キミ色に染まる



今の時間は授業をしている時間だから学園内はとても静かだった。風邪という名目で休んでアトリエで絵を描いてることに少しだけを罪悪感を感じる。
静かなアトリエでキャンバスに色を重ねていく。バラの1つ1つに濃淡が加わって奥行きが増す。その絵の右端にバラを塗る人が1人、輪郭も表情も書かれていない。そこに緑の絵の具で塗り潰した。本当はトレイくんを書くつもりだった場所。

「はあ、何やってんだろ私」

一人でため息をつくと手元にあるパレットに目をやる。パレットの上に乗せた色とりどりの絵の具は1つ1つはどれも鮮やかで綺麗で、今の私の心とは大違いだ。
それら全部をぐちゃっとそれを全部混ぜると当然汚い黒になった。まるで今の私の気持ちをあらわしているようで。

やっぱり全然進まないからやめよう。そう思って私はイーゼルもパレットも片付け始める。
絵を描いている時もずっと頭に思い浮かぶのはこの間の光景ばかり。どれだけ別の事を考えても無意識に脳内を乗っ取っていくその光景にうんざりする。もう一度ため息をついた時、アトリエのドアが開く音がした。

「おっ、やっぱり部室にいた。風邪って聞いてたんだが案外元気そうだな」

入り口付近からひょこっと顔を出した眼鏡の彼は、ニコッと笑うと私の所までやってきた。

「トレイくん…。今、授業中じゃ…」
「聞こえなかったか?さっきチャイムが鳴ってもう放課後だ」

トレイくんはスマホの時計の画面を見せた。画面には15時が表示されていて放課後が始まっていることが分かる。
トレイくんはスマホをポケットに入れると、私に近づいてきておでこに手を当て、片方の手は自分のおでこに当てた。

「ん、熱はなさそうだな。最近、寮でも学校でも見かけないから心配してたんだ」

凄い勢いで距離を詰められてびっくりする。そして、核心を突かれてどきっとした。私はこの状況から早く逃げ出したくて、後退りをする。

「もう、治りかけてるし大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。わ、私はもう寮に帰るねっ!」

トレイくんに背を向けてアトリエから出ようとした。しかしそれはトレイくんに腕を掴まれたことによって阻止された。
痛くない程度に力が入っていて、逃すまいと言っているようだ。

「トレイくん。離してくれないかな」
「離したら逃げないで聞いてくれるか?」
「話す事なんて何もないよ」
「うーん、流石にそこまで言われると傷つくなあ」

少しだけトーンを落としてそういうトレイくんに、凄く申し訳なくなって逃げるのをやめようと腕の力を抜く。
振り向いて謝罪の言葉を言おうとトレイくんを見ると、悲しそうな声とは裏腹に口元はにっこりと笑っていた。

「やっと、こっち向いたな」
「あ、えっと、いや…」

ニヤッと笑ったトレイくんに何も言えなくなる。掴んでいた手はまだ離してもらえず、トレイくんはじりじりと詰め寄ってくる。
トレイくんの顔を見れなくてネクタイをじっと見つめた。そうしているとトレイくんが屈んで私の顔を除きこんできた。びっくりして距離を取ろうとしたら、いつの間にか腰に手が回っていて逃げることができない。

「逃げるなよ、」
「やっ、トレイくん、、ちかい…」

眼鏡越しの視線が痛い。どんどん近づいていく顔に私はショート寸前だ。手を使って抵抗しようにも力の差は歴然でびくともしない。
なかなか目が合わない私に痺れを切らしたのかトレイくんは顎に手をやり、クイッと上へ上げた。強制的に目が合う。
琥珀色の目はいつ見ても綺麗で、吸い込まれそうだ。

「いつ告白してくるか待ってたんだが、流石にここまでくると卒業するまでに言わない気がしてな。スケッチブックよりも本物の方がよくないか?」
「えっ、すけ、っちぶっく?」

回らない頭をフル回転させる。たどり着いた答えは私が卒業まで死守しようと決めていたあの緑のスケッチブックを見られたということ。
今からどれだけ考えて言い訳をしても見られた事実は変わらなくて、ドバっと顔に熱が集まる。全身の体温が上がり羞恥心で死んでしまいそうだ。
恥ずかしすぎてふるふると震えてきて、目には水分が溜まっていき目の前のトレイくんが霞んで見える。

「それでナマエは、俺のことどう思ってるんだ?スケッチブック全部埋まるくらい俺の事見てたんだろう?」

そんなの好きに決まってる。でもその一言はおろか話しかけることすらできなかった私が言えるはずがない。
たった一言それだけを言う決意をするのにかなり時間がかかった。目の前のトレイくんは変わらず優しい笑顔を向けている。
もしかしたら私が言うまでこの状況なのだろうか。それはそれで恥ずかしくて死んでしまう。
もうトレイくんからは逃げられない。私は観念してどうとでもなれ、と思い口を開いた。

「…っ、す、き」

恥ずかしさ、緊張、焦り、色んな感情が混ざり出た声は吃驚するくらい掠れていた。

「…よくできました。俺も、好きだよ」

顎に添えられていた手が離れて頭をぽんぽんと撫でられる。するっと頭にあった手が首の後ろに回ると、トレイくんの顔が近づいてきた。ゆっくり目を閉じると唇がそっと重なる。
ふわっとお菓子のいい匂いと何故かミントの味がした。



キミ色パレット  fin.



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