Step.5


次の日、佐野くんは学校に来なかった。
交換したばかりの連絡先からメールは届かない。どうしたのかと思って、龍宮寺くんに話を聞こうと彼の教室を訪ねた。クラスの中でも背が高い龍宮寺くんはすぐに見つかった。が、ここまで来たものの、私は彼に自分から声を掛けたことがないことに気づいた。話すときはいつも佐野くんが一緒に居たし、以前助けて貰った時には恐怖から会話らしい会話は出来なかった。それでも勇気を出して、龍宮寺くんに声をかける。


「あの……」
「あ、なまえサンじゃん。どうした?」

私が声をかけると、龍宮寺くんはかかとを潰した上履きを引きずりながらこちらまで歩いてきた。近くで見るとさらに大きいなぁなんて思いつつ、佐野くんのことを訪ねようと口を開いた。

「マイキーのことだろ?」
「あ、え、うん、そうだけど、なんで?」
「最近、仲いいじゃん。マイキーとなまえサン」
「そうかな?」
「そうだろ。マイキーずっとアンタの話してるよ」
「……どんな話?」

私は龍宮寺くんの顔を伺うように問いかけた。私と佐野くんの関係もしていることも、約束はしていないけれど他人にベラベラと話すようなことではないと思っていたからだった。それに、私と佐野くんが連日「練習」をしているのも、元はといえば龍宮寺くんが『処女が苦手』って話から始まったことだし……。それなのにどうして彼はこんなにも楽しそうな表情を浮かべているんだろう?不思議だと思った。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、龍宮寺くんはニヤリとした笑顔を見せて言った。


「それはオレからは言えねぇなー」
「……そっか」
「ケー番知ってる?オレじゃなく、直接本人に連絡してみたらいんじゃね?」
「えっと……」


言われて自分の携帯を取り出した。昨日登録したばかりの佐野くんの名前をタップする。呼び出し音が鳴り始めた瞬間、龍宮寺くんが屈んで私の耳元に自分の耳を近づけて来た。心臓が飛び跳ねそうになった。「出ねーなぁ」と呟く龍宮寺くんの声を聞きながら、ドキドキ高鳴る胸を押さえるようにぎゅっと手を握った。電話の向こう側から聞こえる呼び出し音に集中したが、佐野くんが出る気配はなかった。

「また寝てんのかもなー」

私が通話を終了すると、龍宮寺くんは立ち上がった。ん〜と顎を撫でながら、「放課後一緒に様子見に行ってみる?」と私に向かって笑いかけてくれる。その提案はとてもありがたいものだったけど、でも私は首を横に振った。

「大丈夫だよ。ありがとう。ひとりで行ける」
「まぁなんかあったらいつでも連絡しろよ!」
「連絡先、知らないのに?」
「あ、そっか。ちょっと貸して」


龍宮寺くんは私の手から携帯を奪うと、素早11桁の数字を打ち込んだ。そして、「これ俺の番号」と言いながら、携帯を私の掌に戻す。意図せず、好きな人の番号を手にしてしまって、動揺して携帯を落としそうになってしまった。笑いながら携帯を私の手に握らせ直した龍宮寺くんは、「あぶなっかしーな」とまた笑った。


「あとこれも渡しておくわ」
「……これは?」
「ゴム。中にローション入ってっから」
「こ、コンドーム!?」
「おう!使い方分かる?」
「いや分からないけど……って、何言ってるの!!」

思わず大きな声を出してしまった。周りの生徒が何事かとこちらを振り返る。恥ずかしくて顔を上げられない私を見て、龍宮寺くんはケラケラと笑うだけだった。なにがどう、龍宮寺くんに伝わっているのだろう。私が好きなのは、龍宮寺くんなのに、なぁ。なんだか佐野くんの彼女みたいな扱いをされて、居心地が悪い。

その後すぐ授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いたので、私は私は龍宮寺くんに渡されたコンドームを返す暇もなく慌てて自分の教室に戻った。