イルミネーションを閉じ込めて


「悟〜クリスマス暇じゃないの〜〜?」
「は?」
「だ〜か〜ら〜」
「僕がくりぼっちするようなモテない男に見える?」
「だよね〜〜」

クリスマス当日の朝、起きて目にしたLINEのメッセージは衝撃的なものだった。「理由は聞かず別れて欲しい」とだけ綴られた今となっては元カレからのメッセージ。フラれたショックよりもたった一言で終わらせられるような関係だったことの方が強く、私も所詮その程度の相手だったのだなと思う他なかった。仕事を休んでしまおうかとも思ったけど、結局いつも通りの時間に家を出てしまった。ショックで傷ついていたはずなのに、いつも通りに仕事をこなすどころかそれ以上にテキパキ働いてしまった自分に呆れてしまう。相手にとって自分がそうだったように、私にとっても相手はその程度の存在だったということなのだ。
ただ、仕事を終えてしまえば虚しさに襲われて、同僚である悟に一人で居なくて済む方法を求めてしまった。結果、あっさりフラれてしまったけど。


「ていうか彼氏は?」
「別れた」
「は??」
「いいよ〜それもう飽きた」
「いや、別れたっていつ?」
「今朝。LINEで別れて欲しいって」

あー……。なんて言いながら悟は目隠しを外してソファに寄り掛かって天井を見上げた。まぁ確かに寝耳に水もいいところだろう。今日だって普通に出勤しているし。普通に別れたくないって縋ればよかったのかな、それとも「嫌だ」ってわがままを貫けばよかったのかな。そこまでするだけの愛情が私にはなかったからしなかったんだろうけど。まぁ自業自得ってやつだって割り切って一人で家で飲もう、そう思って立ち上がった時だった。
突然腕を強く引かれたかと思ったらそのままソファに押し倒されて唇を奪われる。舌まで入れられて息ができないくらい激しく口内を貪られた。何が起きたのか分からず目を白黒させているうちにようやく解放された私は肩を大きく上下させながら酸素を取り込むしかなかった。そんな私の上に跨った悟は少し乱れた呼吸を整えてからゆっくりと言葉を発した。


「……人がどんな気持ちでなまえと彼氏の話聞いて来たと思ってんだよ」
「悟、何言って…」
「俺なら絶対お前に絶対こんな顔させない」

そっと悟の手の甲が頬に触れる。優しく撫ぜる手つきとは裏腹に私の顔を覗き込んでくる瞳には熱情のようなものが見え隠れしていた。
どうして急にキスなんかしてきたんだろうかとか、そもそもなんの話をしているんだろうとか色々疑問はあるけれど、それよりも初めて見る悟の表情に胸の奥がきゅっとなる感覚を覚えた。


「つまりなまえは今はフリーってことでいい?」
「そ、そうなるのかな?」
「なら遠慮しなくていいよね?」

返事をする間もなく再び口を塞がれてしまい、今度はさっきみたいな激しいものではなくまるで愛を確かめるかのような優しいものだった。何度も角度を変えながら繰り返されるそれに次第に思考回路を奪われていくようで思わず目の前にある服にしがみつくようにして掴む。

ぼんやりとした頭の中に蘇ってくるのは、遠い日の過去だった。出会った頃の私と悟、硝子と傑。私たちがまだ4人だったころ、私は悟が好きだった。でもこの恋は叶わないものだと思っていた。悟には彼女と呼べる人が居たし、私は悟に女として扱われたことがなかったからだ。それでも隣に立っていれたらそれで十分だと思えるほどに好きだった。日々は過ぎて、傑が居なくなって、憔悴していく悟に私は何もしてあげられなくて、あぁ私じゃダメなんだって私は悟を諦めた。
懐かしいな、あの時のこと。なんて思い返しながらされるがままに身を委ねているとふいに耳元で囁かれた言葉に意識を引き戻される。その声は酷く甘ったるくて、砂糖菓子みたいにあっけなく溶ける。

「ずっと前から、僕はなまえしか見てないんだけど」
「悟、何言ってるかわかんないんだけど…」
「……本気で気づいてなかった?まぁそっか。なまえは傑しか見てなかったしね」
「え、ちょっと待って……?」
「待たないし、待つつもりもない」

またすぐに口を塞がれて、深く絡み合う舌先からはどちらのものかも分からない唾液が流れ込んできて飲み込めずに口の端から零れ落ちる。それを拭う暇さえ与えてくれない悟はそのまま再び唇を重ねる。一体どういう状況なのか全く把握できていないけど、悟は本気だということだけは分かった。今までも冗談でこういうことをしたことはなかったから。


「傑は居なくなって、今度こそ僕のこと見てくれるかと思ってた」
「……ねぇ、悟」
「なのになまえはすぐ彼氏作っちゃったでしょ?」
「悟、」
「僕も限界だった。なまえのこと諦めようとして、他の女の子抱いたりもしてみたけど全然満たされなかった。なのに急にクリスマス空いてるとか言ってくるし、彼氏と別れたとか言ってくるし、」
「さと、」
「だからさ、もういいよね?」


そう言った悟の顔はひどく苦しげで、どこか泣き出しそうな子供のように見えた。「もっと早くこうすればよかった」と言って、悟の顔が再び近づいてくる。このままじゃ流されてしまう。そう思って、悟の両頬を手のひらで覆った。不服そうに悟が「なに?」と言葉を放つ。

「私が見てたのは傑じゃなくて悟だよ?」
「は?」
「なんで勘違いしてたのかは分からないけど」
「マジ?」
「マジ」
「……」
「……」

お互いに無言のまま数秒の間が流れた後、先に動いたのは私をソファに押し倒している男の方だった。ぎゅっと抱きしめられながら首筋に顔を埋められて小さく息を吹きかけられる。びくりと反応してしまった体を誤魔化すように悟を押し返そうと試みるが、無駄だったようだ。それどころかより一層抱きすくめられてしまい抜け出せなくなってしまった。私を抱きしめたままの悟は少しだけ顔を上げて、「クリスマス一緒に過ごしてくれる?」と言い放った。


「予定があるんじゃなかったっけ?」
「今なくなった」
「ひど〜い」
「なまえが好きなんだから仕方ないじゃん」
「私、イルミネーション見に行きたいなぁ」

わざとらしくそう言ってみる。すると悟は少し考えた素振りを見せたあとに私の上から離れて、そのままソファに座り直した。そして両手を広げて一言、そんなの、行かないわけがないじゃない。と言った。私は飛び込むようにして悟の胸に飛び込んだ。悟が私を抱えて夜間飛行で空中から東京という街のイルミネーションを見せてくれるまであと5分。そんな結末が待っていることを知らない私は、再び舞った青春の欠片を拾い集めて、目の前の男と共に未来へと歩き出すのだ。