屋上の厄介な猫



なんでオレが、と思いながらコツコツと屋上へ繋がる階段を上る。
近代魔法史の小テストで見るも無残な点数を叩き出したオレは昼休みを返上して補習という名のプリント運びをした後、先生の理不尽なお願いを受けとある人物を探していた。
スマホの画面を見るとあと10分で昼休みが終わるところだった。
うっわ、もう時間ほとんどねえじゃん。
早くしないと間に合わないと思って一段飛ばしで階段を駆け上がる。最後の段を上りきってステンレスのドアを開けるとふわっと風が吹いた。
屋上を見渡すと、丁度フェンスを背もたれにして座っている人がいた。

「うわ、ほんとにいた」
「…え、、誰?あっ、あー、えっと…えー?、とら?…ぽ?」

飲んでいたいちごミルクのパックジュースから口を離し、首をかしげながら「えー、あー」言いつつオレ達とは違う位置にある耳をピクッと動かす。
クラス一緒なのに名前すら覚えられてなくて無性に悲しくなる。確かに喋ったことあんまないけど。

「エースね、エース・トラッポラ。てか同じクラスなのに名前うろ覚えって悲しいんだけど」
「んー、興味ないもん。仕方ないでしょ。それでトラッポラくんは私になんの用事?」
「近代魔法史の授業出ろって先生に頼まれて言いに来た」
「やだ」
「即答かよ。先生がお前成績いいんだからもっと授業出ろっつってたぞ」
「成績いいんだったら出なくて良くない?無駄に60分過ごすより、ここにいた方がよっぽど有意義だよ」

即答で否定された事にちょっと腹が立つ。
なんでオレがこんなことしなきゃなんないんだよ。あのハゲ先生絶対許さねえ。
それにこのご時世に屋上でサボるなんて漫画みたいな事する奴ほんとにいることにびっくりだわ。
すると目の前で屁理屈を並べる彼女がいちごミルクにさしたストローを指示棒のようにオレに向ける。

「で、委員でも係でもないトラッポラくんは何で私を呼びに来るように頼まれたのさ」
「小テストの点数悪くてプリント運び手伝ってたら、ついでに呼んでこいって言われたから」
「うわあ、先生ったら横暴」
「だから5限の近代魔法史、出てくんない?」
「やだ」
「また即答かよ!!お願い!オレ、怒られるじゃん?アイツ補習課題多いし、大量の課題なんて持って帰ったら点数悪かったのバレて寮長に首刎ねられるかもしんねーし」
「そもそも小テストの点数悪かったトラッポラくんが悪いんじゃん。私関係ない。」
「いやまあ、そうなんだけど!ほら!オレを助けると思って!お願い!」

座っているナマエの目の前に立ち手をすり合わせて必死にお願いする。頼む、寮長に首刎ねられるかもしれないんだ。
ナマエはオレを一向に見ないで、フェンス越しにグラウンドで飛行術をし始めてる生徒を見ていた。そしてそんなオレの思いとは裏腹にバッサリと切り捨てた。

「ごめんだけど、助けようと思うほどトラッポラくんと私って仲良くないじゃん?」
「同じクラスのよしみじゃんか!何でもするから!!一生のお願い!!」
「…何でもねえ。ほんとに何でもするの?」

彼女がようやくこちらを見てきた。よし食いついてきた、と思い俺は勢いよく言ってしまった。そう、何でもすると。

「するする!!何でもする!!」
「…んー、じゃあ一回だけね」
「まじ!ありがと!じゃあ教室戻ろ?」
「え、戻んないよ」
「は?」

一瞬何言ってるか分からなかった。頭の中に大量のはてなマークが浮かぶ。すると彼女はニコっと笑っていちごミルクを一口のみこう言った。

「来週の近代魔法史は出る」
「いやいやいやいや」
「んー、だってトラッポラくん"今日"の近代魔法史って言ってないじゃん。それに今から戻っても授業間に合わないから一緒にサボっちゃおうよ。そんで私の話し相手になってよ。何でも言うこと聞いてくれるんでしょ?」
「いや、えっと、何でもとはいったけどさあ」

いたずらっ子が新しいオモチャを見つけた時みたいにキラキラとした瞳で見つめられる。確かに今日とは言ってないけど、屁理屈もいいところだ。
しかも、5限目に出てもらうために言った"何でもする"が悪いように効いている。

「今から教室戻っても、ここでサボっちゃっても怒られるのは一緒だよ。どうする?エース・トラッポラくん?」
「あ゛ーもう!!居りゃいいんでしょここに!!」
「んふふ、素直でよろしい」

時間を見ると後2分で教室に戻らなくちゃならなくて、屋上からでは到底無理だったので諦めてここでナマエの話し相手をする選択をした。
ナマエの隣、と言っても二人分くらい開けてどかっと座る。そしてフェンスに思いっきり背中を預けた。

「ねえ、なんでナマエは午後の授業あんまり居ないわけ?」
「んー、授業よりこうやって日向ぼっこしてる方が自分のためだから?」
「いや意味分かんないからそれ」
「じゃあ、なんでトラッポラくんはあんなつまんない授業出てるの?授業中寝ててもここでサボってても一緒じゃん」
「オレがいつも寝てるの知ってんのね」
「あんな器用な寝方してたらそりゃ、ね。授業ほとんど出てない私でも覚えてるよ」

ナマエが名前すら言えないオレのことを知ってったのにびっくりした。確かに午後は爆睡してるけど、なんか見られてたと思うと恥ずかしくなった。

「お前、オレの名前うろ覚えだった癖に」
「んー、それについては謝るよ。ごめんね」

心のない謝罪をされるがオレがもうサボってしまった事実は消えない。太ももに肘をおき頬杖をついて少し不貞腐れ気味にグラウンドで飛行術をしてる生徒を見つめる。

「謝る気あるなら近代魔法史出て欲しかったわ」
「一緒にサボる選択をしたトラッポラくんは私と同罪でーす」

ナマエは頭いいから許されてんのかもしれないけど、オレはどうだ。いつも微妙な点数でたまにヤマを外し今回のような結果になってる。
明日あのハゲにすげえ怒られてるオレを想像して苦笑いをした。

「はいはい、そうね。じゃあ同罪なら一緒に怒られろよ」
「え、それはやだ」
「なんでだよ!!オレだけ怒られんの?理不尽すぎじゃない?」
「理不尽じゃありませーん」

そういや今日ここで初めてしっかりと喋ったけど、ナマエのキャラってこんなんだっけ。
教室では物静かな感じでクール系で、仲いい人は誰とはハッキリ思い出せないけど2.3人とつるんでるのは見たことある。それに頭がいい。
てか普通に美人なんだよなあ、と横顔をぼーっと見る。

「まあ、トラッポラくんだけ怒られるのは可哀想だから私が今度何かしてあげるよ」
「えっ、いや別にそんなこと…」
「いーのいーの。今日私と話ししてくれたお礼」

突然、お礼と言われても困惑する。さっきまでオレの何でもするの発言に漬け込んできた奴だし一気に不信感がつのる。
顎に手を当てて腕を組んでうんうん何をするか考えてる彼女。心の中で良からぬ事を考えていないように手を合わせて俺は祈った。

「んー、そうだなあ。今度の中間テスト私が勉強見てあげるよ。トラッポラくんの点数オール90点にしてあげる。近代魔法史の補習課題も持ってきたら手伝ってあげるよ」
「は?なにそれ、マジ?」

「うんうん、大マジー」ってゆるい返事をしている彼女はいささか信用できない。そもそもオレにはイソギンチャク事件のトラウマがある。
それにナマエは今日話した印象として、そんな人の勉強見るような面倒くさいことしなさそうなタイプ。

「じゃあね、寮に帰るよ。あっ、これ温くなったからもう要らない。飲んでいいよ」

俺が勉強見るという発言にうだうだ考えてる間にナマエは鞄を持って立ち上がると、飲みかけのいちごミルクを俺に渡して屋上から出た。
あと2コマも授業あるんだけどとか、勉強見るって意味分かんねーからとか、色々言いたいことはあったんだけどオレの手の中にあるいちごミルクのせいで何も言えなかった。

「飲めるわけねーじゃん。…間接キスじゃんか」



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