Step.13


あぁ、二人は両片思いなんだ。
龍宮寺くんとエマちゃんを見ていて、すぐに分かった。
私がどんなにがんばろうと入り込む隙間なんかこれっぽっちもなくて、二人にとっては私はただの名もなきエキストラでしかなくて。そんな二人を見ているうちに私の恋は終わったんだなぁと思った。

それなのに、悲しいより先に佐野くんに嘘を吐かれていたことのほうがずしんと響いた。
佐野くんがあの二人が両片思いであることを知らないはずがない。こんな風にいつも一緒にいるのだから。きっとただヤりたくて、利用されていただけなんだ。そう考えたら、ちょっと笑えてきた。私ってなんてバカなんだろう。


「なまえちゃん…?」
「あ、ごめんね。エマちゃん」
「ううん、具合悪い?」
「だいじょう…」
「ぶじゃねぇからオレはコイツ連れて先に帰るな?」

私の大丈夫の言葉を遮るように佐野くんが言葉を挟む。佐野くんはそのままエマちゃんの返事を待たずにぐいっと私の腕を引いた。その力強さで少しよろけるようになりながらも、前を突き進む佐野くんに着いて歩いた。ある程度、龍宮寺くんとエマちゃんから離れると佐野くんは歩くペースを緩めて手を離した。それでも私はその場に佇むだけで何も言えなかった。
すると急に後ろ向きになって両手を広げられるもんだから、思わずふふっと笑ってしまった。どうやらハグ待ちらしいことは察して佐野くんの胸元へ飛び込んでみる。ぎゅぅーっと痛いほどに強く抱きしめられて息苦しい。でも全然イヤじゃない。もうとっくに慣れてしまった。彼の香りも体温も耳に掛かる息遣いも。


「なんで嘘ついてたの?」
「嘘?」
「龍宮寺くん、エマちゃんのこと好きなんでしょ?」
「あー、うん、いや、どうかな」
「どっちよ」
「ダチのそういうの言うもんじゃねぇだろ」
「なるほど」
「それになまえに嘘は一つもついてないよ、オレ」
「……?」


嘘では、ない?それってどういう意味だろうか。
思い返せば佐野くんが教えてくれたのは「龍宮寺くんが処女が苦手」ってことと、「黒い下着が好き」ってことくらいだった。
好きな人がいるかどうかも、恋人がいるかどうかも私は確認することをしていなかった。

―― 佐野くんに嘘を吐かれてはいなかった

その事実に気づいた瞬間、ホッとして全身から身体の力が抜ける。膝から崩れ落ちそうになる私を、背中に回されたままだった佐野くんの手が支えてくれた。さっきまでは痛いほどだった力加減が弱まり、今度は優しく包み込まれるような抱き締め方に変わる。
耳に触れる鼻先は少し冷たくてくすぐったくて身じろぎしてしまうけど離れることなんてできそうもなかった。

「なまえ?」
「んーなぁに?」
「腹減った……」
「そうだね……甘いもの食べたい……」
「買い食いは禁止です!って言わねぇの?いつもみたいに」
「たまにはいいんじゃないかと思います」
「ははっ、なんだよその言い方」
「だって……おなか空いたもん」
「うん、帰ろうか」


そのまま歩き出した佐野くんについていくように足を踏み出して、二人で肩を並べて歩くこの距離が心地よくて。
私が龍宮寺くんを諦めるってことは、もう『練習』はしなくてよくなる。けれど、まだ当分はこうして隣に居てもいいよね。友達として、クラスメイトとして一緒に笑いあってもいいよね。

「なまえ何食いてぇ?」
「生クリームたっぷりのやつ!」
「よし、たい焼きにしようぜ」
「なんでよ!」
「あんこうまいじゃん」
「それは分かるけど、今日は絶対生クリームだよ!だからクレープ!」
「はいはい」

強く吹いた風が私と佐野くんの髪を揺らす。髪を押さえながら空を見上げれば雲ひとつなく、夕日は沈みかけて辺りは暗くなり始めていた。
街灯の明かりがぽつりと点き始め、道行く人の影が長く伸び始める。私と佐野くんの影も重なっている。いつまで一緒に居られるだろう。きっとずっと一緒に居られない気がする。それなら一緒に居られる一分一秒を大事に、一緒に笑顔で過ごせたらな、と願った。