Step.12


「なまえが行くなら行く」

龍宮寺くんと佐野くんの「行く」「行かない」論争は突如私に結論を委ねられた。ちらりと龍宮寺くんを見れば、彼は私の返事を待っているようでじっとこちらを見つめている。どうしよう。行きたい気持ちはあるけど、生徒会の引継ぎ資料の整理も終わってないし、そもそも下着を履いてない状態では「行きます!」と素直に言うことはできない。

「なまえさん」

龍宮寺くんが、私に視線を向ける。それはまるで私の考えを全て見透かしているような瞳だった。ああ、私はこの目に弱いんだ……。
もうこうなったら負け戦を挑むようなもので、「ちょっとだけなら」と了承してしまった。隣に座っている佐野くんが、ちらりと私の下半身に視線を向ける。そして、ぺらりとスカートを捲る。「ちょっと!」と言いながら慌ててスカートを抑えた。


「やっぱそういう仲なんだろ?二人」
「違う!全然違う!行こう!」

これ以上誤解されてたまるか!と思い、私は急いで立ち上がった。が、前に進もうとしても全く前に進まない。ちらりと横を見れば、佐野くんが私の服を引っ張っていた。ははは、と声を上げて笑う龍宮寺くん。「なんでケンチンの言うことは聞くんだよ」と拗ねた様子の佐野くん。


「お前らほんっとう面白いわー」

ケラケラ笑いながらそう言ったあと、龍宮寺くんも立ち上がる。そしてそのまま龍宮寺くんは教室の出入り口に向かって歩き出す。私も続こうとしたところで、佐野くんに服の裾をまた引っ張られた。何だろうと思って振り返れば、自然に唇が重なる。ちゅっと軽く触れるだけのキスをして、佐野くんの顔が離れていく。びっくりしている私の顔を見て、ふは、と笑った佐野くんは、私のポケットの中になにかを突っ込んだ。確認しようと、私もポケットのに手を突っ込む。指先に何かが触れた瞬間、龍宮寺くんがこちらを振り返った。


「遅ぇよ、マイキー」
「今行く」

佐野くんが龍宮寺くんの方へ歩き出す。ポケットの中身を確認する暇もなく、私もそれに続いた。スカートの中がスースーする。コンビニでもどこでもいいから途中でショーツを買わなければ。

▽▽▽

佐野くんと一緒に教室に戻り、カバンを持った。とりあえずで、体操着のハーフパンツを履こうとすると佐野くんが「ポケットの中見てみろよ」と窓際の机に座りながら私に告げた。そういえば、とポケットの中身を確認する。そこにあったのは、私の下着で。ホッと胸を撫でおろした。

「早く履けば?」
「佐野くんあっち向いててよ」
「やだ」
「……なんで?」
「なまえが恥ずかしがってる姿見るため」


ニヤリと口角を上げる佐野くんの言葉を無視して、素早く下着を履いてしまう。そして再び彼の方を向いて、「残念でした」と告げる。佐野くんは不機嫌そうな顔をしながら立ち上がり、「つまんねぇの」と言った。
下駄箱に向かう廊下の途中で、龍宮寺くんが待っていてくれた。お待たせしました、と言えば、別にそんなこと気にしなくて良い、と言ってくれる。こういうところが好きだ。優しい。好き。大好き。心の中で何度も呟いた。


「じゃあ行くか」

靴を履き替え終わった佐野くんが、私たちに声を掛ける。どこに行くのかは分からないけれど、三人並んで校門を出た。しばらく歩いていると、「あ、マイキー!」と向こうから制服を着た女性徒が走ってくる。ふわふわの髪にふわふわのおっぱい。当然のように自分の胸と比べてしまう。何を食べたらそんなふわふわの胸になれるのだろう。


「くっつくなよ、エマ」
「……エマちゃん…?」
「あー勘違いすんなよ、コレ、マイキーの妹だから」

巨乳だなぁって感心している私に、龍宮寺くんが説明する。妹さんなのか。そりゃ似てるわけだ。佐野くんに似て綺麗な顔をしている。可愛い系というより美人系のタイプだった。妹さんは私を見ると、ぱあっと笑顔になって駆け寄ってきた。そして、ぎゅうっと私を抱き締めてくる。え、何これ。どういう状況?? 戸惑っている私の耳元で、彼女が囁いてきた。「マイキーのこと末永くよろしくね」と。
あぁ、これは勘違いされてるなと思った。けれど、この空気感の中、「彼女じゃありません」なんて言いだせるわけもなく。ただ黙って彼女の抱擁を受け入れるしかなかった。

「仲いいんだね」
「フツーだろ」
「そうかな?私もお兄ちゃんいるけど、全然仲良くないよ」

記憶の中の兄の姿はもう数年前で止まっている。たまに連絡がくることはあっても、実家に帰ってくることはほとんどない。私はその連絡が来る度に複雑な気持ちになるのだ。大好きだったから、そんな兄が嫌いになった。
佐野くんは私の言葉を聞いて、少しだけ悲しげな表情を浮かべた。そして、私の頭をぽんぽんと優しく叩く。
今日はなぜか佐野くんの優しさが身に染みる。沈んでいる太陽と相まって、なぜかひどく泣きそうになった。