いいえ、ただのいたずらっ子
人一倍優しい所が好きだった。
無口だし顔の半分は隠れてて表情は見えなくて、最初は怖い人だなんて思ってた私を呪いたくなるくらいには棘くんは優しい人だった。
あれから何となく話しづらくて高専内でも気づかれないようにそっと避けてしまった。そんな事しても棘くんは私のこと何も思ってないんだから意味ないんだろうなって考えたら、余計に辛くなる。
あー、こんなになるなら好きになるんじゃなかった。
「着付け終わった?」
「うん、もうすぐ終わるよ」
障子越しに母が声をかけてきた。
綺麗な薄桃色に紫の差し色が入った可愛らしい着物を着た自分が鏡に映る。真希ちゃんとかが見たら馬子にも衣装とか言いそうだ。
鏡に映る着物を着た自分は、我ながら可愛らしく出来上がっていて少しだけ嬉しくなった。
あと1時間後にはお見合い相手との食事会が開かれる。どんな人なんだろう。
棘くんのこともあってか良さげな人だったら結婚してしまおうかな、と思い始めていた。
食事会の場所に着くとそこはいかにもな高めの料亭で、あまり慣れてない私は気怖じしてしまう。中に通されて母と2人で長い廊下を歩く。こんなに高そうなところ、もしかして相手の人はかなりの家柄の人なのかも知れない。
そんな事を考えていたら個室についたようで、母は先に障子を開けて中に入った。
「あら、もういらしてたんですね。遅くなってすみません」
「いえいえ。女の子は準備に時間がかかるものですもの。それに私達もさっき来たばっかりなので」
相手方に挨拶する母に続いて私も中へと入る。緊張して足元に落としていた視線を向かいに座る相手へと向けた。そしてお見合い相手の顔を見て私はフリーズしてしまった。
「と、げくん…」
「すじこっ!」
そこには数日前から私を悩ませていた棘くんがいた。普段制服で覆われている口元は隠されていなくて呪印が見える。
着物は紺の落ち着いた色でいつもとは違う雰囲気だった。フリーズしている私に棘くんはイタズラが成功した子供のような顔でニコッと笑ってピースをした。
「あら、顔見知りなの?」
「高専の、同じクラスの、同級生…」
*
今の状況がよく理解できないまま食事会は進んでいく。母は棘くんのお母さんと話が盛り上がっていて、棘くんはというと出された料理に夢中だった。
その光景をただ見ていた私に食べないの?と棘くんが聞いたから少しだけ口に運んだけど、どんな味がしたか分からなかった。
”後は、若いお二人で”
なんて典型的な台詞を言った母はすっかり意気投合した棘くんのお母さんと別室へ行ってしまった。
個室の縁側に腰掛け綺麗な日本庭園を眺める。隣の棘くんはじっとししおどしを見つめているようだった。
「棘くん、色々聞きたいことあるんだけど…」
「しゃけ」
「全部知ってたの?」
「しゃけしゃけ」
「じゃあ、何で私?」
「…いくら、ツナマヨ」
ししおどしを見つめていた棘くんがこちらを向いた。
"ずっと前から好きだったから"と、その言葉にじわじわと体温が上がっていく。
「そんなの知らなかった」
「しゃけ」
「ふつう順番逆だよ」
「高菜、すじこ」
「外堀から埋めればいいって…。真希ちゃんとパンダくん次会ったら絶対文句言ってやる」
告白を絶対成功させたい、と相談したらあの真希ちゃんとパンダくんは外堀から埋めろとアドバイスしたらしい。
最初からみんな全部知ってたんだと数日前の会話を思い出す。棘くんが妙にお見合いに肯定的だったのも、いつもの倍以上にニヤニヤしてた1人と1匹にも全部納得がいく。
「明太子、おかか?」
「このお見合いは、断らないよ」
「こんぶ?」
「私もね、…棘くんのこと好きだから」
そういうと置いていた手に棘くんの手が重なった。しっかりとした男の子の手だ。重ねられた手がきゅっと握られる。
「しゃけ?」
「ほんとだよ。私も1年生の時から棘くんのこと好きだった」
「高菜、明太子?」
「気づいてたんだ私が避けてたこと」
「しゃけ。こんぶ…」
そういうと棘くんムッとした表情に変わる。割と傷ついたなんて言ってるけど、本当に傷ついてたら私が部屋に入って来た時ニコニコしながらピースできないと思う。
「だって好きな人からお見合い受けろなんて言われたらしょうがないよ。でも、ごめんね。もうしない」
「いくら〜?」
「ほんとだって。しないもん。」
「いくら?ツナマヨ?」
「うん。棘くんが、す…」
好き、全部言い終わる前に棘くんの唇が私のと重なった。ちゅっと可愛らしいリップ音がして棘くんの顔が離れていった。ぼふん、と効果音が付きそうなくらいに一気に顔に熱が集中する。
「すじこっ!」
舌をぺろっと出して、してやったり顔の棘くんに私は顔を赤くさせるしかなかった。