「ナマエちゃん」
「あ、ぜ、善逸君」


怪我の療養のため、善逸やナマエたちは藤の花の家紋の家で世話になっていた。ちょうど皆が寝静まった頃、ナマエは一人縁側で夜風に当たっていた。


「こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと眠れなくて。善逸君は?」
「俺も」


善逸はナマエの横に腰掛け、二人でしばらく空を見ていた。やけに月の光が明るい夜だ。


「……ナマエちゃんは、炭治郎のことが好きなの?」


善逸の突然の問いかけに、ナマエは豆鉄砲をくらったような顔をする。


「…え、なんで?」
「いや、その…炭治郎といる時の音が、すごく落ち着いてるから」
「善逸君って心の音まで聞こえるの!?」
「なんとなくだけどね! そんな読心術ほどすごいものじゃないけど…」


善逸は聞き逃さなかった。ナマエの音が大きくなったことを。
善逸といる時、ナマエの音はひどく乱れている。それは善逸にとって、聞いたことのない音なのだ。最初は嫌われているのかと思ったが、そんな様子もない。善逸にはその音がよくわからなかった。


「……炭治郎のこと好きって言ったら、善逸君は応援してくれるの?」
「え、そりゃあ、炭治郎はいいヤツだし、それでナマエちゃんが幸せなら、」


ずきり。善逸は自分の音に違和感を覚え、胸に手を当てた。


「善逸君?」


もし目の前にいる女の子が友のことを好きなのだと言ったら。そう考えたら苦しくて苦しくて仕方がなかった。


「……あれ?」


同じだ。今、善逸からする音は、自分といる時にいつもナマエから聞こえる音と同じであった。不安で、困惑していて、悲しい。そして、


「ナマエちゃん」
「!」


善逸が思わずナマエの白く細い手首を掴むと、ナマエはパッと顔を背ける。辺りはとても静かで、善逸の耳にはナマエの音がよく届いた。ナマエが顔を見せてくれたなら、この音がなんなのかわかる気がした。


「お願い。こっち向いて」


優しい善逸の声。ナマエは恐る恐る彼に顔を向けた。潤んだ瞳とほんのり色づいた頬。まだその音を自分に向けられたことのなかった善逸に、煌々とした月がその正体を教えてくれた。




お月様が教えてくれた
(なんて愛しい音)
2019/11/28