「うわ、雨降ってきた…」


単独の任務が終わり、あまり怪我もないのでとりあえず藤の花の家紋の家で世話になろうかと思っていた道すがら、善逸は突然の雨に見舞われた。
雀のうこぎが濡れたら可哀想だと思い、少し羽織を持ち上げて肩に乗せてやる。


「どこか雨宿り出来ないかな」


近くに小さな神社を見つけ鳥居を潜ると、軒下の縁側に腰を下ろした。一晩殆ど寝ずにいたので(本当は寝ていたが本人は知らない)、善逸は一刻も早く屋内で身体を休めたかった。
溜息を一つ。息は白くならない。もうじきに来る春の空気を感じる。(なんか、眠くなってきた…)。寒くも暑くもない気温。善逸は次第に微睡む。


「……」


雨の音が聴こえる。それから、とても穏やかな春の日のような音。寝惚け眼な善逸。ふと、花のような良い香りが鼻を掠めた。
(……あれ、温かい)。徐々に冴えていく善逸の意識。自分が誰かの肩にもたれかかっていることに気づく。


「あ。おはようございます」


ピカリ。善逸が顔を上げた瞬間、青白い稲光が視界いっぱいに広がり、耳には遠くで鳴る雷が響いた。まだ夢の中にいるかのようだ。間近で優しく微笑む女性に善逸は一瞬息が止まり、ぽーっと見惚れて何も言えなくなってしまう。


「鬼狩り様ですよね。私、藤の屋敷の者でございます。ご案内いたしましょうか」


小さく善逸が頷くと、彼女はゆっくりと立ち上がり、紅い番傘を広げた。うこぎが先に傘に入っていき、彼女の肩に乗る。


「あら、可愛い鎹烏さんですね」
「チュン! 」


指で撫でられたうこぎが嬉しそうに鳴いた。また空が光り、どこかで雷が落ちる。それでもどこまでも彼女の音は静かだ。それに比べ、善逸の心臓は自分でも煩く思うほど大きく脈打っていた。
(好きだ。好きだ。好きだ)。心がそう繰り返す。


「け、結婚しませんか!! 」


立ち上がり、叫ぶ善逸。真剣な眼差しで彼女を真っ直ぐ見据える。すると、音も立たず近づいてくる彼女。そして先程と同じような笑みを浮かべた。


「まずは、お名前をお教えくれませんか? 」
「!あ、我妻、善逸です…」
「我妻様」
「あの、貴方は」
「ナマエでございます」


ナマエさん、と善逸は噛み締めるように復唱した。すると彼女が「どうぞ傘にお入りください」と言うので、緊張気味に隣に並んだ。うこぎはすっかりナマエに懐いたようで、全く善逸の肩に戻ってくる様子はない。
一歩一歩進むたびに肩が触れ合う。傘の下で聴こえるのは、雨音、落雷。ふと、道端の桃の花を見た彼女から嬉しそうな音がした。


「ナマエさんは、どの季節が好きですか? 」
「春です」
「お、俺も春好きです! 」
「あら、おんなじですね」


ああ、この人の音が、声が、顔が、表情が、香りが、仕草が、選ぶ言葉が、好きだ、と善逸は思う。


「あの、ナマエさん。結婚してください」
「その前に、お屋敷に着いたらで怪我の手当てをいたしましょうね」
「じ、じゃあその後…」
「それから湯浴みもなさってください」
「ありがとうございます! その後、」
「お食事もご用意いたしますね」
「あ、は、はい! 」


春が来た。二人の春は、まだ遠い。




春雷ロマンチカ
(ひたすらに、好きだ)
2020/03/01