心の4分の5は君でいっぱい

「おかか!」

コントローラーを握りしめ、壁際に追い詰められるわたし。理由は明白。スマブラで負けた方が勝った方の言うことを聞くという勝負をして、わたしが負けたから、だ。棘くんのお願いは『私からキスをしてほしい』だった。ちゅ、とほっぺにちゅーをして、次はわたしが勝つぞ!とコントローラーを再び握ったけど、そうじゃない、そういうキスじゃないのが欲しい!というのが棘くんの言い分。


「や、でもしたじゃん、ちゅー」
「おかか」


つんつん、と自分の唇を人差し指でつついて、わたしの目の前で目を瞑る棘くん。だからといって、唇にキスする勇気がないわたし。「高菜!明太子!おかか!すじこ!」と持てるばかりの語彙を駆使して棘くんはわたしに不服を伝えてくるけど、できないものはできない。棘くんの目の前で両手でバツを作る。それに対して、唇を尖らせる棘くん。か、かわいい。



「ツナマヨ」
「口にちゅーしたら終わり?」
「しゃけしゃけ」


それなら、と勇気を出して、棘くんの顔に自分の顔を近づけてみるけれど、唇の横にある蛇の紋様がえっちだし、なんか、なんかやっぱり無理!ってなってしまう。誤魔化すために人差し指と中指をそろえて棘くんの唇にくっつけてみるけれど、くっつけた瞬間にぱっちりと目が開いて、棘くんの目がわたしの指先を捉える。


「おーかーか!」
「ごめん、ごめんって」
「高菜!」

もう待たない。そう言った棘くんはわたしの両頬を掴んで、むちゅ、と唇をくっつけた。これで終わり。そんなわけなかった。くっついてすぐ離れた唇は足りないとまたすぐくっつく。そして、くっついて離れてを繰り返す。息をするタイミングを見失ったわたしが、唇を開いて息を吸ったタイミングで、にゅると舌先が捻じ込まれる。肩を押し返して抵抗するが、そこは男女の力の差。適うはずもなく、咥内で棘くんの舌がわたしを味わうように這いまわる。舌先を吸われ、歯列をなぞられた。わたしの舌が行き場を失うほどに。

わたしの抵抗の力が緩むほうが早かった。力なくただ棘くんの肩に置かれた手。キスの手を緩めることはせず、棘くんはわたしの耳に手を伸ばす。指先で形を確かめるように撫で、耳朶を優しく揉む。


「…ッとげくん、」
「たらこ」

ようやく離れた時には、わたしの口の端からはだらしなく涎が零れていて、それを満足そうに棘くんが赤い舌を出して舐めとった。羞恥心で死ぬんじゃないかってくらい恥ずかしくて咄嗟に自分でも口を拭う。それを見て棘くんはまたしたり顔で笑った。


「もうこれで満足でしょ?ゲームの続きしよ」と言うわたしに、棘くんはコントローラーを握るわたしの手を掴んで「まだなまえからキスしてもらってないよ?」と可愛さを駆使して告げるのだった。

受難はまだ、終わらない。

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