夫婦になりました


「ど、ドロボー????!」
「あの」
「え?外人?!?」
「ちょっと話を聞いてください」
「え?!警察!??通訳????!どっち????」


朝起きたら、部屋の中に知らない外人さんが居ました。その時の対応の仕方はなにが正解でしょう?そんなことを考える余裕もなく、叫んでしまった。そんな私の口を外人さんはその大きな手のひらで塞ぐ。殺される、そう思った。が、いつまで経っても私はころされることはない。ようやく落ち着いたところで、トントンとギブアップの意味も込めて口を塞いでいた手を叩く。後ろから私を押さえつけていた外人さんは、深く息を吐いてようやく私の口から手を離した。


「落ち着いてくれましたか?」
「はい、すみません」
「私は七海建人と言います。クオーターではありますが、外人ではありません。もちろん泥棒でもありません。他に質問は?」
「え、あの、んっと、」
「すぐに理解しようとするのは難しいですよね。ですがもう一つだけ言わせてください」
「なんですか?」
「昨夜、私とあなたは婚姻届けを提出しました」
「え、ええぇぇぇぇぇぇ!!!!?」


急に大きな声を出した私の口をもう一度七海さんが塞ごうとする。が、今度は私も学習した。自分で自分の口を押えて、次に「すみません、びっくりして」と落ち着こうと試みる。ただでさえ、頭がいいほうではない。なのに、朝起きたら知らない人が家に居て、その上自分の夫だと言われてそれを瞬時に理解できるはずなどない。


「コーヒーを淹れてもいいですか?」
「インスタントしかないですけど…」
「それでいいです。キッチンお借りします」


七海さんはぺたりぺたりと音を立てて、私の1LDKの部屋のキッチンへと進む。落ち着いたその動作と対照的な私。もしかしたら、これが棚からぼたもちというものなのではないだろうか?顔もいい、動作も丁寧、ついでに紳士的。モテるだろうに、なんで私なんかと結婚しちゃったんだろう。もしかして訳あり?


「はい、あなたの分です。頭がよく働くように甘くしておきました」
「…ありがとうございます」
「私も酔っていて止められず申し訳ないです」
「いや、きっと私が無理言ったんですよね。わかります。いつもそうなので。」
「いつも、ですか?それは心配ですね」
「えっと、いつもですけど、そこまでいつもってわけでもなくて」
「そうですか」


そう言って七海さんは熱いコーヒーを躊躇なく飲み、スマホを操作している。こんな朝から連絡する相手がいるんだ。逆に猫舌の私はふぅふぅと息を吹いてまだ覚ましている最中。どうしよう、と思い悩んでもここまで複雑な問題を相談する相手は居ない。温度差は年齢差なのかな。こんなに私が慌てているのに、落ち着いている七海さんを少しからかいたくなった。


「出してしまった婚姻届けをなかったことにするには離婚するしかなさそうです」
「わ、私はいいですよ!離婚しなくても」
「そうですか。私も婚姻継続に特別問題はありません」
「え!!!!!?」

コトン、音を立てて七海さんがマグカップをテーブルの上に置いた。そのマグカップは別れたばかりの元カレが使っていたもの。七海さんの手の動きを追いかけていると、右手で顎を擦った。


「ただ一つだけお願いしたいことがあるんですが」
「な、なんですか?」
「夫婦なので次からはすることはさせて貰います」


これが私が七海建人の笑顔を初めて見た瞬間だった。
こうして、私たちは晴れて夫婦になりました。