ナマエには全くわからなかった。
「ま、待ってください義勇さん! 」
「なんだ? 」
「なんだじゃなくて! 」
なぜ水柱であり兄弟子である冨岡義勇に壁に追い詰められているのだろうか。とか、
「なんでそんなに顔が近いんですか!? 」
とか。
「……接吻は嫌か」
とか。なぜ、の連続である。
「どうして私と義勇さんが接吻するんですか!? 」
「そろそろいい頃かと」
「どういう頃ですか!? 」
「付き合ってから半年は経った」
「あはは」
なるほど。冨岡義勇という男もたまには冗談を言うのだな。そう思ったナマエは短く笑った。しかし、
「……」
「……」
「なぜ笑う」
どうやら冗談ではないらしい。
「……付き合ってるんですか? 」
「……付き合っていないのか? 」
ナマエには全く身に覚えがなかった。
「私と、義勇さんが? 」
「ああ」
「半年前から? 」
「そうだ」
確かに半年ほど前から義勇との距離感が少し近くなったなとは思っていた。しかし、そうはいっても、歩くときは歩幅を合わせてくれるようになったとか、稽古終わりは必ず門まで送ってくれたりとか、その程度のことだ。
すると、ナマエが本当に困惑していることに気づいた義勇は、少し距離を取った。
「……付き合っていないのか? 」
「付き合って、ないと思います」
「だが、好きと言ったらナマエも好きと言っていた」
いつ言われ、いつ言ったのか。ナマエはもしや自分がもう一人いるのだろうか、とまで思った。
「それは、いつ? 」
「半年ま、」
「それはわかりました。はい。あの、そうではなく、いつ、どのような状況で義勇さんは告白してくださったのでしょうか? 」
「……」
義勇は少し考えたあと、
「……饅頭」
と言った。
「まんじゅう? 」
「ナマエが、甘露寺にもらったと饅頭を持ってきて、」
「…はい」
「二人で食べている時だった」
「…はあ」
あった。恋柱の甘露寺に美味しいと評判の饅頭をもらい、嬉々として義勇との稽古に持っていった日が。
「甘露寺さんがくれたんです! 義勇さんはお饅頭好きですか? 」
「……ああ」
「じゃあお茶入れますね! 」
そして義勇も饅頭が好きだと言ったのでナマエは茶を入れ、二人縁側で饅頭を食べた。ナマエはその時のことを懸命に思い出す。確か食べている時、
「……好きだ」
義勇は一言そう呟いた。
「 ? 」
ナマエはその時、「二度も言うなんて、よっぽど義勇さんは饅頭が好きなんだなぁ」と思っていた。そして、
「私も好きです! 」
と。
「……」
「思い出したか」
確かに、ナマエは言った。「私も(饅頭が)好きです」と。
「思い、出しました」
「では、」
「いや待ってください義勇さん! 近い近いっ!? 」
「やはり接吻は嫌か」
「嫌ではないです! でもまず話しましょう! お互い共通の認識を持ちましょう!! 」
「何を話す」
「だから! 義勇さんは本当に私のことが好きなんですか!? 」
お構いなしに距離を縮めてくる義勇。ナマエはドギマギとしながら彼に真偽を問うた。
「好きだ」
真っ直ぐナマエを捕らえる義勇の青みがかった瞳。その真剣な眼差しに身体の熱が上昇するのがわかった。
「っ! 」
「ナマエはどうだ」
「…あ、えっと、その、」
饅頭こわい
(ああ、もうなんなのこの人! )
2019/11/29