「……ナマエちゃんは、炭治郎のことが好きなの?」


何を言ってるんだろう、この人は。


「…え、なんで?」


確かに炭治郎とは任務が一緒の時にはよく話しをする。でもそれは、炭治郎のことが好きとかそういうのじゃなくて……


「いや、その…炭治郎といる時の音が、すごく落ち着いてるから」
「善逸君って心の音まで聴こえるの!?」
「なんとなくだけどね! そんな読心術ほどすごいものじゃないけど…」


善逸君の耳がいいことは知ってた。でも、心の音が聞こえるということは、私の気持ちに気づいて……いや、ない。ないな。だって炭治郎のことが好きだと思ってるんだもん。
……私が善逸君といる時の音ってどんな音なんだろう。たぶん、情けない音だ。善逸君と色々話したいのに、自分に自信がなくて、嫌われたらどうしようって。他の女の子と話した方が楽しいんじゃないかなって。でも、こっちを見てほしくて。


「……炭治郎のこと好きって言ったら、善逸君は応援してくれるの?」


なんて馬鹿なことを。


「え、そりゃあ、炭治郎はいいヤツだし、」


ああ、ほら。聞かなきゃよかった。善逸君は私が他の男の子の恋人になったって構わないんだ。私のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだ。わかってたけど、わかりたくなかった。


「それでナマエちゃんが幸せなら、」


善逸君が急に黙ったかと思ったら、胸に手を当て何か考え込む。私は善逸君みたいに音は聞こえないし、炭治郎みたいに鼻も効かない。勿論、伊之助みたいな野生の勘もない。でも、なんとなく、寂しそうに見えた。


「善逸君? 」
「……あれ? 」


ふと、善逸君が何かに気がついたように私を見た。不安そうで、困惑していて、悲しそうな顔をしている。


「ナマエちゃん」
「!」


善逸君の手が伸びてきて、私の手首を掴んだ。思わず顔を背けてしまう。幼げな顔からは想像もつかないくらい硬くて、マメのできた掌。少し熱を帯びている。
ドクン、ドクン。この心臓の音もきっと善逸君には聞こえている。それがなんとも恥ずかしい。


「お願い。こっち向いて」


なんて、ずるい。そんな優しい声を出すなんて。善逸君がどんな顔をしているのか見たくなってしまうじゃない。
そろりと振り向いてしまえば、その琥珀色の瞳に全て見透かされている気がした。こんな日に限って、なんて月が明るいんだろう。




乙女心を覗かないで
(こんなの不公平よ)
2019/11/28