もう一度、あと一度だけ

ガラガラガラ。
憂欝な気持ちで教室の引き戸を引くと、教室の中に居た人物がこちらに視線を向ける。目が合ったのですぐに逸らした。はぁ、と息を吐いて、用意されている席に座る。数日前から気が重かった。今日は、二者面談。本来なら三者面談であるべきだけど、恵も悠仁も保護者は五条悟、野薔薇もご両親が遠方。わたしの親に至っては、「悟さんに一任します」と言ってその責務を放棄した。


「なまえ、飴食べる?」
「は?」
「なまえがイライラしてるのって糖分が足りないせいだと思うんだよね」
「違いますよ〜五条先生が嫌いなだけです」
「そっちが間違いだと思うよ、僕は」


わたしに差し出された袋入りのキャンディ。受け取らないままで居たら、ぺりと袋を破いて五条悟は自分の口の中に放り込んだ。途端に香ってくる甘いリンゴの香りに、途端に緊張感がなくなっていくのを感じた。飴を軽く噛む音と、五条悟が手元の資料をぺらぺらと捲る音が部屋に響く。


「なまえは将来どうするの?」
「宿儺のお嫁さん!」
「言うねぇ」
「それがわたしの夢なので」
「まぁ、それは置いといて、他にはないの?」
「とりあえずって言い方は失礼かもしれないけど、呪術師になるつもりではいます」
「ふーん」


がり、ごり、ごくん。
自らの口の中の飴を空っぽにしたのは、もう甘い言葉はこれで終わりと伝えたかったのだろうか。資料をトン、と人差し指で叩く。そこにあるのは、多分、わたしが行った任務の報告書。自分で言って悲しくなるが、所謂『五条悟の劣化版』であるわたしのことをわたしと同じくらい分かっているのは五条悟だ。弱みも、強みも、全部。



「うん、いいんじゃない?」
「へ?」

絶対意地悪なことや、手厳しいことを言われると思っていたので、思わず変な声が出た。
五条悟は五条悟だけど、やっぱり先生なんだ。さっきの飴やっぱり貰っておけばよかった。そしたら、少しは五条悟に優しくなれると思うのに。

「で、将来どんな術師になりたいかのビジョンはある?」
「…五条悟みたいにみんなに頼られる術師」
「……」
「何にも反応貰えないのしんど」
「いや、感動で声が出ない」
「言ったこっちが恥ずかしくなるからやめて!!」


あ、やっぱり言わない方が良かったかもしれない、と思った。五条悟はルンルン気分でスマホを取り出すと、「なまえがデレた記念!」と言ってインカメを起動する。ツーショなんて撮った日には、誰に見せるか分かったもんじゃないから全力で拒否するために顔を手のひらで覆う。断固としてツーショだけは避けたい。


「なまえ〜」
「やだったらやだ」
「…どうしてもだめ?」

今までつけていたサングラスを外して、わたしとそっくりの顔で甘えてくる五条悟。まるで自分がその表情をしているかのような錯覚をしてしまいそうになる。本当にやめて欲しい。


「…絶対誰にも見せないでね」
「もちろん」
「一枚だけだからね」
「分かってるって」


そう言って構えられたインカメの中には、兄妹と言っても引け目がないほどそっくりな五条悟が映っている。「ほら撮るよ。笑って笑って」と言われても、こういうのは慣れてないし慣れたくもない。画面の中に居るのは、証明写真みたいなわたし。五条悟がシャッターをタップすると明らかに連写のシャッター音が聞こえてくる。撮られていることを忘れて、「嘘つき!」と怒りのアクションを五条悟に向けた。


「無表情より怒ってる顔の方が欲しかったんだよ」と、すっかり拗ねたわたしに向かって五条悟は言葉を零した。わたしはやっぱり笑ってる顔のが欲しいから、今日だけは特別にもう一回撮りなおそうかな。今度は、わたしのスマホで。

prev | list | next