ひらり、ふわり


「千冬〜クリスマス予定あいてる?」

なまえがしょんぼりした顔でオレの家のインターホンを鳴らしたのは23日の夜だった。この前のオレの誕生日に外で祝ってもらって、その日になまえが家にプレゼントを忘れてしまったから届けに来るって話は聞いていた。だから、なまえが来ることは知ってたけど、なんでそんな顔してるのかは見当もつかなかった。お袋は今日は夜勤でいないから、「とりあえず入れよ」と言って、家の中になまえを促す。リビングにあるコタツに入って貰ってココアを入れて戻っても、なまえはまたさっきと同じ顔をしていた。どうしたんだよ、と言いながらカップを手渡すと、「ありがと、千冬」なんて小さい声で言いながら受け取った。隣に座って、もう一度聞くと、なまえは目を伏せて小さく溜息をつく。


「彼氏と過ごすんじゃなかったのか?」
「それがさぁ、聞いてよ!」

そう言って勢いよく話し始めた内容はこうだ。付き合っている男の部活終わりを見計らってサプライズで顔を見に行ったら、彼氏はマネージャーと抱き合ってキスしていたと。しかもそのまま手を繋いで帰っていったらしい。


「これって浮気だよね?」
「つーかオマエなんで奪い返しに行かねぇんだよ」
「だって私には勝ち目ないもん……」
「は?なんでだよ。オマエの男なんだろ?」


きっと慰めて欲しくて来たなまえにとっては、オレの言葉は冷たく聞こえたかもしれない。けど、本当に好きなら殴っても泣いてでも引き留めるべきだとオレは思ってて。だから、それをしないでここでただ愚痴ってるだけのなまえに腹が立った。そんなことしてるから他の女に取られんだよ、って言ったら泣きそうな顔をするなまえ。それから俯いて黙り込んでしまった。だから、「動かなきゃ何も変わらねぇだろ」と言って、自分となまえの上着をひっつかんで「行くぞ」と玄関に向かう。


「え、どこに行くの?」
「はっきりさせんだよ」
「なにする気!?︎」
「決まってんだろ、男締め上げてやる」

靴を履いて、扉を開けると冷たい風が吹いた。寒っ!と叫んで急いで閉めて鍵をかけて外に出ると、なまえは困ったように笑って俺の手を取った。まるで「もういい」って言わんばかりの顔で。外灯の下まで来てやっと気づいたけど、なまえの目元は少し赤くなっていた。多分、泣いた跡もある。なまえの気持ちを理解は出来ても納得なんてできない。

「なまえが良くてもオレが良くねぇんだよ」
「千冬、」
「殴って裸にひん剥いてオレがバチボコにしてやる」


オレの言葉を聞いた瞬間、なまえの顔色が変わってなまえはオレの手を握った。「千冬がそこまでする価値ないよ」と言うなまえの声が震えている。こんな時くらい頼れよ、と思う反面、いつも弱音とか本音をあまり口に出さないなまえだからこそ、こういう時に頼りにしてもらえないことが悔しかった。握られた手を振り払おうとしても強く握り返されてしまって離せない。


「なまえ、離せ」
「やだ、離したら千冬行っちゃう」
「どこにいんのかわかんねぇから行かねぇよ」
「ほんと?」
「本当」

そう言うと安心したような表情を浮かべた。「じゃあ一緒にいてくれる?」と言われて、それはもちろんと答えて、モヤモヤしたままの気持ちを抱えながらオレたちは部屋に戻った。


ーーーというのが1年前の出来事。
今年のクリスマス、なまえはオレの隣で笑っている。去年と違ってちゃんと幸せを全面に出した笑顔で。オレんちのコタツに二人で入って、テーブルの上にはケーキとココアと少女漫画が数冊。


「ねぇ、千冬、この子去年の千冬みたいなこと言ってる」
「どれ?」
「これこれ」

今となっては去年の出来事なんて笑い話。ちゃんと相手の男には制裁を食らわせてやったことは、まだなまえには内緒だけど、いつか話せたらいいと思ってる。ただ今は、ひらりひらりと舞うように降り注ぐ幸せを噛みしめていたい。