Step.6


5時限目の授業を受けている途中にポケットに入れっぱなしだった携帯が震えた。休み時間になってから、相手を確認すれば佐野くんからで、折り返しの電話を掛けて出なかった時のことを考えてメールを送ることにした。今日はどうしてお休みなの?と入力したところで、我に返った。私は佐野くんの彼女じゃないし、心配する立場の人間ではない。送信ボタンを押す直前で固まっていると、また着信が入った。人気のない場所に移動して通話ボタンを押すと、「あ、なまえ?」と佐野くんのあっけらかんとした声が聞こえてきて、私はがっくりと肩を落とした。


「……どうしたの」
「先に電話してきたのオマエだろ」
「あ、そっか」
「で、どーした?」
「学校来ないから心配した」
「ふーん」

興味なさそうな返事をされてむっとした。でも、それが当然なのだ。私と佐野くんは付き合っているわけじゃない。むっとする権利なんか私にはない。「元気ならいいです」と呟いて電話を切りかけたところで、佐野くんの「うしろ」という声に引き留められた。


「うしろ?後ろに何があ……なんでいるの」

振り返るとそこには佐野くんが居た。手にはたい焼きと携帯。電源ボタンを押して通話を終わらせて「なんでいるの」と同じ言葉を繰り返した。屋上に続く階段の踊り場は滅多に人がこない。私がここに居ることは誰も知らないはずだった。しかもさっきまで学校に来ていなかった佐野くんなら尚更。佐野くんはたい焼きを口にくわえたまま器用に喋り始めた。
給食を食べに学校に来たら、もうとっくに給食の時間は終わっていて、授業に出るのもダルいからサボろうと思ってここに来たら私が居た、と。なるほど、と納得してしまった私は、少し佐野くんに毒されてしまっているのかもしれない。今までなら「ダメだよ」「ちゃんと授業出よう」と言っていただろうに。私の心の中で何かが変わったんだと思う。佐野くんのことを前より知ったからかもしれない。


「なまえもサボんねぇ?」
「それは嫌」

即答すると、佐野くんはつまらなそうに唇を尖らせたあと、たい焼きの最後の一口を口の中に放り込んだ。もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼する姿はまるで子供のようにかわいくて、私は顔が緩むのが止められなかった。
佐野くんの口の端についたあんこを拭うためにポケットからハンカチを取り出したその時、ぽろりと何かが落ちた。それに気づいた佐野くんが「なんか落とした」と言ってそれを拾おうとする。が、それは龍宮寺くんに渡されたコンドームだった。


「なまえこれ」
「違う、違うの」
「じゃあなに?なんで持ってんの?」

いつもみたいに笑って流してくれればいいものを、今日の佐野くんは真剣な表情で私を見た。じっと見つめてくる視線に耐えられなくなって俯いたまま黙っていると、佐野くんは私との距離を詰めてきた。そして目の前に立つと、その勢いのまま私の顎を持ち上げた。強制的に目線が合う。そして、コンドームを私の目の前に出して、「コレ誰と使うんだよ?」と詰め寄る。追い詰められた私はじりじりと後退するけれど、逃げ場はなくすぐに壁に追い詰められてしまう。

「なんで答えねぇの?」

ドン、と佐野くんの脚が私の脚の横の壁を蹴った。怖いのと恥ずかしいのとごちゃ混ぜの感情で涙が出そうになる。佐野くんの顔を見上げることもできずにいると、佐野くんの手が私の手首を掴んだ。


「なまえサボり決定」
「え。ちょっとちょっと待って待って」
「はぁ?」
「……授業」
「オレと授業どっちが大事?」
「授業……?」

当たり前じゃん、と言いながら掴まれた手を引こうとするけどびくともしない。佐野くんの力が強いのか、それとも私が非力なのかわからない。けれど、佐野くんの手から私は逃げられないことは事実だった。
必死に抵抗する私を見て佐野くんは大きなため息をつくと、そのまま私を抱き寄せた。腕ごとぎゅっと抱きしめられて身動きが取れなくなる。
佐野くんの体温が布越しに伝わって来て、連日の『練習』を思い出して心臓はひどくうるさく音を立てた。

「オレはこのままここでシてもいいんだけど?オレんちとどっちがいい?」

耳元に佐野くんの吐息がかかる。熱い。苦しい。
佐野くんは腕の力を緩めて、私に選択を迫った。サボるか授業を受けるかではない。ここでするか、佐野くんの家でするかだった。そんなの選択肢があってないようなものだ。ぎゅ、と佐野くんのシャツを握って、「万次郎の家に行く」と告げると、佐野くんは目を細めてにっこりと笑顔になった。