Step.14


モブによる暴力的な表現があります。大丈夫な人のみお進みください。





「佐野くん!遅刻だよ!」
「あ、なまえじゃん。おはよ……」
「おはようじゃなくて、もう3時間目だよ!」
「あーうん」

日常が戻ってきた。
失恋したはずなのに想像以上に落ち込んでいない自分が居た。龍宮寺くんが好きだった。好きだったけれど、今思えばそれは憧れに近かったのかもしれない。エマちゃんは天真爛漫でとってもいい子だったし、二人は本当にお似合いだったから。

ふいに目の前の佐野くんが私の顔を覗き込んだ。
急に近づいた顔に身構えていると、ふ、と笑って私の額を小突いた。


「なに……?」
「元気そうで安心した」
「心配してくれてたの?」
「まぁ…それなりに……?」

少し気まずそうな顔になった彼が可笑しくて私は思わず声を上げて笑うと、彼もほっとしたように微笑んだ。
和やかな空気が流れるけれど、教室の中に入ったところで後ろの席にいた女子たちがこちらを見てひそひそ話をしていることに気づいた。その視線の意味には見当がつくから苦笑いしか出てこない。きっと、私が佐野くんと親しくしていることを良く思ってはいないんだろう。
佐野くんは気づいているだろうか。気づいていないといいなぁ。


「今日一緒に帰れるだろ?」

佐野くんが私の耳に顔を寄せて、私にだけ聞こえるくらいの声で言うものだから思わず顔を上げた。
龍宮寺くんの件がなくなってしまった私たちにもう一緒に居る理由はないはずだ。それでもこうして聞いてくるということは、彼なりの考えがあるのだろう。
どう返しせばいいのかと考えているうちににチャイムが鳴って、佐野くんは「じゃあ帰りに」と言って席に向かってしまった。帰りに話せばいいや、そんな風に呑気に考えていた。


放課後、授業が終わっても眠ったままの佐野くんの肩を叩いて起こす。
が、一向に起きる気配がない。昨日サボってしまった生徒会の引継ぎに少しだけ顔を出したかったので、「30分だけ生徒会の仕事してくるね」と佐野くんにメール送って教室を後にした。

生徒会室に辿り着いて作業を進める。ホワイトボードを確認すれば、今日はみんな用事があって誰も来ないみたいだった。それなら資料だけ持って家でやろうと、カバンの中にファイルを仕舞った、その時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
ぞろぞろと知らない人たちが無遠慮に入り込んでくる。


「何かご用ですか…?」
「あーうん、アンタに用があんだよね」

一番最後に入ってきた男の先輩がポケットに手を入れたまま私の方に歩いてきて机の上に乱暴に手を付いた。ドン、と大きな音が鳴る。
いきなりの出来事に体が固まって動くことができなかった。すると男はぐいっと私の髪を掴んで上へと持ち上げた。感じたことのない痛みが身体に走って顔を歪ませる。そしてそのまま机の上に思い切り叩きつけられた。背中を強く打ってしまい呼吸がしずらい。


「佐野の女ってアンタだよな?」
「……佐野くんに何の用?」
「質問に質問で返すなよ」

男の指が私の口内に突っ込まれる。舌を摘まれれば吐き気がして生理的な涙が出てきた。逃げようと体を捻るが上から体重をかけられていて全く動かない。腕に力を入れようとするが力が入らなかった。恐怖からなのか分からないけれど手がぶるぶると震えた。


「なぁ?佐野呼んでくんねぇ?」
「……嫌です」
「なんだよ、その目……。自分が今どんな状況か分かってんの?」


口を塞いでいた手のひらが離れて、安堵する間もなく今度は胸ぐらを思い切り掴まれる。その拍子にボタンが取れて床に転げ落ちた音が聞こえた。
制服のシャツを左右に引っ張られ下着が見えるまで捲られた。咄嵯に手で隠そうとするがすぐに振り払われてしまう。露わになった肌の上を男の手のひらが滑っていく感覚が気持ち悪くて鳥肌が立った。

「佐野のヤツさぁ、オレらのことシカトすんだよなぁ」
「だから、なんのことか分かりません……」
「ハハッ!意味わかってんじゃん!なぁ?佐野に女がいるとか有り得なくね!?しかもこんな優等生みたいなの!」
「うっせぇよ。お前らこそなまえに何やってんだよ。離せよ」

聞き慣れた声と共に目の前の男の顔が離れていく。視界に広がる佐野くんの後ろ姿。
その声を聞いて駆けつけてくれたのだと悟った瞬間、ホッとしてその場に座り込んでしまった。佐野くんは私の方を振り返ることなく目の前の男たちを見据えていた。

「マイキー、こいつらどうするよ?」
「殺す。ケンチンも手出したら殺す」

佐野くんの言葉に偽りはなかった。
部屋の中に居た数名の不良たちは、あっという間に床の上に積み重なっていく。佐野くんは息一つ乱さずにそれを見下ろしていた。
立っているのは佐野くんと龍宮寺くんだけになったところで、佐野くんが私の前にしゃがみ込んだ。彼は自分の服で雑に汚れた顔を拭ってくれるけれど、それが余計に惨めな気分になって私は俯いた。

「怖い思いさせてごめん」
「……万次郎が助けに来てくれたから怖くなかったよ。ありがとう」
「怪我は?」
「大丈夫、だと思う」

佐野くんは私を抱き上げて立たせると、乱れてしまったスカートやブラウスを整えてくれ、最後に自分の上着を掛けてくれた。「なまえは何も気にしなくていいから」と言われてしまい、どうしていいのか分からなくなって、ただ黙って彼の首に抱きついた。
龍宮寺くんは私たちを見てバツが悪そうに頭を掻いていた。

「ケンチン、オレ、なまえのこと送ってくるわ」
「はいはい、戻って来なくていいからな」
「さすがケンチン」

佐野くんが私を抱きかかえて、生徒会室を出た。外は夕暮れ時。落ちていく夕陽が佐野くんの顔を赤く染めていた。
まだ不機嫌そうな佐野くんに言葉を掛けることが出来ず、私はただ彼の首に必死でしがみ付くことしかできなかった。