまったのだ。
「ケイ……」
「え、またしょぼんってしてる。今度はなに。頭拭いてあげるからおいで」
どこを触れられてもいいようにと全身くまなく洗い流した。中の洗浄ももちろん済ませた。
頬を伝った雫が床を濡らしている。碌に拭かぬまま服を着てしまい、さっぱりとした心地よさとは程遠い気持ち悪さが肌を撫でていた。
風呂場で気づいたことを、キィニチは言わなければならない。
「その、……今日は、最後までできない、可能性が高い……。一人でしていなかったから、……入れるのが難しくて」
記憶を失った期間、加えて仕事で家を開け続けた期間。数えるには手がいくつ必要になるだろうか。期待していた分の落差が酷い。
すぐできるようにと、指を入れて頑張ってみたが遅々として進まぬ作業に顔を青くした。無理に押し入ろうとすればするほど、力が入り嫌になる。そうして時間だけが進み、成果はほとんどゼロに近い。
正直に話すしかない、待たせすぎてはいけないと天秤が傾いたので急いで出てきたというわけだ。
「そうなんだ? あぁ、そんな顔をしなくても大丈夫」
「……すまない」
「身体のことで謝る必要はないよ。それに君、明日も明後日も休みなんでしょ? その後も夜には家に帰ってくるように仕事を振り分けたって言ってなかった? 久しぶりなんだ、ゆっくり進めていこうね」
「! ……あぁ」
こういったマイペースさに救われる瞬間が多々ある。もし、仮に逆の立場だったとして、キィニチも怒りはしないがせかせかしていそうだとは思う。ケイの広い時間の枠組みで物事を捉える大らかさは真似できない。
どうにか安心を得ることができ、ケイの座るベッドに近づく。急に浮き上がった身体に転びそうになりながら、大人しくしているとケイの膝に横向きで納まった。胸元に擦り寄る。肩に置くだけだったタオルを頭に被せられて優しく拭いてもらった。
「大丈夫だよ、大丈夫。それに、日数経つ内に君の方がもう嫌ってなるかもね?」
「ない、ない絶対にない。任せても、いいか」
「いいよ」と迷いのない声に力が抜けた。「大丈夫」が耳の奥で繰り返される。信頼した人の言葉はどうしてこうもあたたかいのだろう。
期待を込めて上を向くと唇が合わさった。安心させるような触れ合いに夢中になる。
服の隙間から手が入り込む。キィニチは節だった指と、その先にある丸い爪を想像していた。長い夜になればいい、いつ寝たかもわからないほど気をやってしまいたい。自分からケイの唇を甘く噛んで、舌を出した。
ケイの前で膝立ちになる。煩わしい服はすぐに脱いだ。
肩甲骨、腰、尻と触れるか触れないかの手が彷徨う。ぞわぞわと引き出された官能に身を任せていると、しっかりと肌に手を添えられて安心させるように密着する。ほっと息をつけば胸を弄られ「んぅ」と声が溢れた。
近づいたケイが舌で乳首を舐る。尖った先端を押し込まれるが、次には押し出すように舌先で刺激された。息が細切れに走る。びりびり伝播する快楽との接し方もわからず「けい」と潤んだ声で名を呼ぶ。呼ばれた当人は視線だけキィニチに寄越し、ちゅう、と乳首を吸った。
「ぁッ、け、けい」
元々は、違った。初めは擽ったいだけだったのだ。すっかり感じるように神経から作り変わってしまったみたいだ。散々キスをされて高められた身体は、舐めやすいように身体を沿って差し出すような姿勢をとっていた。
ぷっくりと腫れた先を口で吸われながら、肌を撫でられると顕著に身体が震える。強弱をつけて反応を探られ、手は背骨を降りて腰を掴んだ。
もどかしい、ぞわぞわする、逃げられない、気持ちいい、もっと。頭を抱きしめ肺いっぱいに好きな男の香りを溜めた。
「気持ちよさそう。ねぇ?」
「んぅ」
てらり、唾液で濡れた胸に息が細く当てられれば冷たさに意識が向く。
頷いて、その通りと賛成の意を示すがケイは笑顔でこちらを見つめたまま。「返事」と優しくも厳しさを伴う声でやっと求められていることを理解した。濡れた尖りは赤みを帯びていて、指でくにゅくにゅ遊ばれている。水分があるために摩擦の抵抗なく指が滑り、神経の集う場所を引っ掻かれた。慰めるように舌が伸びて、口に隠される瞬間は頭が茹だり言葉を失いそうになる。
「きもちい、きもちいい、すき」
「うんうん、言ってくれてありがとう」
ぞわぞわと蓄積された官能は声となって逃がされた。卑猥な光景に理性や思考がどろどろと溶けて、崩れ落ちていくのがよくわかる。
意地悪されてると思っちゃった、ケイは笑った。本気か冗談かはわかりかねた。
は、は、と興奮でままならないキィニチは上下の唇を指で挟まれる。隙間に人差し指が入り込み前歯に触れたので、是非と招き舌で歓迎した。自らケイの手を支え、固定しながらぺろぺろと舐めしゃぶる。
「ン、ぅッ、……ふぁ」
指を好き勝手に曲げられると空気が漏れた。慌てて唇で囲み、粘膜の柔さを確かめてもらう。
もう身体を作り変えられてしまっているので仕方ないのだ。この程度の痴態で愛してもらえるのならば安いものだ。
舌を押されると嘔吐きそうになるのを必死で落ち着かせる。意識的に鼻で長くゆっくりとした呼吸を繰り返した。
丸く削った爪の先はつるりとしていて、関節はなだらか。わかりきったことでも一つ一つを丁寧に這わせる。味は特になく無味だが、いつのまにか夢中になって舌を伸ばしていた。
追加で中指が入り込み、口の圧迫感が増す。伸ばされた指で口はいっぱいになり、一緒に纏めて吸い付くと喉の奥が震えた。
「……ン、ぅ゙[V:9825] ……ん゙、ッ」
その時、はっと覚えのある苦しさに記憶が引っ張り出された。瞳の奥で以前に口で奉仕した時の映像が流れる。舐めたいと自ら言った癖にあまり上手くできず、後から一人で落ち込んでいた時が懐かしい。なにもかもが初めてのことで、ケイの気持ちいい場所を探って理解する前に意識を溶かしてしまった。
じゅわり、思い出すと口の中を唾液が満たした。
キィニチは前回を復習するように指を舌で押し上げて、口蓋のつるりとした場所の奥、柔い肉を晒した喉へと誘導する。爪先で意識的に押し上げられれば苦しさに喉が締まる。
「ぅ゙[V:9825] ……、ん゙ん[V:9825]」
ケイに口でしてもらった時を思い出し、溶けてばらばらの記憶を貼り合わせた。歯を立てぬように吸い付いて舌を絡める。顔を前後させて喉の柔らかい場所を擦る。今の口内を、気持ちよさそうだと思ってまたチャンスをくれたなら嬉しいが。
こうして口を荒らされるだけで、キィニチには痺れのような気持ちよさが全身を駆ける。膝で立っていられなくなり、座り込んだ。ずるい、我慢が効かない。全く説明に困る現象だ。唇から溢れた唾液はシーツにシミを作って灰色になっている。
「っ[V:9825] ぁ……」
縋るように愛でていた指が抜かれ、すかさず追いかけるが戻ってくることはない。唾液が顎に垂れて行き場を失った舌が外に出た。
なぜ止めてしまうのかと咎める視線をケイに向けるとごめんねと軽い謝罪。脇の下に手が入り、身体が引き寄せられる。気づけば胡座の中だった。
「見て、ふやふやになっちゃった」
先の人差し指が濡れた顎を拭った。
「……まだできた」
「それはそれは。邪魔してごめんね。触りたくなったの、僕が」
そう言われてしまえば腹を立てているフリを続けるわけにはいかず。
膝の間に小さく横向きで収まった。首に腕を回し口付ける。柔らかさを楽しむように、隙間なくぴったり重ね合わせ、舌先を絡める。深まった呼吸を奪うキスは、求められている気がして。そう感じてしまったことに、じくじくと気持ちのよい弾けた感情が脳から溢れてた。浮かんだ涙がやがては決壊して頬を滑る。はふ、と溢れる息が唇の間に揺れて、互いで混じり、呼吸の区別がつかなくなる。もっと、もっと、と際限なく強請る悪い癖が出ている。
ケイの指が涎を垂らした陰茎に触れた。
「ぁ゙ッ[V:9825]」
一瞬。反応した体躯が戦慄く。唇が離れあえかな声が漏れた。
期待でべとべとになった熱の先端をすりすりと擦られる。抱きつく腕に力が入り、縋るように頼ってしまう。「あ、ぁ、[V:9825] いま、さわると、けぃ、……すぐいき、そ……[V:9825]」
「いいよ[V:9825]」
「ん、ぅ゙[D:12316]っ、あ、ッ、おわらな、い?」
この幸せな時間が終わらないかまず答えが欲しかった。
しかし問いを受けたケイは、キィニチの言葉を受け「確かに君、仕事で疲れてたよね」と言ったのだ。
「や、ぁ、……っ」
まだ満足できない。今日はこれきりと終わってしまうのなら、ここで達するわけにはいかない。
聞かなければよかった。余計なことを言った。熱に触れているケイの手を無理やり退かせて脚をきっちり閉じた。触れ合えばもっと辛くなるが、離れてしまうのは口惜しかったので胸元に抱きついて息を整える。
全身に熱がぐるぐる轟いておかしくなりそうだ。
「[D:12436][D:12316]……」
頼りない声が漏れる。
脚を擦り合わせ、ケイの手がまた触れてはくれないかと頭で唱えた。先を知っている身が次を追いかけてしまう。
「ごめんごめん、不安にさせてしまった。そうだよね、大丈夫だよ。今日はたくさんしようね」
「……たくさん」
「そう、たくさん」
耳の中で甘い言葉が溶けて脳に流れ込む。終わらない、たくさんしてもらえる。
途端、力が抜けた。触れていい?と声が掛かったので一にも二にもなく頷く。抱き寄せられ頭に唇が落ちる。キィニチは目を細めた。
下を見ると勃ち上がった赤い陰茎に触れるケイの手があった。上から五指で触れ、滑るような刺激に腰が浮く。いつの間にか潤滑油をつけたらしい。決して強い刺激ではないが、キィニチは歯を食いしばった。形を確かめるように竿を扱き、浮き出た血管をなぞられる。どうしようもない。細かく途切れた声が漏れた。
「ッ[V:9825] っ。んンッ」
握り込んだまま、人差し指が亀頭をくるくるなぞる。流れるように温かい手のひらで握り込まれ、陰茎の根元から先端までを大きく上下した。絞るような手つき。じゅくじゅくと音がする。ぱちぱちと意識が弾けた。
見る場所に困る。けれど結局、解放を求める赤く腫れた先が手のひらで見え隠れする様に、視線が吸い寄せられてしまう。たまに鈴口が擽られるのが、たまらなく気持ちいい。気持ちいいのだ。
「もう出したい?」
「……っ、ぃくぅ、けい、も、いく[V:9825]」
キィニチは何度も頷いた。
「かわいい子。見ててあげる」
んんぅ、と言葉が放り出され、口の端から唾液が溢れる。いきたい、待って、いきたい。
「い、ぁっ、あっ!! んン゙[D:12316][D:12316]ッ[V:9825][V:9825] あ……っ」
震えた身体が大きくのたうつ。腰が浮いて擦り付けるように動いた。意識が白んで抜ける。
びゅう、と出た精液はケイの手が受け止めた。先端の小さな穴を指でくりくり触られると、僅かにぴゅっと追加で飛ぶ。
「味見」というように手に散った白濁がケイの口に含まれて消えた。そして「あげる」というように口付けられる。慣れたキィニチは弾んだ息のまま舌を差し出した。不味い。
「ぅ……ん、んん……」
絡みつく舌に精一杯応えながらも眉を寄せる。鼻腔をあんまりな味が空気と共に走り抜けた。キスをされると途端に嫌ではなくなるのが致命的な欠陥。
抱き抱えられてのキスは気持ちいい。だから拒めない。
「……ぁ」
解放を迎えたばかり。けれどすぐに昂り反応してしまう。ずっと楽しみにしていた時間で久しぶりだからだと、聞かれてもいないのに心中で言い訳を重ねた。
緩く勃ち上がった熱が人差し指と中指の間に挟まれて動く。ちゅくちゅくとねばついた音と、善がった男の声。指間が開かれ、薄い皮膚で根元をずりずり往復する。
場所が下がり陰嚢を揉まれて情けない声が漏れた。力が入らない。濡れた手は左右の袋を優しく持ち上げ、揺すり、指で優しく捏ねる。
むずがゆい、でも気持ちいい。刺激は決して強くない愛撫。すっかり翻弄されている、と嫌でも理解する。
「はぁ[V:9825] ぁ、あ、っ、んん」
更に下がり会陰がぐぅ[V:9825]と押された。
息も絶え絶えなキィニチのこめかみに柔らかいキスが落とされる。
「かわいい」
「ん、ぁ、ケイ、うしろ、さわって欲しい……[V:9825] いれて、ほしい」
「どうしようかな。前はいいの?」
「んん……」
腹についてしまうくらいに勃起した陰茎に二対の視線が向かった。
陰嚢と後孔の間をすりすり、ぐっぐっ、と撫で押していた手が前に回る。無防備な陰茎が温かな手のひらに覆われ、くびれを指で何度も往復される。
「はぁ、けい、[V:9825] ぅ[V:9825] っぅ、あ゙ぁ、」
ぐにぐにと亀頭を指で押されれば官能が迫り上がった。
快楽を追い求めたい。しかし抱かれる準備もしたい。
「ふふ、どっちもしようね」
どちらかしか駄目なのかと感情がすぐに顔に出てしまったらしい。機嫌よくケイは笑っていた。再度、こめかみに柔らかな感触が当たった。
昼間に干したばかりの白いシーツの上に寝転がり、キィニチは後ろで肘を着いて上半身を起こしながら両の足を開く。招いた間には体勢を低くしたケイがいた。
ケイが愛おしむ顔つきなのが、恥ずかしい。わかる。キィニチだって同じ立場ならその顔をする。完全に勃った陰茎へ落とされた口付けに目が回った。
「ぅ、ッ[V:9825] あ、あぁ、っ[V:9825]」
シーツを握る手に力が加わる。見たくない、嘘、見ていたい。張り詰めた熱は温かい口内に迎えられた。舌で押され、ちゅうちゅうと鈴口を吸われる。舌先で穿るような動きを見せ、先走りがケイの口へと逃げた。
「く、ぅ、けい、……けぇ、ぁ、」
抜けた声が出た。抑えが効かない。絶頂に達してもいないのに尾を引く悦が燻っていく。
後孔に添えられた指がふちをほぐした。孔に沿った筋肉を確かめるように押されると、不思議と力が抜ける。
「結構、やわらかいよ」
「ぅ、え?」
「ちゃんとできてるよ、偉い」
やわらかい?そんなわけはない。風呂場では爪一つ、指一本入れるのにも苦労した。押し込んで力のままに無理矢理動かしたが不毛な時間であった。
丸い爪先が繰り返し押され、周りを伸ばしながら探るように奥へと進む。潤滑油の滑りを借りて、関節の出っ張りまで簡単に呑んでしまった。曲げられた指で中が広がり圧迫感が伝わる、加えて這い寄る快楽の気配も。
「ぅ、ンんッ、……ぁ、ッ」
誘い込むような己の肉の動きを感じた。信じられない。キィニチはその思いでいっぱいだった。
自分自身の身体のはずが、裏切られている気にもなる。
「体勢が辛かったのかもね。今みたいに、寝転べないし」
「でも、っぁ」
「ね。気持ちいいの、覚えててそれも偉いねぇ」
「[D:12316][D:12316]ぁ、[V:9825] きもち、いっ」
肘を着いて半身を起こしたままのキィニチは必死に頷いて、賛同を示す。
中に入り込んだ指が関節を越えて付け根まで入り込んだ。指の形にピッタリ沿った自分の内側。振り切るようにゆっくり抜けては、褒められながらまた奥まで。
理性の、それもほんの一部分だけが取り残されて、ついていけない。馬鹿になる。
ケイがキィニチの陰茎に頬を擦り寄せた。先走りで肌が濡れて、笑われて、舌が陰茎を根元から上へ舐めて、口腔へ仕舞い込む。集まった神経が悲鳴を上げた。
「け、それ、よすぎて、けぇ、[V:9825]」
己の頬が濡れた。湿り気のある声。自分の声だ。
陰茎の先を狭まった喉で擦られ、気持ちいいを拾い始めた中を少しだけ曲げた指がこそぐ。全身が戦慄いた。よすぎるから待って、なのか、もっと、なのか自分はなにを言うつもりなのか。
開いた脚が無意識にシーツを蹴るが、すぐに捉えられる。片脚はケイの肩に担がれて、上にも横にもどこにもいけない。袋の鼠。そういえば、これを望んでいたのは自分。
「は、ぁ、あっ、あ、イ」
出したい、早いと思われるだろうか、思われるかも、思ってもケイは気にしない気がする、だっていつも好きにしたらいいと、たくさん触って、出したい暑い。巡る文字は脳で霧散し、口からは「んん、ふっ、ぅ」と考えていることの欠片も紡がれない。
抜き差しを止めた指が前立腺を捉えて乗り上げた。腰が浮いてがくがく震える。浮いた分だけ深く陰茎を呑まれて息が止まる。
「っは、ィっ、あぁ、いく[V:9825] いくぃ……、っく、あ!!」
指と口一つで悦びに満ちて決壊した身体が開放を迎えた。キィニチは白んだ意識で想像する。水面を目指す、炭酸ジュースの泡になった気分だった。自分を形作る輪郭が曖昧で溶け出してしまいそう。
狭まった喉に出した精液は更に奥へ消えてしまった。蹲って見えない喉仏がこくり、と動くところを想像する。喜びか恥ずかしさかわからないが、くらくらした。けれど止めては欲しくない。もっと、という気持ちはいつ尽きるのだ。
「ぁ、ぅ? ……ごめ、け、[V:9825] ぁ、ぁ[D:12316]ッ[V:9825]」
絶頂を迎えて尚、咥えられたまま。器用な舌で押され、内に入り込んだ指の先で前立腺の周りを探される。
「ぃった[V:9825] いっ[V:9825][V:9825] けい、け、ぁっ[V:9825]」
背骨を通る快感に支配されながらも、まずは口に出したことを謝らなければと片腕をケイの頭に伸ばす。乱暴と思われぬよう、髪の毛を少しだけ摘んで気を引いた。そこでやっと口を離してくれたケイは必死なキィニチを一瞥するのみで、好きに竿や亀頭に口付ける。
こんなことばかりされては癖になってしまう。
ベッドに上がって長く経つが乱れ一つないケイの様子が恨めしい。
まだ硬度のある陰茎の先をちゅう、と吸ってケイはようやく満足したらしい。
「気持ちよかった?」
「きもち、よかった……」
初めて口淫された時はわからないままに全てが終わった。今回の感想など聞かずともわかってほしいが、これは惚れた弱みだった。
「けい、たのみがある」
「んん?」
「い、れて。もう、け、のが欲しい。欲しいです、いれてほしい」
懇願の声が散った。口が無意識に動いていた。
指一本がどろどろに柔らかくなったふちを浅く触る。押し拡げられる快感に下肢を揺らしていると、ゆっくり奥へ入り込む。途中で前立腺を捏ねながら往復されては為す術なく快楽を享受する他ない。
「今日はしないって話だったよ[D:12316]? それに、まだ入らないと思うけど……。ごめんね」
「あ、んぅ[V:9825] う、う[D:12316]……、……魔法で、どうにか、弛めて、…….できないのか」
「普段は魔法頼らないのに、ここで頼ってくるんだ君……」
できなくてもして欲しい。自分で触れていないがじゅうぶんに解れている自信がある。多少裂けても構わない。
言い募るがケイが頷くことはない。眉を下げた顔で宥めて、後日にしようよと提案を出されるだけ。
「おく、欲しい。おおきいのが、いい」
「うんうん、ごめんね。今日は指で我慢しよう」
「あ[V:9825] う、指もすき、」
ケイがなにそれと笑う。こちらを見た瞳に、媚びた男の姿が映る。これは誰だ、自分自身だ。鏡で見慣れた己がだらしなく目も口も頬も緩ませている。弾んだ息が耳にうるさい。
以後何度も「欲しい」と強請り困らせた。自分の中に好いた男を困らせたい欲求があるなんて、ケイと出会わなければわからないままだったかもしれない。
◆ ◆ ◆
腹が空いた、身体が重い、ケイは、と腕を伸ばすと冷たいシーツが広がっていた。目が一気に覚め、身体のバネを使い起き上がる。すっきりとした視界、さらりと乾いた肌。汗や涙に濡れた昨夜が夢のように遠く思える。
一呼吸のうちに服を着て部屋を飛び出した。扉を開けるとスパイスの香りが鼻を通る。
リビングではケイとアハウがなにやら話し込んでいた。
「思っていた以上には美味いが……。朝から肉はやめろ。我輩の朝食は焼きたてのパンに歯触りのいい採れたての野菜、搾りたてのジュースと決まっている」
テーブルの上を浮いたアハウの前にはこんがり焼かれた鶏肉があった。香ばしいよい香りの発生源。器用にカトラリーを使い切り分けられた肉は勢い止まることなくアハウの口へ入っていく。
「君、よく食べれるね。呼吸とか大丈夫? 寒気とか閉塞感とかない? ……もしかしたら龍には効かないのかな。運がよかったね」
「な、な、な、な!!!! ぺっぺっぺっ!! おいキィニチ!! こいつの手綱をちゃんと握れとあれほど!!」
「おはようキィニチ。君が起きる前に戻ろうと思ったんだけど、なかなか時間がかかってしまって。でもちょうど出来上がったよ。アハウのは毒味用、こちらは君用。朝から肉はいけるタイプだよね? モンドのね[D:12316]……鶏肉のスイート? 漬け焼き? にナタのスパイスを混ぜたもの、あまから」
誘い込まれるようにキィニチはテーブルに近づいて座るケイを上から抱きしめる。頭に頬を寄せて息を吐く。安心した。
「おはよう。朝食ありがとう」
「おはよう、どういたしまして」
「目にうるせぇ、朝からいちゃつくな! キィニチ、起きたなら早く俺様にジュースを作って献上しやがれ。寛大な心で主よりも遅く起きたことを許してやろう」
「君さぁ、自分で作れよ。無理ならその辺のベリーでも食べてたらいい」
昨日に出した、市販のジュースが残っていたはず。キィニチはそれを思いながらも白い頭から離れ難いなと思っていた。まだ昨夜の名残で色々な動きが鈍くなっているのかもしれない。
「今日は君より早起きして大正解。アハウの世話も、料理も冷めないようにしておくから、先に顔洗っておいで」
「あぁ……」
世話ってなんだ世話って!と姦しい声を背に急ぐ。
冷たい顔で顔を洗うと幾分思考が明瞭になった。顔をタオルで拭いて、手を上で組み思い切り伸びる。
「挿れるだけがセックスじゃないでしょう。僕はずっと君を抱いているつもりだったけど、君は違うの」
昨晩の、朧な意識が拾った言葉。強請って、強請って善がって泣いて、抱いて欲しいと懇願したらそう言われた。
自分が気持ちよくなりたいから、ケイを気持ちよくしたいから、セックスというのは最後の段階ありきの行為だから。丁寧に時間を掛けるケイの前戯が好きなはずなのに、最後ができない、その一点で不安になってしまった。見透かされて、宥められて。
結局、痛いのは駄目、大丈夫だよ、気持ちいいでしょう、今日だけじゃないからね、なんて角の丸い言葉を耳に直接流し込まれキィニチが満足したと意識を落とすまで二人は肌を重ねていた。空が明るくなり始めた時分だった。
ストレッチを止めて軽く跳ぶ。ぎぃぎぃと木製の床が軋んでいた。
バンダナを固く結び鏡に映る自分を見つめる。にやけていない、緩んでいない、いつも通り。よし、と頷いてリビングへ戻る。テーブルに着くと笑顔のケイと、また揶揄われていたのだろうアハウが顔を赤くして怒っている。注意しなくてはいけないのに、どうにも心が落ち着いてしまった。ちぐはぐだが家族みたいだと、そんな言葉が離れなくて。キィニチは鶏肉を口いっぱいに頬張った。
「僕、君の食べている時の顔。好きだな」
伸びた手に頬を撫でられる。腫れの残る唇は、スパイスの刺激で痛んでいた。
◆ ◆ ◆
食後は二人で散歩に出た。ケイが眠っていたという海の底を魔法で歩いた。柔らかな水に包まれる。あたたかい。太陽の光が揺らぎながら水中に入り込んで、魚が群れて泳いでいる。反射した一枚一枚の鱗がキラキラと目を刺激した。脳に、記憶に、この景色を刻印のように焼き付けて残せたら。キィニチはこの場所を教えてもらえたことが嬉しかったので、そう思ってしまった。
けれど、そんなことは叶わないと理解しているので瞬きを惜しんで見入る。
「気に入った?」
数回頷く。肩に添えられていたケイの手を握って幸福な時間を過ごした。
昼ごはんを家で済ませ、昼寝をした。抱きしめ合って転がってキスをしている内にいつの間にか意識が抜けていた。再び目を覚ました時、抱きしめられたままの温もりに頬が緩む。窓に身体を向けるといつの間にか陽も沈みかけていた。そっと抜け出そうとする。
「もう、起きちゃうの……?」
「あぁ。今日の内に目を通しておきたい資料があるんだ」
護衛の仕事なら対象の情報やルート、討伐であれば分布域や個体数、弱点を洗い出し有効な攻撃手段の構築。薬草の調合であれば、国外の植物が以前よりも手に入りやすくなったので関連の本を読むでもいい。
「んー……なにもしないでいようよ[D:12316]。今日くらいは最後まで僕とだらだらしようよ」
普段は聞かない怠惰への誘いにキィニチは大いに揺れた。
「……すぐ、戻る。寝転びながら、読み込む」
「あ、折衷案だ。賢い」
持ってきた資料をベッドに広げて目で追っていく。「もし、こいつと戦うなら、ケイだったらどうする」と問えば、「たた……かう……? 僕と、こいつが……? 上から潰す? 下からでもいいけど」と全く参考にならない解答が返ってきた。キィニチは若干の沈黙の後、曖昧に頷いた。
紙に走った活字を二人で追い掛けて、満足した頃合いで夕食の支度をした。特段、示し合わせたなにかがあったわけではない。しかし部屋に戻るといつのまにか、寝台で互いに身を寄せていた。
この晩も最後まですることは叶わなかった。けれど、心身の充足感は満ち満ちていた。
至る所がひくついて赤くなった肌。後を引く痺れが治らない。腹に精液が飛び散って汚れていた。
ずるりと両の太ももを軽々引き摺られる。付いて行くだけの上半身。体温で温めた場所を離れ、背中の下には冷たいシーツがあった。
膝から下はベッドから垂れ落ちて、脚を開かれる。ケイはすぐ近くの床、キィニチの脚の間に座った。
「なん、」
「……なんだ、って? 今からなにすると思う?」
起き上がろうとするが、腹の力が抜けている。太腿に頬を乗せるケイがこちらを見上げた。白の髪が肌を撫でて擽ったい。触れるか、触れないかの柔さで唇が内腿を撫でる。中心を避けて上を目指し、尖らせた舌先が鼠蹊を舐めた。
「ぅ、……っふ、ぅ……は、あ」
伸ばしたキィニチの手は重なって、指が交互に絡む。両の脚でケイを閉じ込める。
焦らされて期待で昂った陰茎は既に大きくなっていて、たらりと先走りが漏れていた。亀頭に柔らかな唇が当たる。ふう、っと息が吹きかけられて、ぐらぐら理性が燃やされる。天井は薄く張られた水で揺れていた。
◆ ◆ ◆
肌に触れる日と触れない日を繰り返しながら、ぽつぽつと日を跨いだ。
膝の間で小さくなる。「今日は最後までできるだろうか」と聞くと「できると思うよ」と重くならない口調で言われた。
部屋の空気が肌を撫でる。肌寒いがきっとそのくらいが、ちょうどいい。
「……今更になるが、緊張、してるかもしれない……。これは、恥ずかしいな」
羞恥を理由にチャンスを逃すのは馬鹿馬鹿しいが、かと言って羞恥が消えるわけではない。キィニチは多人数との経験を積んでいるわけではなく、頼れる人は一人しかいないから。
「それは、そうだよ。二人で、そういうことをしているのだから」
「……あぁ」
じわじわ、胸に迫り上がる幸福な気持ち。おやすみのキスは挨拶と言いくるめられていた魔法使いが、今の状況を正しく理解している。そういうことを、二人でしているのだ。ケイも、もしかすると口には出さなくとも緊張しているのかもしれない。お揃いの気持ちなら嬉しい、もしそうだとしても絶対に言ってくれないだろうが。
肩を押されてベッドに横たわる。唇を重ねると温かさが心地よい。けれど夢中になりすぎると呼吸が止まってしまう。細切れな息を緩んだ眼差しのまま笑われて、意趣返しを込めキスを贈った。
腰が打ち付けられるとキィニチの全身が揺れる。内臓が押し上がりその度に制御できない声が漏れた。ひっくり返ったカエルのように脚を広げる体勢は、みっともない気もするがそんなことは言っていられない。
「ッ、う、ゔッ、ぁ[D:12316][D:12316]っ[V:9825] ケ、ぁ[V:9825][V:9825]」
苦しい。当たり前だ、本来の用途が違う。
気持ちいい。不思議だ、どうしてだろう。
亀頭にふちが拡げられ、入り込んだ先で前立腺が刮げるとキィニチの身体は逃げを打った。しかし腰を上げ固定されていて、動ける範囲は少ない。与えられるがままに受け取る性の気持ちよさには中毒性があった。
「あ゙っ、あ、あ゙ぁ! う[V:9825] [V:9825][V:9825] んぅ![V:9825] ッ」
「はぁ、……ん」
大きな手がキィニチを引き寄せた。密着した下半身が擦れ合い、飲み込んだ奥が歓喜している。ぱちぱちと視界が弾けた。
「ん゙[V:9825] ッ! ぁっ!!」
いつもキィニチばかりがよくなっている、と、呆れられたら嫌だ。しかし自分をここまでにしたのはケイなのだからという思いもある。
背中が浮いた。自分の中は気持ちいいのだろうか、そうならいい。声がうるさくはないだろうか、興奮してくれているだろうか。思考を覆い尽くす「気持ちいい」の合間に流れる言葉はいつだって行為の相手をきちんとできているかの不安だった。
濡れた汗に肌が冷える。下に視線をやるとすっかり硬度のない己の陰茎がゆらゆら揺れていた。カッと顔が熱くなる。震えが止まらない。
奥が捏ねられ、ちゅう、と深いところまで入り込む。
──あ、くる
「んく、ぁ! ぃく[V:9825] いっ、く……! ぅん、[V:9825][V:9825]」
一度高みへ昇ってしまえば、もう制御が効かない、戻れない。
離さないで、出ていかないで。奥へ誘い込むような動きを自分自身が自覚できた。
「いッ……! っは、ぁ[V:9825] ン゙[D:12316][D:12316]、ぃく、あ……[V:9825]」
「ん、……きもちいいね」
「あ゙[V:9825] ぁ[D:12316][D:12316]っ! い゙、あ、っく[V:9825][V:9825]」
いい加減、与えてもらってばかりでは駄目だ。なんとか抗って、体勢を整えようとするが波が引かないどころか、沈んだ先で呼吸もままならない。大きすぎる悦をキィニチは持て余した。
「っは、ぁ、ッ! ッ、あ、」
「キィニチ」
慣れ親しんだはずの悦び。嫌なわけでは決してないが、そこにはほんの少しだけ戸惑いが混じっていた。どこまで落ちてしまうかが怖い。視界が歪む。顔を横を向け、涙を流しているとケイは動きを止めた。
隙間ができる。動かれると、ゾワ、と恍惚に背筋を引っ掻かれた。腹の奥に埋められた熱が抜けていくことが許せず、声がついて出る。
「あ……、いや、ケイ、やだ、ぬかないで」
抗議にすらならない幼い訴え。
「抜かない、抜かないから」
「けい、いやだ」
頬に作られた道を辿って、涙が流れる。脚で細い腰を囲って引き寄せた。
「ちょ……、わかったから。抱きつけないのが、嫌なのかなって思っただけ」
体勢を低くしたケイに抱きしめられて頭を撫でられる。キィニチの首筋に白い頭が埋まった。
「ぁ……、……[V:9825]」
安心で、ほ、と一息吐く。首筋、耳、頬とケイの唇がなぞり、涙の道も食まれた。そして唇に辿り着き、触れ合うだけのキスをする。うっとりと、自身の瞼が下がってしまうのがわかった。上へ横へと放り投げていた腕を前の背中に回す。
口が甘い。いつだって幸福は甘い味をしている。
「ン、……っふ、ん」
「ん、動くね」
「は……、あ、アっ[V:9825] んン」
孔の浅い場所で陰茎が行き来する度に割り開かれる快楽を知る。ケイの弾んだ呼吸と、ぐちゅぐちゅと潤滑油混じりの音が耳に入り込んだ。
「けい、け、……[V:9825][V:9825]」
びくり、と息が詰まり孔が締まる。その締め付けを楽しむような抽挿をされ、壁を押し上げながら奥へ入り込む。この日々ですっかり柔らかくなった肉は戸惑うことなくケイを歓迎している、し過ぎている。
「ぁ[V:9825] っく[V:9825][V:9825] ……すき、それ、すき[V:9825]」
熱の先が前立腺にぶつかりながらゆっくり乗り上げた。カリ首でぞりぞりと削られ押されれば、もっと、突いてと追いかけてしまう。気持ちいいから。
縋った手が広い背中を引っ掻いた。するとケイの視線を感じたので、キィニチは首の裏に置いた枕から頭を起こして口付ける。
「……ん、ん、っ! っはあ、ぁ[D:12316]……[V:9825]」
蕩けた粘膜が熱い。夢見心地な頭の奥、微睡越しの現実。とちゅ、とちゅ、と突かれるたびに喃語めいた音が聞こえる。
速まる腰に付いて行くようにふちが吸い付いていた。
たまらない。脚を大きく開いて男一人を囲ったまま、キィニチは肉体を震わせた。
「[D:12316][D:12316][V:9825] ぁう[V:9825] ッ! けい、もう、イ、あぁッ!!」
「うん、……はぁ、……かわいー」
唯一の頼りのように抱きしめた手指に力が籠った。ぶらぶらと脚が揺れてる。濡れた顔が冷たい。けれど暑くて汗が滲んだ。
奥までぴったり入れられると熱の形がわかる。長く続く絶頂。ずっと頭で悦びが生産されているが、自分がなぜこうなっているのかがわからない。息を取り戻して落ち着く前にまた、ビクリ、と震えが伝播した。
「ぅ[V:9825] あっ![V:9825] い゙く、イ、[D:12316][D:12316]ッッ[V:9825] っは、ィ゙、」
声がひっくり返る。先ほどは止まってくれたのに、今回はいくらキィニチが乱れてもケイが止まる様子はない。
「イ゙く、ぃッ、く、ぁ゙、んん゙[V:9825] っ、んッ!」
けい、けい、と背中を引っ掻いて頼ろうとすると、ギラついた捕食者の瞳とぶつかった。冷たい水の色から視線を逸せない。こんな表情を向けられているのだと、胸の奥が優越で痛む。
近づいた唇が合わさって二人の間で空気が巡った。覆い被され下に敷かれた身体は媚びたように熱に染まっている。
「ぁー、もう……で、そう」
「んんッ、ぁ、ん、っはぁ[V:9825] ん! ぁ゙[V:9825][V:9825]」
ケイが奥を穿ちやすいよう脚を広げ腰の角度を上に向ける。白い波に思考も視界も奪われキィニチは先に極めてしまった。中に白濁の熱さが垂れる、その瞬間を想像したから。喉が反れ、あぁ、と伸びた声がする。
「はっ、ぁ゙……、ん、」
「っくぅ[V:9825] ぅぇ、あ……ん、ッ[D:12316][D:12316][D:12316][D:12316][V:9825][V:9825]」
孔全体がうねるように収縮する。ぴたりと合わさった奥の奥に、熱を感じた。多幸に包まれる。放たれた精液が腹を満たす。壁中に塗りつけられる動きに腰が揺れた。止まれない。
「ぁ、……っふぅ、ん……」
「はぁ……。ん、」
「ぁ、……ぁぁ……、ぅん」
キスを受けながら、自分を荒らしていた陰茎が抜かれた。肉が引きずられ、ぽっかりと空洞ができたような不思議な感覚。数度瞬き、潤んだ視界を取り除く。とろりと顔を緩ませたケイがこちらを見つめていた。キィニチは視線を向けたまま、息も絶え絶えになりながら腹を撫でる。じんじんと甘い疼きだけが取り残されていた。
「……ふふ、ぐちゃぐちゃだね。かわいい」
「う、」
狭いベッドの隣に寝転んだケイに下瞼を撫でられる。「ぐちゃぐちゃが、かわいいのか……」と問えば「キィニチがかわいい」と言われた。好んでもらえるなら可愛いでもなんでもいいのだが、こんな有様なので恥もある。視線の置き場所に迷いが出た。そそそ、と身体を密着させ落ち着ける場所を探す。一息つく内にケイは指をあっちへこっちへ動かして魔法で後処理をしていた。本来なら、ここから寝るまでどのくらいの時が必要なのだろう。寧ろ、しない場合はどうなるのだろう。丁寧な扱いに慣れてしまっている、だから恐ろしい。
キィニチは黙したままケイの胸、肋骨の中心あたりに手のひらを置いた。割れてしまった皿、その終の姿を思い返す。
二人の寝転ぶ傍にはアクセサリーを仕舞っている箱がある。リビングにはキィニチが渡した新しい皿が、日々に溶け込んでいる。壊れてしまったもの、そのままの形を保つもの、新しく受け入れたもの。形あるものは皆、いつかは壊れていくものだ。けれど。
呑まれた皿のように、役目を果たしても共にいたい。そう思いながらも、悲しませてしまうくらいなら物語の頁を閉じるように置き去りにして欲しい。選べるのはどちらか一つ。そんな複雑な想いを、いつか話せば共に悩んでくれるのだろうか。
「あ、そうだ。君がね、一人の時もばっちりできるように僕が教えてあげるね」
「!? け、まっ、えっ」
「? まだ出来るでしょう」
逆流した精液が垂れていたそこは魔法で綺麗にされた後のようだった。まだ熱を失った名残りで締まりきっていない所へ、ケイの手が添えられる。「ここ」と躊躇わず中を混ぜられれば尾を引いた官能が膨れ上がった。ケイはそれで終わらない。キィニチは手を取られ、自らで触るように誘導してくるのだ。
「気持ちいいから、覚えておいてね」
白んだ陽光がカーテンの隙間から覗いている。しかし二人の夜は、まだ終わりそうにない。