キメツ学園 / 甘くない




「この時間は自習だ。携帯見たり喋ったりすんじゃねぇぞォ」


あ、不死川先生だ。
熱で休んだ先生の代わりに、数学の不死川先生が教室に入ってきた。私たちのクラスは文系で、数学も別の先生が教えてくれてるから珍しい。騒がしかった休み時間とは打って変わってみんなそれぞれに参考書や小説を取り出した。なんでも先生は「数学なんていらない」と発言した生徒を窓から投げたことがあるらしく、教室には緊張感が走った。


「理数科目のわからない問題があるやつは手ェ挙げろよ」


そう言って先生はパイプ椅子を窓際に持っていって座った。私の席は窓際から2列目の一番後ろ。先生がよく見えた。何か本を読んでいて、たまに教室を見渡している。
1年生のころ、初めての数学の授業で私は先生に一目惚れをした。いや、本当のことを言えば恋なのかはよくわからない。ただ、私は先生から目が離せなかった。
でも私は、他の子みたいに先生に話しかけに行く気さくさも、授業の質問をしに行く度胸も持ち合わせていなかった。だから、せめて先生に呆れられないように、頑張って苦手な数学の勉強をした。頑張ってもそんなにいい点数は取れなかったけど、お陰でいつも平均点以上だった。でも、赤点を取った友達が先生の補講を受けていて、その子はいつのまにか先生と仲良く話してて、なんだかなぁって思った。


「先生、ちょっといいですか? 」


右斜め前の席の子が手を上げて、先生が近くに来た。駄目だ。私もちゃんと自習しないと。止まった手を動かした。先生に質問するつもりはないけれど、数学の問題書を開いて解いている。どこか往生際の悪い自分に、心が「憐れだね」と言っている。


「これはこの方程式を使って……」


近くで先生の声がする。いいな。羨ましい。私もいっそ手を上げてみようか。……いや、やめておこう。きっと先生に自分が覚えられてすらないのを実感して虚しくなるだけだ。
ずきりと胸が痛んだ。どうしてこんなにも悲しいのだろう。私はこんなに胸が締め付けられるほど不死川先生のことが好きだっただろうか。あまりしっくりこない痛みに、私は胸元のシャツを右手でぐっと掴んだ。


「どうした。 具合悪いのか? 」
「!」


ハッと顔を上げると、先生と目が合った。あまりにも急で、思いがけなくて、言葉が出て来ず首を横に振ることしかできなかった。先生が「そうかァ。無理はすんなよ」と言ってくれたけど、私はまた頷くだけ。すると、先生は私のノートを見た。


「ミョウジ、問題よく解けてるじゃねぇか」


そう言って先生は前へと戻って行った。
ふと、声が聞こえた。


「お前、いい太刀筋してるな」


姿


「……? 」


誰に、なにを? ほんの一瞬だけなにか思い出していた気がするけど、わからない。たぶん、とても懐かしくて、切ない、遠い遠いいつかの記憶。
性懲りも無く不死川先生の方を見てみると、先生は本を閉じ、穏やかに窓の外を眺めていた。
この横顔だ。私はこの横顔を見ていると、どうしても泣きたくなる。これを恋と呼んでいいかはわからない。正直先生のこともなにも知らない。けど、どうか幸せであってほしいと、強く思う。




ねじれの位置で息をする
(交わることはない)
2020/01/31