お気に召すまま、お嬢サマ





しばらく街を散策してると、急にナマエちゃんの手を誰かが掴んだ。オレは近づいてくるその気配に気づかなかった。

「っはぁ、はぁ、お嬢様!ほんと毎回毎回!振り回される俺らの身にもなってください!」
「やっ、離して!夕方には戻るから!」


いつもならすぐに気づくのに、ナマエちゃんとの散策が思ったよりも退屈しなくて気が緩んでしまったのかもしれない。
お付きの男は息を切らせながらナマエちゃんの手を掴んでを連れ戻そうとする。ナマエちゃんはそれに対して必死に抵抗する。

「ラギーくっ、ん!助けてっ」

ナマエちゃんは小さな声で涙目になりながらオレを見つめる。
オレこういうのするタイプじゃないんスけどねえ。もとより、オレはボディーガードでも王子様でもないんだから。

「…バイト代、弾んでくださいよ?」

"ラフ・ウィズ・ミー"と小さく呟いた。
ナマエちゃんからお付きの男の手が離れていく。男が目を見開いて驚いてる隙に男から距離を取り、オレの所へ来たナマエちゃんの手を掴んで走り出す。

「ほらいくッスよ!」

しばらく一本道を走っていたが、なかなか巻けない。ここらへんは裏路地が少ないから少し強引な方法じゃないと無理だ。少し高さはあるけどここ降りるか、と下を見ながら考える。

「ナマエちゃん、ここ降りれる?」
「えっ、」

不安そうに眉を下げてオレを見つめてきた。3メートルくらいの塀から飛び降りようとしてるんだ、お嬢様のナマエちゃんはそりゃあビビるよな。
そうこうしている間にもお付きの男は迫ってきていて、考える暇もなく選択を迫られる。

「オレが先に降りて受け止めるから」
「大丈夫?怪我しない?」
「しないように先にオレが降りるんでしょうが。迷ってる暇はないッスよ」

ナマエちゃんに軽くデコピンすると、少し強張った体から力が抜ける。痛い、とおでこを誘ってる間にオレはひょいっと下に降りて彼女を受け止めるために両手を広げる。

「ほら、降りてきていいッスよ」
「…ッ、う、ん。」

怖いのかナマエちゃんの瞳が揺れた。数秒後、覚悟を決めたナマエちゃんは口をきゅっと結び、目を思いっきり閉じて飛び降りた。
思ったより勢いよく降りてきたからオレはバランスを崩して尻もちをついてしまった。

「ぃって、目を思いっきり閉じて降りたらだめでしょーが」
「…怖かったんだもん」

オレの膝の上で座るナマエちゃんは今にも泣きそうな顔でそう言った。その顔にゾクッとした。
…何考えてんだオレ。

「ほら行くッスよ、ここでこのまま居たらまた見つかる」
「うっ、うん」

立ち上がると再び走り出した。さっきの涙目の顔を見たせいか、手を繋ぐのが憚られた。
手を繋いでいないから、オレはナマエちゃんが着いてきてるかを耳を立てて音を聞きながら走る。スピードもかなり合わせているがだんだん体力の限界がきて息が上がってきている。
すると後ろで突然どすんと音がしてびっくりした。振り返るとナマエちゃんが派手にコケていた。

「ナマエちゃん!?大丈夫ッスか!」
「…っいた、」

急いで駆け寄るとどうやら膝を擦りむいたらしく血が滲んでいる。瞬間、ムンっと血の匂いが鼻を掠めて捕食欲が湧いてくる。
立てるか、と聞こうとしたら追ってきていた男が血相変えて物凄い速さで走ってきた。さっきの何倍も早いし、お嬢様大丈夫ですかって叫んでうるさい。

「ナマエちゃん、ちょっと失礼するッス」

このままだと追いつかれてしまうからナマエちゃんを俵抱きして男から逃げる。
ナマエちゃんは怪我人の癖に、下ろして離してってうるさい。ああもう、なんでこうなってんだよ。
人を抱えてるとはいえ、2人で走るより幾分かマシになったのでひょいひょいと塀やら階段を登り下りしていく。いい感じの所で裏路地に入れば、男はオレらには気づかずに通り過ぎていった。
ふう、と息をついてナマエちゃんをそっと下ろして壁にもたれかけさせる。

「ラギーくん。怖かった」
「はいはい、それはスイマセンでした。それより、足、大丈夫ッスか?」

ナマエちゃんの右膝を見ると擦りむいた所が赤黒くなってて、まだ血が固まりきってなかった。ナマエちゃんは鞄のポケットから着ているワンピースと同じ真っ白なハンカチを出して傷口を押さえる。痛いのか少し眉間にシワが寄る。

「そんな白いハンカチ使ったら落ちないッスよ」
「いいよ、こんなの沢山あるし」

するとまたさっきの血の匂いがしてドクンと心臓がなった。
オレは彼女の前にしゃがみ右足を掴む。ナマエちゃんが吃驚して何か言っているが、それももう聞こえない。食べたい、食べたい、ただそれしか頭にない。ハンカチで押さえていた手を退けて傷口に舌を這わす。舐め回して、じゅるっと溢れる血を味わう。

「ゃっ、やだっ、、らぎー、くんっ」

彼女の切なそうな声が耳に入ってくる。それすらもオレを興奮させてナマエちゃんの唇に齧り付いた。
見た目の通り柔らかくてぷるんとしてる唇を味わう。そっと舌を出して唇を舐めると少しだけ口が開く。少しの隙間から舌をねじ込んで舌を絡める。ぴちゃぴちゃと唾液が混じり、どんどん興奮してきて壁に手をついてナマエちゃんに覆い被さる。
しばらくキスをしていたらナマエちゃんがトントンと胸を叩いてきて、それでようやく唇を離した。

「ぷはぁっ、、らぎ、はぁっ、くんっ」
「ん?どうしたんスか?」

酸欠状態なのか息をするので精一杯みたいだ。ナマエちゃん見てると捕食欲が溢れ出して来て止まらなくなりそう。少し冷静になろうとしてそっと距離を取る。膝を見ると血は完全に固まっていて傷口を修復しようと覆っていた。

「ん、血止まってるッスね。帰ったらちゃんと消毒するんスよ」
「う、うん」

そう言うとナマエちゃんの隣にオレも座り、壁に背中を預けた。終始無言が漂った後、ナマエちゃんがオレの服の裾を掴んだ。見ると潤んだ目に頬は紅くなっていて、気持ち程度だけど雌の匂いがする。
だめだ、こんなの見たら止まらなくなる。頭の中で警鐘がなる。

「ラギーくん、さっきの…その、よかったからもう一回、してほしい。…なんて」

ああ、もうダメだ。ナマエちゃんから強請られたら断れる訳がない。

ーー据え膳は骨の髄まで食べないと勿体無いっスから。