お気に召すまま、お嬢サマ
最初は変な子が迷い込んだなあって思った。こんなスラムに1人綺麗な白いワンピースを着て、純粋無垢な笑顔で歩いてるなんて場違いにも程がある。
お金は持ってなさそうだけど身に着けてるものは値段になりそうだから、って近づいた。
「こんな所でなーにやってんスか。お嬢さん?」
「ねえキミ!いいところに来たね!私の鬼ごっこ手伝ってよ!」
「は?」
何言ってるか分かんないんだけどこの子。鬼ごっこ?誰に追われてんの?
いやいや、その前にそんな遊びに付き合ってやるほど暇じゃない。
そんなオレの意思など無視して120%の笑顔を向けたこの子は勝手に手を掴み走り始めた。
「いやいや、アンタここの土地勘あるんスか!」
「ない!けど、同じところにいたらまた捕まっちゃうんだもん。せっかく街に来たのに行動制限されてちゃ息苦しくてしんじゃうよ」
「土地勘ないなら変な事しない方がいいッスよ」
ここらはオレみたいな奴もいたら本気で危ない奴だっている。下手したらこんなお嬢様みたいな女の子なんて一瞬で食われてしまう。
迂闊に動くんじゃない、と言おうと立ち止まり彼女を引き止める。そうしたらこの辺では聞いたことのない足音がして、そっと彼女を後ろから抱き寄せて路地裏へ入った。
「ナマエ様ー!ナマエお嬢様ー!!」
「どこいったんだあのお転婆お嬢様は!お嬢様を見失ったのが旦那様にバレたら俺たち今度こそクビだ。何としてでも探すぞ」
大柄の獣耳の生えたスーツの男たちはそう言うと走り去って行った。やばい事に首を突っ込んだ気しかしない。この子に話かけた数分前の自分を恨んだ。
「アンタ、ほんとに逃げてたんスね」
「ほんとあの人たち過保護なんだから。いつも私の隣にいて鬱陶しいったら!ね、貴方この辺詳しそうだし案内してよ!」
「無理ッス」
これ以上関わったら面倒だから即答してやる。この子に構ってたらあのスーツの奴に捕まって何されるか分かりゃしない。
「なんでよ、お礼に私が身に着けてるもの何か1つあげるからっ!」
「…別にいらないッス」
「そうなの?こういうのが欲しくて私に話しかけてきたと思ったんだけど違ったんだ」
そう言って、いかにも高そうなブレスレットを指差した。馬鹿そうにみえて案外鋭いのかもしれない。ため息をついて頷くと彼女がブレスレットを外してオレの手の中にそれを納めた。
「はい、これ前払い。夕方まであいつらに見つからずに出来たらもう一つ何かあげる」
「見ず知らずのオレにそこまでしていいんスか」
「さっき一緒に逃げてくれたから、もう見ず知らずじゃないでしょ?」
「アンタ、変わったお嬢様っスね」
「ふふっ、よく言われる。あと私はアンタじゃない。ナマエよ。貴方は?」
自分の名前を言うとと近くで音が聞こえた。その方を見るとさっきのスーツの男が数メートル先に立っていた。うっわ、早速やばい展開じゃないっスか。
「お嬢様!見つけましたよ!勝手にいなくならないでもらえますか!!」
「見つかっちゃった!ラギーくん!走るよ!」
「えっ、ちょっ、ナマエちゃん!ここの土地勘ないんだから勝手に走ったら駄目だっつってんでしょ!」
無鉄砲にオレの手を引いて走り出した#nameちゃん、と後ろから追ってくるスーツの男。流石に何も知らない彼女を前に走らせる訳にはいかないから、前に行って手を引く。
裏路地を何個も通って行くとスーツの男はいなくなっていた。ここら辺の裏道は初めて来た奴には攻略はほぼ不可能に近いので巻くのは簡単だ。
「はぁっ、はあっ、ラギーくん、すごいっ。私だけだったらすぐに捕まってたもん」
「ナマエちゃん体力なさすぎ。もっと体力つけないと逃げ切れないッスよ?」
「だってこんなに走ったのも、逃げ切れたのも初めてなんだよ」
片手を壁に当てて胸に手を当て必死に酸素を取り込もうとするナマエちゃんに比べてオレは息一つ上がってない。普段から逃げ回ったり追いかけたりしてるからこういうのは朝飯前だ。
「ふふん、でもこれで暫くは追ってこないだろうから心置きなく探検できるね!」
「なんでそう断言できるんスか」
「うーん、なんとなく!」
全く信用できないんスけど。
彼女はるんるんと前に進み始めた。さっきのスーツのお付きの男が普段ナマエちゃんに頭を抱える様子が目に浮かぶ。可哀想に。
「ってか、オレナマエちゃんの逃亡に加担してるの見つかったら何かヤバいことされないッスか」
「んー、大丈夫大丈夫!」
「いやいや信用できないって」
「大丈夫!夕方までに戻ればあいつらも何も言わないし、お父様にバレたらとばっちりなの分かってるから」
はあ、と深いため息をついた。なんて奴に捕まったんだ、と頭を抱える。まあタダ働きじゃないだけまだマシだ。
しばらく歩いているとナマエちゃんが最初に歩いていた通りに出た。するとナマエちゃんは目をキラキラさせてオレの手を引いていく。
「それよりラギーくん!アレすごい!なんて言う果物?野菜?」
目に入った物全てが珍しいのか、これは何だあれは何だと聞かれる。1つ1つ丁寧に答えていく。それが本当に何も知らないお嬢様なんだと実感した。
「ねえ、あの果物バケツに入ってるんだけど衛生上大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったらオレら死んでるッスよ、ほんとナマエちゃんって何も知らないんスね」
いちいち面白い返事をする彼女が面白くて仕方ない。こんな街とは縁のない所で育ったんだろう。オレが笑ったのが気に食わなかったのかムッとした表情で見つめてくる。
「だって本にも教科書にも載ってないんだもん。ここは楽しそうだね。毎日退屈しなさそう!」
「あー、退屈しないって意味では毎日楽しいかもしれないッスね」
生きるために毎日必死な人も多いし、退屈はしないだろうけどこのお嬢様には絶対に向かない生活だろう。ぼーっと彼女を後から眺めているとオレの横を小さいのが通り過ぎた。するとナマエちゃんがきゃあ、と叫ぶ。
あ、パンツ見えた。白のレース。
「お姉ちゃん、パンツも白なんだね!」
「ちょっと!キミ!スカート捲るなんて!」
悪ガキがナマエちゃんのスカートをめくったのだ。顔を真っ赤にしてスカートの裾を掴みながら悪ガキに怒るが、全く怖くない。むしろ余計にやりたくなる、そんな怒り方。
その光景が面白くて笑っているとナマエちゃんの怒りの矛先はオレにも向けられた。
「ちょっと!ラギーくんも笑ってないで何か言ってよ!」
「そんな無防備な恰好で来るから悪いんスよ」
「ねえねえ、ラギー!このお姉ちゃんと知り合い?」
「んー、今日1日目だけボディーガード的な?」
あながち間違ってない返答をした。まあボディーガードと言うよりかは逃走手助けだけど、と心の中で思う。
悪ガキはしばらく物珍しそうに彼女を見てたけど、すぐに何処かへ走っていってしまった。
「ほんとスカート捲るなんて女の子にする事じゃないわよ」
「まーだ怒ってんスか。ガキがやった事だし許してやってよ」
未だにぷんすか怒って腕を組むナマエちゃん。こういう事された事ないんだろうなあって思う。お転婆お嬢様だけど大切に育てられた箱入り娘って感じ。
純潔無垢で透き通ってる、そんなナマエちゃんを不意に汚したくなる考えが浮かんできた。ふるふると頭を振って邪な気持ちを飛ばす。ナマエちゃんの逃走手助けなんて今日だけの1日アルバイトみたいなもんだ、何考えてんだオレ。
「なにしてんの!ラギーくん行くよ?まだまだ見たいものいっぱいあるんだから!」
「ハイハイ、分かりましたよお嬢サマ〜」