遊び道具はオレ。



この間のようにコツコツと階段を登っていく。あの時と違うのはオレの鞄の中には近代魔法史のプリント。そこそこ枚数あるぞこれ。
アイツのせいで次の日昼休みが丸つぶれになり、何処から情報が漏れたのか寮長にバレて首を刎ねられかけた。
ステンレス製のドアを開けると、この間と同じ場所に彼女はいた。

「…うわ、またいた」
「何その言い方。私はゴーストじゃないんだけど」
「ごめんごめん、お前ほんといつもここにいるのな」
「それも、まるで私がここにいちゃ悪いみたいじゃん」

こないだと同じいちごミルクのパックジュースを飲みながらグラウンドを眺めている顔がこちらを向く。
毎回思うけど普通に美人なんだよな、こいつ。黙ってればモテるタイプ。いや黙っててまともに授業出てたら、にしよう。

「普通に考えて屋上でサボる奴、お前くらいだよ」
「それはトラッポラくんの個人的見解でしかないね。そうやって視野を狭めるのはトラッポラくんのよくないところだと思う」
「はあ、いつもそうやって屁理屈ばっか言ってるワケ?そんなんだと素直にもの言えなくなるぜ。あと、お前はオレの何を知ってんだよ」

相変わらずな屁理屈を息をするように吐いていく。それにオレを知っているような口を言っているのも意味が分からない。まともに話したのこないだが初めてだろ。

「んー、トラッポラくんのことは何も知らなーい。あと、素直じゃないのは私が1番よく分かってますー。お馬鹿なトラッポラくんには言われたくありませーん」
「馬鹿って、お前なあ」
「そこそこ器用にやってるつもりだけど、たまにヤマ外して痛い目見ちゃうお馬鹿なトラッポラくん?」
「はっ、おま、」
「…ふふっ、ふふふふふっ。あはははははははっ」

なんだよ、本当に。いきなり笑ったり、人の揚げ足取ったり、馬鹿にしたり。速攻で帰りたい。
一瞬でもナマエに頼ろうとしたオレが馬鹿だった。サバナの奴ってジャック以外こんな食えない奴ばっかなの。
お腹を抱えて笑う彼女はそのうち涙まで流し始めた。何が面白いのかさっぱり分からない俺は呆然とするだけ。ひぃひぃ言って涙を手で掬うとナマエは数分ぶりに口を開いた。

「トラッポラくん、やっぱり最高」
「なにそれ、オレ褒められてんの?貶されてんの?」
「めっちゃ褒めてるよ。同じ学年でもなーんか取っ付きやすい感じ?話してて思ったけどトラッポラくんは喋りやすいね」

さっきまで散々馬鹿にされたのに、いきなり褒められてオレのテンションは上昇していく。だんだんと表情筋が緩んできて顔がニヤニヤしてきてるのが自分でも分かる。てかチョロいなオレ。

「へへっ、そう?急に褒められるとなんか照れる」
「その緩んだ顔は気持ち悪い」
「上げて落とすなよ」

真顔でバッサリと切り落とした彼女はちゅーといちごミルクを一口飲む。
なにこれ、ナマエとコントしに屋上まで来たわけじゃないんだけど。そしてまたストローを指示棒のようにしてオレの方に向けた。ストローで人を指すなよ。

「で、トラッポラくんはまた屋上に来てどうしたの」
「こ、れ。」
「んー、それは近代魔法史の補習課題かなあ」

ナマエの前で鞄から取り出しヒラヒラと振ってみせる明日が提出期限の補習課題。それにはクラスと出席番号25番と名前しか書かれていない。ほぼ白紙だ。

「そそ。先週、次の日昼休み丸つぶれで怒られたの。これはそれのオマケ。手伝うって言ったし、怒られたの元々お前のせいだしさ。ねえ、手伝ってよ?」
「やだ」
「また即答かよ!!」
「ふふふっ、ウソウソ。どれどれ見せてみ?」

オレはナマエに良いように遊ばれてる気しかしない。証拠に虎模様の長めの尻尾が楽しそうにゆらゆら揺れている。
美人だなんて心の中で褒めた数分前の自分を殴りたい。ナマエは気がつくとオレの手にあったプリントを取りパラパラめくりながら内容を確認していた。

「なにこれ楽勝じゃん。トラッポラくんってこんな簡単なのにも躓くの?」
「文系の座学は苦手なの」
「私が横で言うから書いてって。多分15分あればこの量だし終わる」

すっげえ馬鹿にされてるの腹立つけど、サラッと見ただけでここまで分かるナマエにちょっとだけ感心した。

「なにしてんの、早くペン出して。私1回しか言わないよ」
「えっ、ちょっ、待って待って待って」

急かし始めたナマエに慌ててペンを出して鞄を机代わりにする。当たり前だけど、プリントは1枚しかないから覗き込むようにして問題を見る彼女。
至って真剣で真面目な顔をしていて、こんな顔もできたんだって思う。ちょっと近いし、いい匂いする。
いや、何考えてんだオレ、集中しろよ。
ナマエがスラスラと言っていくのを必死に追いかけるようにペンを動かす。そして本当に15分程度で終わってしまった。

「ほんとにすぐ終わった、すげー」
「んふふ、私にかかれば一瞬よ」
「さんきゅー、…っ」

嬉しさのあまりバッとナマエの方を見る。思ったよりも近い顔にドキッとする。綺麗な瞳にすべすべの肌、ぷっくりした唇、そして香る女子のいい匂いに吸い込まれそうになる。

「おーい?エース・トラッポラくーん?どうしたのー?」
「えっ、あっ、ご、ごめん」
「ん、何が?」
「いや、うん。こっちの話」

ぼうっとしてたオレに手を目の前で振った彼女に慌てて謝罪する。ナマエはなんの事か分かってないのか不思議そうな目で俺を見た。ああナマエってそういう奴ね、と勝手に納得した。

「じゃあ、ご褒美にいちごミルクね」
「はあ!?物とるの!?」
「ふふふ、冗談だよ。トラッポラくんってほんと面白いね」

今日、何度目かの冗談にオレは少しうんざりした。うんざりしてたはずなんだけど、笑ったナマエの顔がさっきから頭の中に張り付いて消えない。
そしてまたいちごミルクをちゅーちゅーと飲み始める彼女。

あれ、コイツこんなに可愛かったっけ。



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