時計の針は逆回りしない


「場地くん、」

愚痴らせて、と言って大量のアルコールと共に俺の家に現れたなまえは酔っぱらって机に突っ伏して眠ってしまった。ブランケットなんておしゃれなものは千冬のものしかない。持ち主もなまえと一緒に眠ってしまっているため、無許可でなまえの肩にブランケットを掛けた。

明日も仕事だ、と言っていたけれど、眠ったばかりのなまえを起こすのはさすがに心許なく、酔いが少し醒めるまで眠らせることにした。なまえが眠ってしばらくして吐き出した寝言が、冒頭のそれであった。

なまえは場地の彼女だった。

俺は自分の犯した罪を忘れたことなど一度もない。
それ故に、一度もなまえから責められたことがないことは気になっていた。こっちから話を振って聞けばよかったのか。正解が分からなくて、途方に暮れる。なまえの目尻に涙が溜まっていた。なまえの涙を拭うべき人物は決して俺ではない。


「俺が残ってごめんね」

そう言って涙を拭った。その衝撃で目を覚ましたなまえの瞼がゆっくり持ち上がって、また閉じて再び上がる。「寝ちゃってた」とへにゃりと笑うなまえ。場地の前でなまえはどう笑っていたんだろう。それを知らない俺は、今のなまえの笑顔が本来の笑顔なのかどうかの判断すら出来なくて、顔面に笑顔を浮かべることしかできない。


「一虎、泣いてるの?」
「泣いてねぇよ」
「泣いてるみたいに見えるよ」
「泣いてたのはなまえだからな」
「私が?泣いてないよ〜」
「嘘ばっか」
「なんで私が泣くの?」
「…俺が場地じゃないから」
「そんな当然のことで泣かないよ。変な一虎」

ケラケラと笑いながら、なまえはテーブルの上に置かれたままの飲みさしの缶チューハイを傾ける。喉が上下に動いて、なまえの身体に再びアルコールが取り込まれる。「一虎の飲みが足りない〜」と言われ、無理矢理手に缶を握らされる。


「なまえ、これもう入ってないヤツ」
「え〜そうだった〜?」
「あーもうなまえ飲みすぎな?」
「そんな飲んでないし」
「いや、千冬と二人でどんだけ空けたんだよ」


厭味ったらしい言葉をなまえに投げつけて、テーブルの上の空き缶を並べて積み上げる。10本はゆうに超えた空き缶を前に「それ一虎が飲んだのも入ってるからね」となまえはまたケラケラと笑った。まるでさっき泣いていたなまえが見間違いだったかのように。


「髪伸びたね」
「だな」
「願掛けでもしてるの?」
「…なんでそう思うんだよ」
「私がそうだから」
「ふ〜ん。なまえの願い事ってなに?」
「一虎が自分を許せますように」


テーブルに両肘をついて、自分の手を顔に添えたなまえは、ふふっと笑って俺を見た。今度泣くのは俺のほうだった。許されたいと思っているわけじゃない。むしろ許されちゃいけないと思って生きて来た。なのに、なんでなまえが俺にそんなこと言うんだよ。ちりんと首に着けていた鈴を鳴らしてペケJが俺の脚の上に乗ってきた。


なまえが髪を切って、俺となまえが定休日に二人で出かけるようになるのはもう少しだけ先の話。