また明日が出来る今日

「あれれれれ、脹相寝ちゃってる」

珍しく夏油さんに呼び出されて、隠れ家を訪れた。集合時間5分前だというのに、いるのは脹相ただひとり。真人は自由人だから居なくても仕方がないのかもしれないけど、呼び出した主が居ないってどういうことなんだ。古びた皮製のソファに横たわる脹相は、珍しく眠っているらしい。来るときにコンビニで買った自分用のアイスコーヒーを荷物が乱雑に置かれたテーブルの上に置いて、脹相の元へ歩を進める。


「撮ったら脹相怒るかな」

ポケットから取り出したスマホには、思い出がたくさん眠っている。生きていた頃の夏油さんや美美子、奈々子との思い出。それに最近増えた、真人や漏瑚たちとの思い出。数は圧倒的に後者が少ない。過ごしてきた年月を思えば、当然なんだけど、私にはそれがちょっと寂しい。だから、と言ったら語弊があるだろうか。脹相の寝顔を残しておきたい、と思った。

起きませんようにと願いながら、シャッターを切る。カシャ、という機械音が人気のないだだっ広いだけの部屋に響いた。呪霊も眠るんだな、そう思いながら満足いく枚数を撮ったところでスマホをポケットの中にしまい込んだ。時間はちょうど集合時間。まだ、誰も来そうな気配はない。



「…なまえ」
「…っはい?」
「………きだ」
「へ?」

声を掛けられた気がして、もしかして起きてた?とびっくりして変な声が出た。が、どうやら寝言だったようで、ホッと胸を撫でおろす。どうやら深く眠っているようだし、とぴょんぴょんと跳ねた髪の毛先を指先で弄ぶ。こんな時じゃなきゃ触れられない。距離ってもどかしい。

脹相はいつも自分と兄弟のこと以外興味がないように見えた。私のことなんで従姉妹の子供かよくて妹ってしか思ってないんだろうなぁって思考が巡って。脹相にとって自分の存在ってどんなものなんだろうってちょっとだけ寂しくなった。
「……なまえ」
「はい、ここに居ますよ」
「ずっと俺の側に居ろよ」


それは寝言なのか、本音なのか。本音であって欲しいと願いたくなるほどのはっきりとした口調だった。目を覚ました脹相に問いただしたら、どんな夢を見ていたのか教えてくれるかな。

そこへ、夏油さんがぞろぞろとお仲間を引き連れてやってきた。「遅刻だよー」と声を掛ける。会議のおやつを買いに行っていたと、信じられない返事が返ってきた、と思ったら、後ろからぬっとした気配と「俺が頼んだ」と声がした。脹相が起きたらしい。そっか、と答えて、ソファの空いている場所に座る。隣に座っているのは、もちろん脹相。夏油さんや真人は、ローテーブルの周りの一人掛けソファにそれぞれ座った。


「そういえば、脹相の寝顔撮っちゃった!見て見て」


ポケットからスマホを取り出して、適当な操作をして先ほどの画像を表示する。すると、みんなは興味を示すどころか「なにを言ってるのか」といった目でこちらを見てくる。仲間外れにされたような気持ちで、「見てよ」と告げると、やれやれといった様子で夏油さんが口を開いた。


「なまえ、残念だけど呪霊は寝ないよ」

トン、と脹相の寝顔が映し出されたスマホのディスプレイを人差し指で二回叩く。だ、騙された。横に居る脹相の顔を見る。普段と変わらない、無表情。どういう感情で私を騙したのか、問いただしたい気持ちに駆られる。けど、問いただしたところでのらりくらりとかわされるのが目に見えている。喉まで出かかっている言葉を、存在を忘れていたアイスコーヒーで流し込んだ。

また今度、また明日、二人きりになった時に、この話をしよう。
脹相の狸寝入りの意図と、私が寝顔を撮った本当の理由と、お互いが口にした言葉の意味を。お互いが納得するまで話し合おう。

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